第3話 大学受験にはドラマがある
だから当然、大学も一緒の大学に行く約束をした。
でも試験当日に、私の頭は真っ白になった。
* * *
試験会場である大学の最寄駅に着いてから、私の緊張はMaxに達していた。
私は方向音痴だ。
おまけに地図も上手く読めない。
だから、試験を受ける前にも予行演習で大学まで行って、道筋を覚えたはずだったのに、突然分からなくしまった。
駅から近い大学なのに、行き方が分からなくなるなんてどうかしてる。
まだ時間には余裕があるけど、もし、このまま遅刻しちゃったらどうしよう……。
私の顔はどんどん青ざめていった。
「
私がキョロキョロしていると、誰かに後ろから声を掛けられて振り返った。
「あ、
顔見知りが声をかけてくれて私はホッとした。
同じクラスの
背も高くってカッコよくてクラスの人気者だ。
「緊張するよね。一緒に試験会場まで行かない?」
ああ、何てスマートなんだろう……。
明らかに道に迷ってた私を助けてくれただけじゃなくて、言い方まで気にかけてくれてるなんて。
「うん。ありがとう……」
薫ちゃんと話していて、一旦はMaxまで行った緊張も少し落ち着いてきた。
でも、試験会場に入ったらまた緊張がぶり返してきた。
席についてから、持ってきたノートと教科書を一応は気休め程度に読むけれど、文字をただ眺めているだけという感じで、全然頭には入ってこなかった。
試験開始の時間が迫ってきた。
筆記用具とか、必要なもの以外はカバンにしまって机の下に置く。
それから試験官から試験を受ける際の注意事項を聞いた。
ドクッドクッドクッ……
自分の心臓の音がうるさくて、試験官の言っていることが聞き取りづらかったけど、私は一生懸命聞いた。
裏向きで答案用紙が先に配られて、次に問題用紙も配られた。
「はじめてください」という試験官の声を聞いて、答案用紙と問題用紙を表向きにする。
まずは自分の名前を答案用紙に書いた。
名前:
名前の横に必要事項を書いて、書き間違いがないか確かめる。
よし、問題にとりかかるぞ……。
私は最初の問題を解こうとしたけど、答えがすぐには出てこなかった。
急に焦り始めた。
全然、答えが分からない。
カチ、カチ、カチ……
さっきまで気にならなかった時計の秒針の音が気になり始めた。
あまりこの問題に時間をかけすぎるのもよくないから、飛ばそう……
トトトトトトト……
周りの受験生たちが問題を解いているときのシャーペンや鉛筆の音が聞こえる。
落ち着け……落ち着け……
私は深呼吸をしてから、問題にとりかかる。
ペラペラッ
え!? もう次のページの問題を解いてる人がいる……?
いや……他の人は関係ない……自分の問題に集中しよう……。
* * *
でも結局、試験はボロボロ。
私はとりあえず空欄は埋めたって感じで、全く手ごたえがない。
小論文は頑張って書いたけど、でも上手く書けたかはどうかは分からなかった。
帰りも薫ちゃんと一緒に帰ったけど、薫ちゃんはちょっと余裕があるように見えた。
「緊張したぁ」
薫ちゃんはとりあえず試験が終わってホッとしているというような表情をしていた。
私はあんまり暗い顔をしたら気を使わせちゃうと思って、何とか平静を保っていた。
「うん……」
それでも声は暗かったかもしれない。
薫ちゃんは私より先に電車を降りた。
私は何とか笑顔を作って、薫ちゃんに手を振った。
電車が発車してしばらくすると、私は泣きそうになった。
自分の駅に着いたので、電車を降りて家へ向かう。
「ただいま……」
「おかえりなさい」
お母さんは私に何か言おうとしたけど、私の暗い顔を見て試験のことは話題に出さないでくれた。
私はご飯もあまり喉を通らず、かなり残してしまった。
ごめんね、お母さん。
自分の部屋に行って、ベッドに突っ伏した。
カバンから携帯電話を取り出して、
「うっうっ……彩佳ごめんね……別々の大学でも、友達でいようね」
私は泣きながら言った。
お互い受験する学部が違うので、彩佳は私より先に試験を受けていた。
彩佳が受け終わった後は「一緒に合格しようね」なんて言う余裕があったのに……。
そのときの自分を殴りたい……。
「もう。何、弱気になってんの? まだ分からないじゃん」
「でも、全然自信ない……」
「それって自分を客観的に見られている証拠だよ。出来てないところが分かるって良いことだよ」
「そうかなぁ……」
「そうだよ」
ああ……彩佳は凄いなぁ……。
彩佳にそう言われると大丈夫なような気がしてくる。
「好き……」
思わず私の口から零れ落ちた。
あんまり私から彩佳に「好き」と言いすぎてて、それが当たり前になっている。
それこそ、小さい頃は結婚の約束までしてた。
彩佳は子供の頃の約束だからと思って、本気にしていないかもしれない。
でも、私は本気で好きなのだ。
もし私が大学に合格できなかったら、彩佳と離れ離れになっちゃう。
そしたら、私たちはどうなる?
