落ちこぼれ女神ですが、ようやく当たりの勇者を引き当てました。

レフトハンザ

第1話


 天界一の落ちこぼれ女神とは私のことだ。


 なにせ、今まで救った世界は0。0だ。

 大事なことだからもう一度言うけど……ゼ・ロ・だ。


 私だって努力した。


 召喚した勇者に能力を与え、アドバイスをしてやり、人生相談にものってやり、おだて上げてのせてやり。


 なのに、勇者たちは、ことごとく魔王討伐に失敗した。


 ある者は序盤の中級魔人にすら適わず、またある者は魔界四天王に返り討ちにされた。

 運よく魔王のところまでたどり着いても、肝心の聖剣を宿に忘れたという信じられないボーンヘッドで失敗する。こんな感じで私はいままで10個以上の世界を救うことに失敗していた。


「フィリット、あんた本当は魔族のスパイなんじゃないの?」


 こんな失礼なことを仲間の女神に言われたのも一回や二回ではない。実は私もちょっとそう思ってた。いっそ本当にそうだったら良かったのに。

 だって担当してきた世界はことごとく魔族に支配され、最近では私が世界の担当女神だと分かると魔王城では祝杯をあげて歓迎しているらしい。魔族に感謝されてどうするんだ私。


 それどころか、近頃では召喚した日本人にすら「役立たず」だの「駄目女神」だの言われ、「これならまだクソ女神に廃棄される方がよっぽどマシ」とまで言われる始末。クソ女神なんて性格の悪い女神より役に立たないなんて、どれだけ使えないのかと自分を問い詰めたい気分だ。


 

 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 

「今度失敗したら天界から叩きだすから覚悟なさい」


 めちゃくちゃ厳しい言い方で私を追い込んでくるのは女神の元締めゴンドーラさんだ。

 成績の悪い女神は、時々こうして女神管理室に呼び出されては説教を受けてしまう。この就職難の天界では、女神を首になったら路頭に迷うのは間違いない。なんとしても成果を出さないと私は次の更新で切られてしまうこと間違いなし。女神というのは永久資格ではなく、半期ごとに更新される契約社員のような世知辛い存在なのだ。


「で? 改善は進んでるの?」


 某大企業の管理職のようなことを言うゴンドーラさんは今まで数えきれないほどの世界を救ってきているベテラン女神だ。今では救った世界が200以上ないと入れないという【名救会】の会長をしている伝説の女神なのだ。自分で作ったらしいけど……。

 噂では毎日毎日世界を救いすぎて、「雨、雨、ゴンドー、雨、ゴンドー」と現役時代は言われていたらしい。知らんけど。


 そういう時代の女神だから、言うことが時代錯誤でやたら根性論を押し付けてくる。


「わたしたちの時代はもっと頑張ったのよ。走り込みが足りないんじゃない?」


 世界を救うのと走り込みにどんな関係が?


「あのねえ、やっぱり女神は腰よ腰! 腰がパーンとしてればバッとするのよ!」


 ものすごく分かりやすい言葉で意味の分からない事を言うゴンドーラさん。腰って言ってもエロい意味じゃなくて別の意味なんだろう。


「だって最近の勇者って頼りないんですよ! よくよく聞いたら、一日中部屋の中で【なろう小説】を読んでるって言うじゃないですか。そりゃ理解も早いし異世界転生にも動揺せずウキウキと魔王討伐に行ってくれるのはすごく助かりますよ。でも、『宿のトイレがウォシュレットじゃない!』とか言い出すし、野宿をしたら『虫が出た!』ってギャアギャア騒ぐし、魔物の解体では泣き出して何の役にも立たないし、あげくの果てには本人が欲しいって言うからせっかく購入してあげた猫耳奴隷なのに、猫アレルギーて何ですか!!」


 ぶち切れた私に向かってゴンドーラさんは困った顔で「とにかく走りなさい」と呟くのみだ。まったく女神の老害なんて始末に負えないったらありゃしない。


 

 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 

「だいたいねえ、勇者なんて宝くじみたいなもんでしょうがあああ、そりゃ私だってイケメンのチートな勇者が欲しいわよううう」


「フィリット、ちょっと飲みすぎなんじゃない?」


「んなああことは、なああああい!」


 ここは女神ご用達の天界酒場。女神たちはここで酒を呑み日頃の鬱憤をぶちまけるのだ。こんな私の愚痴を聞いてくれてるのは友人の女神エニル。今期8連勝中のハーラートップの女神なのだ。


