バレンタインは必須イベント!「番外編」
自分が投稿した動画のコメントをチェックするのは楽しい。
バレンタインに向けて撮ったカカオ豆からチョコレートを作る動画の再生数は中々好調だ。
その動画は一カ月前に投稿したのだけど、バレンタインが近づいてくると再生数も徐々に伸びていった。
私は最新のコメントを見る。
[Aliceさんのレシピと同じようにチョコレートを作ったら、恋人が喜んでくれました! 本当にありがとうございます!]
あ、実際に作ってくれたんだ。
私のチャンネルは料理系のチャンネルなので、自分の動画を見て実際に作ってみたという報告を聞くのは嬉しい。
私はこのコメントを見て嬉しくなったので返信を書いた。
[コメントありがとうございます。同じレシピで作ってくれたんですね! 私も嬉しいです!]
書き終わってから私は我に返った。
理沙、早く帰ってこないかな……。
スマホの画面を眺めていると、メッセージアプリの通知がきた。
リサ :[今、仕事が終わったので、帰ります! ほんとにごめん!]
私はメッセージに返事をする。
[分かった。気を付けて帰ってきてね]
理沙が謝っているのには理由がある。
今日がバレンタインだからだ。
しかも日曜日。
バレンタインは二人で外へ出かけて食事でもしようか、なんて話になって『今週は絶対空けとくね!』と理沙も言っていた。
でも今朝になって理沙はものすごく申し訳なさそうに『ごめん! 急に仕事が入った』と言って会社へ向かった。
社会人って大変なんだなと思いつつ、ちょっと理沙の休日出勤の多さは異常な気がする。
理沙を見てると私が就職するときはきちんと休みが取れる会社にしようって思う。
自分の仕事については『やりがいはあるんだけどね、すごく忙しい』と理沙はいつも言っている。
最初は自分の好きな仕事に就けてすごく嬉しかったみたいだけど、大変な事も多いらしい。
仕事での理沙のことはよく知らないけど、朝はいつもバタバタしている。
とくに毎週月曜日は朝礼があるらしくて毎回、遅刻しそうになりながらバタバタと会社へ向かう。
正直、慌ただしい。
一緒に暮らし始めてからは『アリスちゃんとの時間をこれ以上削られるのは耐えられない! 私、転職する!!』なんて、言ってはいたけど。
転職活動はなかなか難しいらしく、まだ理沙の転職先は決まってない。
本当に転職するかもわからない。
何だかんだ、理沙は今の仕事が好きなんだと思う。
私と一緒に暮らす前の理沙の食生活は乱れてて、毎日コンビニ弁当だったらしい。
そんなの絶対に健康に良くないってことになって、自然と私が料理を作る担当になった。
もともと料理は得意な方だったし、理沙のために料理を作るのは楽しい。
外でご飯を食べる予定が無くなったので、今日の晩御飯には理沙の大好きなカニクリームコロッケを作った。
早く理沙に食べてほしい。
理沙の食べる顔を見るのが好き。
いつも『美味しい、美味しい』って食べてくれるから、こっちも作り甲斐があるというものだ。
* * *
ピンポーン
「アリスちゃん~ただいま!」
はぁ~、疲れたぁ~と言って理沙が玄関から入ってくる。
「お帰り。ご飯できてるよ」
「ん~いいニオイがする……!」
「今日の夕飯はカニクリームコロッケだよ」
「わぁ。私、カニクリームコロッケ大好き!」
理沙は急いでコートを脱いで、手を洗いに洗面所へ向かった。
私はその間にリビングに行って料理をテーブルに並べる。
理沙は私よりも三つ年上だけど、すごく子どもっぽいところがある。
「いっただきまぁす!」
理沙はアツアツのカニクリームコロッケを食べる。
はふはふと口の中でコロッケを冷ましながら「うーん! 美味しい!」と言って食べてくれた。
初めて会った時から私は理沙のことをすごく美味しそうに食べる人だなぁって思ってた。
理沙は私が働いているカフェにお客さんとしてよく来ていて、ホットサンドを口いっぱいに頬張りながら幸せそうに食べる姿が印象的な人だった。
最初はすごく疲れた様子でカフェに入ってくるけど、ホットサンドを食べているときはすごく嬉しそうで元気そうだった。そこが可愛かった。
一緒に暮らしてから分かったことだけど、理沙はやせ型なのにすごく量を食べる。
後から聞いたら『いくら食べても太らない体質』なんだって。
何ソレ、超羨ましいんですけど。
でも、理沙が言うにはそれはそれで大変らしい。
理沙とは周りにお客さんが少ない時にちょっとした会話なんかもした。
ホントに一言、二言だけだけど。
例えば、「今日は寒いですね」とか「暖かいですね」とか、そんな天気の話が多かった。
そして会話が終わると、理沙は必ずホットサンドを頼んだ。
ホットサンドは定期的に中身が変わる。
シンプルなベーコンとレタスとトマトのときもあれば、アボカドが入っている時もある。
チーズとハムやツナメルトのときもある。
理沙はどれも美味しそうに食べていた。
理沙が座るのはだいたいレジの向かいにある小さな丸テーブルだった。
だから、ふとした時によく目が合った。
理沙はその席で映画のパンフレットを読んでいることも何回かあった。
多分、カフェの近くの映画館で観てきたんだな、と分かっていたからシフトが終わった帰りに同じ映画を観に行ったこともある。
その当時は理沙の名前も知らなかったけど、こんな映画が好きなんだなぁ……なんて思った。
今、考えるとちょっと異常かも。
私はその時から理沙のことが好きだった。
好きと自覚してからは、私の行動は早かった。
理沙の名前も連絡先も何も知らなかったからだ。
次にいつ会えるかは分からないし、突然引っ越しちゃって会えなくなるかもしれない。
後悔はしたくなかった。
そして今に至る。
「野菜のマリネもあるからね」
「うん! アリスちゃんは料理の天才だね」
理沙はそう言うと、マリネも食べてくれた。
「あ~、マリネもさっぱりしてて美味しいなぁ」
マリネもコロッケもあっという間になくなった。
カニクリームコロッケが好きだとは知っていたので多めに作ったつもりだったけど、今度はもっと沢山作ろう、と私は心に決めた。
「今日はデザートも作ったんだ」
「うわ! 嬉しい! 何だろう」
私は冷やしていたガトーショコラを冷蔵庫から取り出して、テーブルに乗せた。
「はい。ガトーショコラ」
「わ!」
理沙はすごくビックリしたような顔をしていた。
嬉しくて驚いたというより、何か思わぬことが起こったって感じ。
いつもなら私がデザートを作ると「わぁ! 美味しそう!」と言って笑うのに、今日は何だか様子が変だった。
「すごい、アリスちゃんが作ったの?」
理沙は微妙な顔で私に聞いた。
ガトーショコラ嫌いだったのかな?