初めは連絡を取り合うかもしれないけど、だんだんと疎遠になってしまうかも……。
彩佳と一緒にいるためには、今ここで、好きという気持ちを全力で伝えるしかないのかもしれない。
私は軽くパニックになった。
「好き! 私、彩佳のことが好き! だから、大学も一緒のところを目指したし、勉強もすっごく頑張った……! 私、彩佳と離れ離れになるの嫌だよ~!」
「もう……郁美はいっつもそうやって私のことを好き好きって言うけど……こっちの身にもなってよね、あんまり言うと本気にしちゃうよ」
「本気だもん! 小さい頃の約束だって私、ちゃんと覚えてるよ」
彩佳は何も言わなかった。
そういえば、小さい頃の約束の話は大きくなってからはほとんどしていない。
向こうは忘れちゃっているのかもしれない。
私は彩佳に嫌われたかと思って、不安になった。
「……覚えててくれてたんだね」
彩佳の優しい声が聞こえてきて、私はホッとした。
「勿論だよ。私はほんとに好きだよ、彩佳のこと」
「……うん」
少し照れた彩佳の声が可愛かった。
今までの暗い気持ちが少しずつ晴れてきた。
合格発表まで一週間以上もあるので、どうやって気持ちを整えればいいのか分からなかったけど、彩佳がいれば何とかなる気がしてきた。
* * *
今日は合格発表の日だ。
緊張して朝の6時に目が覚めてしまった。
私は朝起きて、顔を洗って、歯磨きをした。
朝ごはんはやっぱり喉を通らなかった。
緊張しすぎて気持ちが悪い。
合否は朝の10時にオンラインで発表される。
あらかじめアカウントを登録していた大学のサイトにログインして、ページを開けば、合格か不合格かが表示されるという仕組みだ。
彩佳と私は試験を受けた日にちは違うけど、合格発表の日は同じだった。
同時にサイトを開いて、どんな結果でも報告しあおうという約束を彩佳とはしていた。
まだ、朝7時にもなってない。
私は我慢できなくなって、スマホのメッセージアプリで彩佳にメッセージを送った。
[今日は6時に目が覚めちゃった]
すると、すぐに既読がついて彩佳から返信が返ってきた。
アヤカ :[私も早く起きちゃった]
[緊張するね]
アヤカ :[うん]
あ~もう無理……何かしてないと緊張で吐きそう。
[ちょっと電話してもいい?]