「そんなことあるでしょ。あんまり大きい声を出すとまわりのテーブルに迷惑よ」


「迷惑う? あら? 向こうのテーブルにいるのは、ついこの前まで私と底辺を争っていた女神じゃない?」


「こらこら、絡むんじゃない」


「絡んでませえええん、尊敬してるんですう。私だって、私だって慎重なイケメン勇者と知り合いたい……」


「彼女だって色々とあったんだ」


「分かってますよう、話を聞いたときは私だって貰い泣きしちゃったもん。良かったと思ってるわよ」


「ああ、そのうちフィリットにも素敵な勇者があらわれるよ」


「あんたに言われたくない」



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 

 ズキズキする頭をおさえ、私はベッドから身を起こす。今日こそ世界を救ってくれる勇者を探さないと……。


 いつものように水晶の前に座り、召喚できそうな男を物色していく。


 こいつは……だめね。抱き枕を使ってる奴はかなりの高確率で奴隷商会に入り浸りになるのよ。えっと、こいつは……あ、本棚に【スローライフ】とか【丁寧な生活】とかのナチュラル志向な本が並んでるじゃない。こういう奴は異世界に来たくせに『田舎でのんびり暮らしたい』とか言い出すのよ。電気も通ってない異世界に田舎もくそもないでしょうに。

 そのくせ田舎に放り出してやったら「水洗じゃない」とか「畑の肥料って人糞なの!」とか言い出してびびって都会にUターンするんだから。まったく田舎を舐めるんじゃないって言うのよ。たまに田舎に染まった奴がいたと思ったら蕎麦ばっかり打ってるし。なにが人生の楽園よ!


 そうやって丸一日水晶を覗いていた私の目に、ひとりの男の姿が止まった。


「誰だろうコイツ……なんとなく初めて会ったような気がしない」


 背は高くスラッとしていてスタイルだけなら私好み。

 顔はちょっと強面だけど、笑うと優しそうな感じもする。


「ん? こっちを見てる?」


 水晶の向こうのその男は、水晶を通して私の顔をじっと見てる……気がする。(まさかね)


 私の視線に気が付いたのか、男は私の方を見て微動だにしない。


「召喚しろって言ってるのかしら?」


 なんとなくその男が気になった私は……その男を召喚することに決めた。


 水晶に手をかざし、女神の力を水晶に向けて放つ。


 しばらくすると、部屋の中に、さっきの男が姿を現した。


 

 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



「初めまして、私はフィリット。あなたを召喚した女神です」


「おまえ……」


 男は私の顔を見て怪訝な表情を浮かべる。


「いやいい……続けてくれ」


 なんなの一体? もしかして、私に一目惚れしちゃった?


「違う」


「いきなり否定かよ!」


 男は私からの説明をひとしきり聞いたあと、笑みを浮かべて言った。


「とにかく、魔王からこの世界を奪い返せばフィリットの女神としての立場も良くなるんだろ?」


「え、う、うん、まあそういうことね。もちろん一番大事なのはこの世界に住む人達のことだけどね!」


「嘘つけ、住人のことなんてすっかり忘れてたくせに」


「そ、そんな事ないわよ! 女神なんだから!」


「まあいい分かった。魔王は俺が倒してやる。その代わりと言ってはなんだが、魔王を倒したら、俺の言うことをひとつ聞いてくれ」


「言うことを? ひとつ? まさか、私のこの体を……」


「まったくおまえは……俺が欲しいのはおまえの体じゃない!」


「拒否するな!」



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 

 彼の名前はユーリと言った。もちろんそんな名前に聞き覚えはない。


「相当強かったが、苦戦するというほどでもないな」 


 ユーリは仲間を集めもせず、単身で次々に魔族を殲滅していった。この世界では最強のひとりと数えられる魔族の四天王①ですら、ユーリの前では立っていることもできなかった。


「ちょ、ちょっとあんた。強すぎない?」


「そうなのか? この世界の魔族が弱すぎるんだろう。なにせ女神フィリットが担当しているからか、魔族たちはおのれを鍛えることもせず、だらだらと毎日を過ごしていたみたいだしな」


「そ、そうなの? だったら私のおかげとも言えるわね」


「それはない」


「ですよね」


「それより四天王①ってなんだ? せめて名前くらいつけてやれ。四天王だろ?」


「だって一行で死ぬ四天王に名前を付けるなんて無駄じゃない? 考えるの面倒くさいし短編なんだし」


「女神の言うセリフじゃない」



 それからユーリは四天王②③④を次々に殲滅していく。あっ、これ楽だな。


 

