2章 7.危険な気配

「……ロー君……これは……」


「見えるのか……って前からそうか。階段から上がってるとき音が何も聞こえなかった。店にいた時は破壊音があったってのに………」


 音だけでもない。完全に外は見えていたはずなのに俺は破壊されていることに全く気付かなかった。静かにこの光景を作り出したとでもいうのだろうか。

 目を疑う光景を何度見ても変わらぬ絶望的光景。少量の息しか出ず言葉が出なくなっていく。


「ロー君……」


 静寂の時間が続き、何も考えれなくなりつつある俺にレイルは再び名前を呼ぶ。


「もしかしたらあの『怪物』かも。異常な力に音を出さずに行える技術力、こんなことが出来るのは神話時代にいた『怪物』か魔王。だけどさすがの魔王もここまでする理由がない。だったら理解できない『怪物』しか考えられないと思うの」


「……『怪物』、か」


 レイルの推測は正しいかもしれない。最初に魔王にあったとき、勘は強すぎると危険を知らせた。ただ強すぎるという情報だけであり身の危険ではなかった。俺が異世界に来て少ししたときに聞こえた『怪物』と思われる存在はもうラスボスと言っていいぞという危険信号であり身の危険を知らせる信号だった。矛盾を作り出す謎の『怪物』が都市を俺には考えられない考え方、思考で崩壊させた可能性のほうが圧倒的。となるとここからどうするか、だ。


「レイル、なんかないか?」


「ほんとロー君は……でも一つあるよ。私がいないとできないこと」


「―――!そうだったそうだった。チートは敵だけじゃねぇもんな。だろ?時の精霊」


 そうウィンクしながら言うと「もう……ロー君ってば……」ギリギリ聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。一瞬の間を空け息を呑んだ俺に話しかける。


「じゃあロー君。時を戻してこの状況の前に行くんだよね?」


「さっすが精神内にいる精霊だ!俺の考えはお見通しか!」


「当たり前!私はロー君に感謝されるようになってもし現実で会ったときは……うふ……うふふフフフ……た、楽しみ……」


「気持ち悪い笑いすんな!行くぞ!」


「はーい!」


 ご機嫌になったレイルに冷たい言葉を投げかけようとしたが助けてくれる相手であるんだという制御でため息だけで済ませる。時間を巻き戻せるという能力の精霊がいるという安心感とこの絶望的光景を作り出せる力を持っている者が都市にいるという不安感を胸に。


 ―――時は巻き戻された。



「―――!意外と早く着きましたよね……結構楽しかったんですけどこれで終わりですね。いや、私は終わりでよかったですよ!あんな恥ずかしい思いをして、笑われて、本当に2人とも!もう二度としないでくださいね!」


「わりぃな!リーダーも謝っとけよ!」


 時間が巻き戻された俺は魔法車内にいることを確認する。アンカとガルは首を傾げ、不思議そうに見つめていた。


「ロクさん……何か気配でも感じましたか?魔動物はユークラリア付近にはいないはずですが……」


「亜人が生まれながら持つ野生の勘もそんなこと言ってねぇな。リーダー、何かあったのか?」


 2人の問いかけに俺の硬直状態が解かれた。だんだん意識が覚醒していき、腕や足の感覚が戻っていく。数秒経ち、完全に覚醒した意識で状況確認を始める。

 えーっと、今はユークラリアの門に入る前……か。で俺を心配してくれる仲間が目の前にいて問いかけているんだな。


「すまんすまん!ちょっと楽しみに―――」


 ――してたからついに来たという実感を噛みしめていた、というつもりだったが言葉が途切れた。途切れとともに浮かび上がる不安、恐怖が襲う。これを言ってはならないと警告しているかのように。


「―――どうしました?」


「どうした、リーダー」


「―――待て……よ」


 もしこのままの流れで行けばスイーツ店へ行き、さっきの状況になっていく。だとしたら何も成果なしでまたレイルに頼み時を戻すことになる。それは絶対に避けなければいけない。気配がすると言って流れを変えるほうが良くなるはず。


「ちょっと危険な気配がしてさ。この都市を一瞬で壊せるほどの力を持った奴がいると思うんだ」


「「―――!?」」


 思わぬ告白に2人とも目を見開く。さっきまでの晴れやかな表情は瞬時に曇っていき、同時に2人の足が震えていることに気がついた。この顔を見ることが辛く自分を責め立てたくなる、でも助けるためには見ることは絶対条件。辛さを紛らわせるために唇を噛み、噛んだところから流れ出る血を拭き取って話を続けた。


「どう話せばいいのかわからねぇけど、まずやばい。力の差は圧倒的で、気配からしたらその者が生み出した衝撃波、暴波は何もかも粉砕させる。信じたくない、けど事実だった」


 俺が見たあの衝撃波は異常だ。何もかも粉砕させると言ったが粉砕どころじゃない。跡形もなく消し去るものだった。魔法でどうこうの話ではないものであるからこそできてしまった光景。もう二度と見たくない。


「どうすればいいか本当に分かんねぇ。けどやるしかねぇんだ」


「―――リーダー」「―――ロクさん」


 自然に下を向いていた顔を2人が上げさせる。そして曇っていた表情をかき消すかのように笑い。


「当たり前だ」「当たり前です」


 震える足を抑え、笑う2人を見て自分を責めたくなった。こんな無理やり笑わせて、協力させて、自分がみんなを救いたいというほぼわがままな気持ちを押し付ける自分が憎い。全く根拠のない俺の言葉を信じてくれて嬉しい、感謝したい、けど無理だ。そんな価値など権利なんか今の自分に存在しない。ただ、今できるのは自分だけ。あの現実を知った俺だけだ。


「ほんとにごめんな。けど、手伝ってくれ。賢者の楽園であんなことあったばっかなのに、疲れたはずだろ?でも、本当にみんなを救いたいんだ」


 自分の手を握りしめ、再度下を向く。そんな俺を見て小さく頷く。今度の2人は、自然に優しく微笑んでくれた。

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俺の部屋にある段ボールの中、異世界 吉田 風大 @yoshidafudai

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