「そうだよ。今日はバレンタインでしょ?」
理沙は「うん。そうだよね」と言って頷いた。
それから申し訳なさそうな顔をした。
「今日はごめんね。二人で外でバレンタインを過ごす予定だったのに……」
「仕事なんだから仕方ないよ」
「うぅ……ごめんね……」
理沙はそう言って俯いた。
さっきまで元気いっぱいだったのに、やはり様子がおかしい。
「理沙、ガトーショコラ苦手だった?」
「ちがうの……ガトーショコラは大好き……」
「じゃあ、どうしたの? 話して?」
「あのね……」
そう言って理沙はカバンの中から紙袋を取り出した。
「会社の近くにね、ちょっと高めのガトーショコラの専門店があってね。これ、予約してたの。被っちゃったと思って……」
「ふふ」
私は思わず笑ってしまった。
なんだそんなことか。
「アハハハハハ」
「え?」
理沙はいきなり笑い出した私を見て困惑した様子だった。
「そんなことで悩んでたんだなぁって思って」
やっぱり、理沙って可愛い人だなぁ。
「いいじゃん。被ったって。それなのにあんな顔するんだもん。フフ」
「そんなことっていうけど……! アリスちゃんがせっかくガトーショコラを作ってくれたのに被っちゃったから悪いなぁって思って」
「気にしてくれたんだね。それ、予約するの大変だったでしょ? そこのお店テレビで見たことあるもん」
「予約しただけだよ。作る方がよっぽど大変だよ……」
「じゃあ、食べ比べしようよ! 私も食べてみたかったんだ。そのお店のガトーショコラ」
私は両方のガトーショコラを切って並べた。
ふたりで「いただきます」と言ってまずはお店のガトーショコラを食べる。
やはりお店のはずっしり濃厚だ。
中はしっとりとしていて味は少しビター。
さすがガトーショコラ専門店。
これは絶対に理沙の好きな味だ。
「やっぱり、お店のは美味しいね」と私が言うと、「うん」と理沙が頷く。
「じゃあ、今度は私のね」
私はそう言って、自分の作ったガトーショコラをフォークに刺すと、理沙の口元までもっていく。
「はい、あーん」
「うぇ!?」
理沙はびっくりした様子で口をもごもごさせている。
「ほら、私のも食べて」
「うぅぅ……」
理沙は恥ずかしそうにそう言ったあと、ギュッと目を閉じてゆっくりと口を開けた。
パクッ
ガトーショコラを口にした瞬間、理沙はパッと目を開けた。
「んー! おいひー!」
理沙は口の中のガトーショコラを飲み込むとまた口を開けた。
その状態で待っているので、私はまた自分の作ったガトーショコラをフォークに刺して、理沙の口に運んだ。
最初の羞恥心はどこへやら、理沙は一口食べ終わるごとにまた口を開けて次の一口を待つので、私はその度にガトーショコラをフォークに刺して、理沙の口へと運んだ。
「ん! すごくおいひかった!」
最後の一口を食べた後に、理沙はもごもごさせながら言った。
一応、口には手を当てている。
「理沙が買ってきてくれたガトーショコラもおいしかったよ。ありがとうね」
私がそう言うと、理沙はぶんぶんとすごい勢いで首を横に振る。
「いや、アリスちゃんのガトーショコラの方が美味しかった!」
「そこは別にどっちも美味しかった、でいいんじゃない?」
「ううん。アリスちゃんの方がおいしい!」
「アハハ」
私にはその様子が本当に子どもみたいで可笑しくて。
私が笑っていると「ホントだよ!」って理沙が言った。
「ありがとう」
私は理沙にそう言った。
自分の作った料理を褒められるのはやっぱり嬉しい。
「ううん。私の方こそありがとう! お夕飯もおいしかったし、デザートもおいしかった!」
「それなら良かった」
「今年は私のせいでどこへも行けなかったけど、来年のバレンタインは一緒にどっか行こうね」
別に特別なことをしなくても、理沙と一緒なら楽しい。
でも、約束をするのも楽しみが増えるから好き。
だから私は頷いた。
「うん」
来年のバレンタインデーも今年のバレンタインデーみたいに素敵でありますように。
私は心の中でそう願った。
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