第3話 姪っ子の顔を見た
最後のチャーシューメンは悲しいほどに相変わらず美味しかった。行きつけのラーメン屋がこの日限りで閉店するということだった。せっかく腹は満たされたのに心が空虚なままだった。
涙が止まらなかった。このラーメン屋のご主人は東京に来てからの親父みたいな存在だった。最近は行ってなかったものの、社会人になってから最初の数年で常連となっていた俺はすっかり顔を憶えられていて、落ち込んだ時には声をかけてくれていた。奥さんに先立たれ高齢を理由にした引退らしい。こんなことならもっと通っておけばよかった。
思えば会社に入ってから学生時代の友達とも疎遠になり、行きつけの店もなくなった…。それでいて確固たる趣味も、特技も、実績もない。本当に俺には何にもなくなっちまったんだな…。こんな日に限って青空が目に沁みやがる。
そんな時だった。俺のスマホが鳴った。バイブがずっとなっているからいつものキャンペーンとか、ポイント獲得じゃないのは明らかだった。画面を見ると兄貴の名前があった。しかもビデオ通話だ。とりあえず出ることにした。
「よう、久しぶりだな。」
兄貴の画面には病院のベッドらしきものが映っていた。兄貴は俺より4つ上で地元の大学を出て、地元の県庁で公務員として働いている。今日は一昨年結婚した奥さんとの間に第一子が生まれたから、唯一立ち会えない俺への報告だったのだ。兄貴はスマホの画面を奥さんと子供の方に向けた。
「うちのベイビーでーす。」
奥さんがそういうとその横にはおそらく数時間前に生まれたばかりであろう新しい命がそこに横たわっていた。俺は子供の顔を見て思わず涙があふれた。
「お前…何泣いてんだよ。大げさだな。なあ、今度のお盆休みは帰ってくるんだろ。お前にも見せたいからさ。それに父さんと母さんも心配してる。お前のことだからどうせ塞ぎ込んでるんだろ。一回ぐらい連絡しろ。」
兄貴にはかなわないなあ。去年は取れなかったが天使の顔を見るため、今年は有休をとるぞ。お盆まであと3か月、俺に死ねない理由ができた。
俺に死ねない理由ができた しげた じゅんいち @math4718
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