第4話 デートと言ったら映画デートでしょ

「――とまぁ、そういうわけ」


 愛莉鈴ありす愛莉鈴ありすの恋人、理沙さんの出会いの話を一通り聞いたわたしは、幸せな気分になった。


「へぇ、そうやって理沙さんと出会ったんだ! すごくロマンチックだねぇ」


 わたしは両手を組んで、思わずウットリとしてしまう。

 

 カフェでの出会いって素敵だなぁ。

 まるで映画みたい。


「うん、そうだよ」

愛莉鈴ありすってすごいよね! 度胸ある~」

「好きならこっちから行動を起こさないとさ」


 本当に愛莉鈴はすごいなぁ。


 愛莉鈴とわたしはサークルも専攻も違うけど、たまたま語学の授業が一緒で、仲良くなった。


「で、雛子ひなこはどうなの?」

「え? わたし? わたしは何もないよ?」

「でも例の留学生の子にエラく気に入られてるみたいだけど?」

「ああ、ハンナちゃんの事?」

「あの子は私と同じニオイがする」

「同じニオイ??」

「あれは、雛子ひなこのことが好きだよ!」

「うっそ~、そんなわけないよ」


 ハンナ・ジョーンズちゃんはアメリカからウチの大学にやってきた留学生だ。


 大きくてキリッとした目が印象的で、一見するとクールな印象だけど、話してみるとものすごく優しくて可愛らしい一面もある。


 最初はハンナちゃんからわたしに話しかけてくれて、それからわたし達は仲良くなった。


「この学校に来たばっかりでよく分からないんですけど、面白い講義とかあったら教えてくれませんか?」


 初めて会った時、ハンナちゃんがそう言ったのだ。


 ハンナちゃんはウチの大学に来た時から既に日本語がペラペラだった。

 わたしと同じ専攻だったこともあって、いろいろ教えてあげた。

 その日はお昼も一緒に食べた。

 話している内に趣味が合うことがわかり、ついでにハンナちゃんをわたしが所属している映画サークルに勧誘したのだ。


 ハンナちゃんはジブリ映画が大好きで、ジブリ以外のアニメや漫画にも詳しかった。

 詳しいどころか、ハンナちゃんはアニメを見て日本語を覚えたそうだ。

 わたしも洋画を観るのは好きだけど、それだけじゃ英語は覚えられないから、ハンナちゃんは特別なんだと思う。


 そんなわけで、ものすごく仲良くさせてもらっている。

 友達として過ごした時間の長さと親密度は比例しないことを身をもって知った。


 ハンナちゃんはすごく優しくて、頭もよくてすっごくいい子なんだよなぁ。


「だって、めちゃくちゃ仲いいよね?」


 愛莉鈴にそう聞かれたので、わたしは迷わず頷いた。


「確かに仲は良いと思うよ」

「もしハンナって子が私と同じタイプの人間だとしたら、その気がないならハッキリ言った方がいいよ」

「その気もなにも……」

「だって、明日も映画を観に行くんでしょ? これで何回目だっけ? すごいハイペースじゃない?」

「うん。お互い映画を観るのが好きだし」

「いやぁ。向こうは絶対、期待してるよ。何かしらのアクションは覚悟した方がいいよ」

「からかわないでよ~。わたしたちはただのお友達だから」

「ふーん? ま、いいけどさ」


 愛莉鈴はそう言って、顎に顔を乗せた。


 そうだよ、ハンナちゃんとわたしは学年は違うけど、仲良くしてもらってる友達だもん。


 家に帰ってからスマホのメッセージアプリを開くと、ハンナちゃんからメッセージが届いていた。


 ハンナ :[明日、楽しみにしてる。いつも通り、駅で待ち合わせでいい?]


 映画館は駅からちょっと歩くから、いつも駅から映画館まで一緒に行っている。

 わたしの方が学年は上だけど、ある時から敬語は面倒だからやめようと、わたしから言ったのだ。

 それからわたしとハンナちゃんはタメ口で会話をしている


[そうしよう! 13時に駅で待ってるね]

 

 ……送信っと。

 これでオッケ!


 明日楽しみだな~。

 早く寝ようっと。



 * * *



 待ち合わせ時間のピッタリにわたしが駅に着くと、ハンナちゃんも丁度、駅についた頃だった。


「同じ電車だったかもね」


 ハンナちゃんはそう言って笑った。

 

「そうかもね」


 わたしとハンナちゃんは同じ路線使っているし、十分あり得る話だ。

 

 正直、駅に着くまでは、昨日の愛莉鈴ありすとの会話を思い出しちゃって、ちょっとドキドキしていたのだけど、ハンナちゃんは大学にいるときと変わらず、いつも通りに接してくれているので、緊張が解けていった。


「ハンナちゃんはこの映画、観るの初めてだっけ?」


 映画館に向かいながらわたしはハンナちゃんに聞いた。

 

「ううん、これで三回目」

「え、三回も観たの? 凄いなぁ」

「大したことないよ」


 わたしとしては三回でも十分多いと思うけど、映画サークルにいるとだんだん感覚がマヒしてくる。


 さすがに特殊なケースだけど、ウチのサークルには同じ映画を二十回、三十回見た子もいるし、この前なんか、劇場で百回近く同じ映画を観たっていう人をSNSで見かけたし……。

 映画鑑賞回数というのは上には上がいるものだ。

 

 わたしとハンナちゃんが今日、一緒に見ることにしたのは最近ちょっと話題になっているラブロマンス映画だ。

 映画サークルの皆は既にその映画を観ている中、わたしだけ観たことがなかったので、ハンナちゃんが「一緒に見に行こう」と誘ってくれた。

 でも、ハンナちゃんはラブロマンスはあんまり観ないジャンルだと言っていたはずなのに、既に三回も見ていたとは。

 