「とうとう残るは魔王か」


「ここに来るまで長かったわね」


「そうでもないぞ」


「あんたにとっては短かったかもしれないけど、色んな世界を担当してきた私にとっては長かったのよ! 世界を救える経験なんて初めてなんだから!」 


「そうか、それは悪いことをしたな」


「べ、べつにあんたのせいじゃないんだけど……」


 ユーリは聖剣を手に魔王が待つ城へ単身乗り込んでいく。

 城を守る魔族たちはユーリの前にあっさりと倒れていき、残るは魔王ひとりとなった。こんなに簡単でいいの? 今までの苦労は何だったの?


「勇者がついにここまで来たか。女神フィリットもようやく当たりの勇者を引いたようだな」


 魔王が笑いながら私に言う。


「そ、そうよ! これで私も底辺女神と呼ばれなくなるわ! 魔族のスパイだとかめちゃくちゃ言われてきたんだから!」


「まあ、そいつが勇者というのは、微妙なところだがな」


「えっ? どういうことよ。ユーリは私が召喚した勇者なのよ」


「お前が召喚したのには間違いないが。しかし、こいつの前世は人間ではないだろう? そういう存在を勇者と言うのは微妙だとは思わんか?」


 人間じゃない? ユーリが? 


「もうその話はいいだろう。俺はフィリットに協力するために召喚されたんだ。俺の前世は関係あるまい」とユーリが言う。


「そういうことか。女神フィリット、【最悪魔王ガーランド】の名前に聞き覚えはないか?」


 【最悪魔王ガーランド】 もちろんその名前なら知っている。私が初めて担当した世界で、圧倒的な強さを誇って君臨していた最強の魔王だ。そのあまりの強さがトラウマとなっていて、私が世界を救うことに失敗し続けている原因と言ってもいい。


 というか、えっ? まさか……ユーリが、あのガーランドなの?


「そうだ」とユーリ。


「どうして言ってくれなかったの!」


「顔を忘れられてるとは思わなかった」


 そう言ってガーランドは悲しそうな顔をする。


「魔王の顔なんていちいち覚えてるわけないでしょう! 何人魔王を相手にしてきたと思ってるのよ!」


「だって俺はおまえの初めての男だぞ」


「ご、誤解を生むような言い方をしないでよ!」


「おまえが悪いわけではないことを証明するために、おまえの後からやってきた女神と勇者は一瞬で殲滅してやったのだが……」


 そう言われれば思い出した。私が失敗した後にゴンドーラさんがリリーフで登板して一回持たずに大炎上してたっけ。結局ゴンドーラさんはそれを最後に引退したんだ。あのおばさん、本当に口だけだったな。まわりで見てた観客の野次の凄かったこと。


「なぜかおまえのことがずっと気になって、ずっと様子を見ていたのだ。まったくおまえときたら、人を見る目が無さすぎるぞ」


「そ、そんなことないわよ!」


「いや、おまえは絶対に人を見る目がない。ほっといたらクズのダメ男に引っ掛かるタイプだ。だいたいそういう女は女神に向いてないんだ!」


 言い争う私達に魔王が口をはさむ。


「あ、あの、そろそろいいかな?」


「「 黙って待ってろ!!」」


「はい」



 結局魔王は全面的に降伏し、魔族と人間のあいだでは協定が結ばれた。


 これで世界は平和になったし、女神の私にとっては初めての救世だ。


 

 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 

「で、あんたの望みって何なの?」


 魔王を倒すかわりにユーリの言うことをひとつだけ聞く。それがユーリと交わした約束だ。


「はあ……。女神フィリットのために転生までして魔王を倒してやったというのに、わざわざ言わないと分からないとは……」


「そんなの分かるわけないじゃない! 私にひと目惚れしたわけでもなく、私の体が望みでもないんでしょう?」


「まあ、ひと目惚れというわけではない。それに、望みは体だけではないからな」


「か、体だけじゃない? ということは、もしかしたら……私の貯金が目当てとか?」


「そんなに持ってないだろ!」


 ユーリはため息をついて首を横にふり、困ったやつだと呟いてから……わたしの唇を奪った。

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落ちこぼれ女神ですが、ようやく当たりの勇者を引き当てました。 レフトハンザ @ryomoon0418

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