アヤカ :[うん。大丈夫]
彩佳から返信が来たので、私は電話を掛けた。
「あ、おはよう」
彩佳が電話に出てくれたので、私も「おはよう」と言った。
「10時まで暇かなと思って」
私がそう言うと、彩佳が「うん」と返事をした。
私にはどうしても彩佳に確かめたておきたいことがあった。
「あのさ……もしどんな結果でも私たちずっと一緒にいようね」
「うん」
「私ね。多分、最初から彩佳のことが好きだった。友達としてじゃなくてね」
私は思い切って言った。
「私はね、ずっと彩佳と恋人になりたいって思ってたの。だから私、彩佳とお付き合いしたい」
「っ、何で恥ずかしげもなく言えちゃうの……そういうとこホントすごいよね。度胸あるのかないのか……不思議な子だよね、郁美ってさ」
少し間があってから恥ずかしそうに彩佳が言った。
確かにそうだ。
私は普段は自分に自信もないし、緊張しいなのだ。
でも彩佳のことになると、自分の気持ちを優先しちゃうというか。
勇気が出る。
それに対して、彩佳はすごく照れ屋さんで、あまり自分の思いを口には出さないタイプだ。
私から「好き」と言った時に、彩佳にはずっとはぐらかされていた自覚はある。
それに私と彩佳は幼馴染だがら、一緒にいることが当たり前になってたけど、これからは一緒じゃなくなっちゃうかもしれないと思ったらハッキリさせておきたかった。
「彩佳の気持ちはどうなの? 聞かせてほしい……」
「そんなの……分かってるくせに」
「彩佳の口から聞きたいの!」
「……わ、私も好きだよ」
「本当?」
「うん」
「じゃあ、付き合ってくれる?」
「う、うん」
「嬉しい!」
ああ、これで思い残すことはないや。
彩佳と友達としてずっといられた期間も幸せだったけど、ずっとなりたかった恋人同士になれた。
これからはずっと恋人として彩佳の傍にいられるんだ。
私はホッとした。
それから初デートはどうするとか、一緒にテーマパークへ行きたい、とかそういう他愛もない話をした。
そしていつの間にか、朝の9時55分。
あと5分で合格発表だ。
「ねえ、このまま電話つないでてもいい?」
私が聞くと彩佳は「いいよ」と言ってくれた。
「緊張するね」
「きっと、大丈夫だよ」
彩佳が大丈夫って言ってくれてる。
それに、私はどんな結果でも平気だ。
10時になった。
私はサイトにログインする。
アクセスが集中しているのかまだ開けない。
私はもう一度アクセスしてみたけど、急に怖くなって目をつぶった。
「あ……!」
彩佳の声が聞こえてきた。
その『あ……!』は多分、合格の『あ……!』だ。
良かった。
彩佳が合格出来て。
「……郁美、どうだった?」
「怖くて目をつぶっちゃった」
「え! もう~、早く見なよ」
「ご、ごめん」
目を閉じたまま私は答えた。
「じゃあ、私が3つ数えるから、そしたら目を開けてね」
「わ、分かった……」
「3、2、1」
パチッ
私は目を開けた。
目の前のパソコンの画面には赤い文字で「合格」と書かれていた。
嘘。
あんなに自信がなかったのに……。
彩佳の言った通りだった。
私、合格したんだ。
信じられなくて、私はなかなか話せずにいた。
私がずっと黙っているので、彩佳が心配そうに「大丈夫……?」と聞いてきた。
不合格だったと思っているのかもしれない。
「彩佳、私、合格してたよ!」
「やった! おめでとう! もう、ビックリさせないでよ!」
彩佳がホッとしたように言った。
「ありがとう。彩佳は?」
私は分かっていたけど、念のため聞いた。
「うん、私も合格したよ!」
私、春から彩佳と同じ大学に通えるんだ……!
今まで吐きそうだったのに、緊張から解き放たれて、気持ちがスーッと楽になった。
「おめでとう」
「ありがと。ね? だから『大丈夫』って言ったでしょ」
「うん」
神様ありがとう。
彩佳のことも、受験のことも、いろんなところでお願いしたから、お礼参りしなくちゃ。
彩佳も誘って一緒に行こうかな。
私は急に気持ちの余裕が出てきた。
「彩佳、大学でもよろしくね」
「こちらこそよろしく!」
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