 そんなに面白かったのだろうか? 期待しちゃうなぁ。


 わたしは観る前からかなりワクワクしていた。

 

 話しながら一緒に歩いていると、映画館に着いた。

 この映画館は一人でもよく利用しているのだが、駅から少し歩くのが難点だ。

 でも、二人で話しながら向かっていると、駅から随分近く感じた。


 中に入って、予約したチケットをハンナちゃんが自動券売機で二枚、発券した。


「席は真ん中寄りの方がいいよね?」


 そう言って、発券したチケットの内の一枚をハンナちゃんが渡してくれた。


「え、いいの?」

「うん。まぁ、実際にはそんなには変わらないけど、私は前にも観てるから」

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えるね」


 ハンナちゃんは売店の方をチラリと見ると「ドリンク買ってもいい?」と聞いてきた。


「勿論。わたしも何か買おうっと」


 わたしたちは一緒に売店の列に並ぶ。

 売店はそこそこ混みあっていたので、わたしは並んでいる間にメニューを確認した。


「ハンナちゃんはどのドリンク買うの?」

「ここにはまだ限定ドリンク売ってるみたいだから、それ買おうかと思って」

「ああ、今から観るやつの限定ドリンク?」

「そうそう」

「つい買っちゃうよねぇ」

「買っちゃう」


 そう言って、わたしとハンナちゃんは笑いあった。

 

「わたしはやっぱ、ポップコーンかなぁ」

「あ、美味しいよね」

「途中でいつも飽きちゃうんだけどね。半分、食べてくれない?」


 わたしが聞くと、ハンナちゃんは「うん、いいよ」と頷いた。

 

「よし。じゃあ、大きいサイズ買っちゃおう」


 食べ物を買ったら丁度シアターの準備が出来たらしく、アナウンスが始まった。

 わたしたちはチケットをスタッフの人に見せて、シアター内に入った。

 席は後方のスクリーンど真ん中の二席。


「めっちゃいい席だね」


 いつも通路側の席ばかりに座っているわたしとしては新鮮だ。


「やっぱり、センターで観たいって思って」

「じゃあ、間にポップコーンのバケット置くから、勝手に食べてね」


 わたしがそう言うと、ハンナちゃんは「うん」と答えた。


 予告が始まって、映画の本編が始まった。

 シアター内が暗くなる。


 最初は割と静かなシーンが多くて、ポップコーンが食べ辛いなぁ、なんて思っていたけれど、だんだん映画に魅入ってしまって、バケットに手を入れたまま、ポップコーンを食べる手が止まってしまった。


 会話の多いシーンに入ったら、ハンナちゃんの手がポップコーンのバケットに伸びてきて、わたしの手に当たった。


 いや、最初は手が当たってしまっただけかと思っていたのだけど――

 


 キュッ



 ハンナちゃんに指先を握られた。


 え?


 ハンナちゃんはわたしの指先を握ったまま、バケットから手を出した。

 そして、今度はしっかりと手を握られた。


 ここ、これはどういうことなの?

 

 昨日、愛莉鈴ありすに言われた言葉が蘇ってきた。


『向こうは絶対、期待してるよ。何かしらのアクションは覚悟した方がいいよ』


 まさか! このことだったのか!?


 わたしはずっと心臓がバクバクとうるさくて、映画に全然集中できなくなっていた。 

 その後はずっとハンナちゃんに手を握られたままだった。


 

 * * *



 エンドロールが終わって、シアター内が明るくなる。

 ハンナちゃんがわたしの方を向いてきた。


「面白かった?」

「え? あ、えと」


 今も手は握られたままだ。


 わたしが中々答えられずにいると、ハンナちゃんがわたしと繋いだ手にギュッと少しだけ力を込めた。


「私、映画観に行くときはいつもデートのつもりだったんだけど……これで分かってくれた?」


 やっぱり、そういう……


 わたしが黙っているので、ハンナちゃんは心配そうに言った。


「いきなり手を握られたら、映画に集中できないよね。ごめん。でもこうでもしないと、雛子は私のことを意識してくれそうもなかったから。私なりアプローチしてるつもりだったのに、雛子は反応悪いし……」


 全然、気がついてませんでした!


「き、気がついてなかった」

「やっぱりそっか……もしかして、嫌だった?」

「全然、嫌とかじゃなかった! それは心配しないで!」

「じゃあ、ちょっとは意識してくれた?」


 ハンナちゃんがそう言って首を傾げる。

 何気ない仕草にいちいちドキドキしてしまう自分がいた。

 

「う、うん……」


 わたしがそう言うとハンナはニッコリと笑った。


「嬉しい。また一緒に映画観ようね!」

「うん」

「私は、いずれアメリカに帰らないといけないけど、必ず雛子を迎えに来るから。それまで遠距離で辛いかもしれないけど、頑張ろうね」

「う、ん?」


 え? 話が飛びすぎじゃない? わたし、何か聞き逃した?


「え、ちょっと待って……?」


 わたしが言うと「待たない」とハンナちゃんが言ってきた。


「もう、私は十分待った! モタモタしてたら時間がもったいないよ!」


 それから「日本じゃちゃんと結婚できないからアメリカで結婚式を挙げよう!」とハンナちゃんが言ってきて、わたしが「さすがに気が早すぎる」と返したら、わたしもよく分からない内に何故だかハンナちゃんとお付き合いすることになっていた。


 愛莉鈴ありすと理沙さんみたいなロマンチックな付き合い方ではないかもしれないけど、それもわたし達らしくて良いかなって思ったのだった。

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