第5話:まだまだ続くよ部活決め
神谷と横山が突然遊びに来て今後する事になった初心者向けの料理解説動画は今後定期的に集まってする事で無事に解散した。
あの後、つまり日曜日は依理央は山下家で初日のように夕食をごちそうになり、普通に明日を迎えた。その夕食のメニューはその日分だけのカレーと豚の生姜焼きだった。
「今後、依理央君の方に遊びに行く事も増えるかもねっ」
「そうなる、ねぇ……」
依理央は姉の沙耶を見て気遣いつつつぶやく。肝心の姉は割と冷静だった。
「健全に仲良く付き合うなら別に構わないさ……」
沙耶は依理央と由紀を挟んで真ん中を歩いている。今の沙耶の発言は、由紀には聞こえないように顔を依理央側に傾けて小言で言った言葉だった。
「……」
依理央は姉の沙耶の反応を見て、夏までどのように学校生活を送るか考えていた。
昼休み。
「あたし他のクラスの子から聞いたんだけどさ、あたし達一年の誰かが音創部とマッサージ部っていうのを作ろうとしているんだって」
流れで決まったとはいえ、依理央と由紀は神谷と横山の四人でいつものように食堂で会話していた。
「音創部? なにそれ?」
由紀は可愛らしく首を傾げた。
「名前の通り音を創る部活よ。ほら、パソコンで音源を作れるようになって大分経つじゃない。自分で作った曲をプロデュースしたい人とか、軽音部とは少しジャンルが違う、いわゆる作る専門の部活が欲しいって教師に要望を出した人がいたらしくってね。今その子が部員と顧問を探しているんだって」
「へぇ~」
「他のクラスの子って、何組の子?」
「隣よ隣。二組二組、うちら三組でしょ?」
「……」
二組、ね……。
「単純に世間話になったのよ、部活見学どうだった?って。 それで、最初は軽音に入ろうとしていたけど途中でやめたんだってさ。皆と違ってガチでやりたいわけじゃないとかなんとか言って」
「その子の名前は知ってるの?」
依理央達の当然の疑問を口にする由紀。
「あー、誰だったっけ……。たしか宮本だった気が」
「男?女? 下の名前はなんだ?」
より具体的に聞く神谷。
「お、女の子よ。下の名前は……ごめん、忘れた。てか、聞いた時も名前出してなかったし」
「宮本かぁ……」
周囲を見渡す神谷。
「まぁ、後で聞いたらいいか。もし部活が出来たら遊びにでも行けばいいんだし」
そりゃその通りだ。
「えっ、ちょっと待って。今のは音創部の話だけど、マッサージ部は!? てかそういう事していいの!?」
依理央が突如大声をあげた。隣に座っていた由紀がわっ!とびっくりする。……実は別のテーブルにもびっくりした人がいて、彼女がそれ以降ずっと依理央たちの会話を聞いているのだが彼らは気づいていない。
「いやぁ、そうなのよ。今行った二つの部活動の立ち上げの話はさ、情報を集めている他のクラスの女子から聞いた話なのよね」
人差し指をピンと上に向け喋る横山。
「マッサージ部っていうのも、職員室からちらっと聞いたってその人が言ってて、それがあたしの元まで来たっていうか、ようするにただ広めているだけでいまいち信憑性がないのよ。少なくとも立ち上げてもいいですかって聞いた一年の誰かがいたのは事実なんだけど」
「そ、そうなんだ……」
なんだか、三笠高校に通う学生はアクティブな子が多いな。と依理央は思った。
「うちの学校ってやりたい事をやる人間が多いよなー」
「そうだねー」
と思っていたら神谷と由紀も同じ事を思っていた。
「あれでしょ? 仕事の種類としてマッサージ店とかあるから、それの練習とかでしょ。 ほら、整骨院とかも民間療法で医者免許なしでやってるとこあるし。詳しくは知らないけど」
「いや知らないのかよ」
ツッコミを入れる依理央。
「そりゃあ知らないわよ。マッサージ部なんてのを立ち上げようとする人の気持ちなんてさ。当事者がいればいいんだけど……」
ガタっ。
「?」
依理央は突如椅子から立ち上がった音をして、それがどこかを探った。しかし、探し当てるよりも話しかけられる方が早かった。
「あ、あの! ま、マッサージ部を立ち上げようとしてるの、あ、あたしなんですが……」
依理央達に現れたのは、制服を少し崩していて少しだぼだぼな、いかにも気だるげギャルという感じの女子だった。
「あ、あたし、
隙あらば自分語り。前田は依理央の驚きを無視して、べらべら喋り始めた。どうやら自分達の会話は聞かれていたようである。その聞かれたのが依理央が大声を出したという事はまだ依理央達は気づいていない。
「ああいうのを楽しみつつ、人に安らぎを与えるような本当の意味でプロフェッショナルなマッサージを出来たらいいなっと思いまして、それで……」
ここまで聞いて、依理央達は察する。これは勧誘だと。部員が足りないから幽霊部員として入ってほしいのだと。
「あー、事情は理解しましたよ前田さん」
「!」
神谷の声に、しまった、人の事を無視して勝手にべらべら喋ってしまった!と思っていそうな顔をする前田。
「でもさ、言っちゃあ悪いけどエロい目的でしに来る人とかいるじゃん? そういうのはどう思ってんの?」
「あ、あはは……実はまさにその事で担任に反対されてしまいまして……。どうしようかなぁと考えていた所なんです……」
頭をかいて苦笑する前田。まだ四月で高校生活は始まったばかりなのに色々起こりそうである。
「まぁ、少なくとも何も考え無しにやったら色々まずいわよね。需要だけで言えば体を動かしている体育会系が体をほぐしてほしいとか言ってくるわけだし?」
「うんうん」
横山の一言に、腕を組んでうなづく神谷。
「あ、もしかして耳かきとかもする?」
「でっ、できればしようと思ってます……」
「膝枕をして?」
「…………」
あ、それは悩んでるんだ。依理央達はそう思った。
「いやその、体を触るのはなんというか、しょうがないじゃないですか。触らないとできませんし。もちろん恥部には触るつもりはないですよ!」
と、ぷりぷり自分の言い分を話し始める前田。
「れ、冷静に考えてみれば、耳かきするためだけに人に膝枕をするのは、あたしでもいくらなんでもスキンシップが激しいというか、人との距離感どうなってるんだというか、間違いなくビッチって思われるというか……」
わかってんじゃん。依理央は心の中で思っていた。
「わかってんじゃん」
「で、ですから、どこまで仕事のマネをしていいのか、どこからが部活動として他人の体に触って良いのか悩んでて……」
「「……」」
話を聞く限り、部活動を立ち上げる事自体は反対しておらず、方針でNGを出されたようである。
前田以外に活動する人もいないようで、毎日誰かに耳かきとマッサージサービスを無料でやるというのは、それは一種のサービス業に等しかった。万が一の状況を防ぐために教師の監督は必要で、前途多難のようだった。
「だから、耳かき棒とか、マッサージ器具とか買って、後は一日何名までって制限決めてやろうかなぁ……とか考えていまして……」
「耳かき棒とかまではいいけど、マッサージ器具は高いだろ? 部活動っていうレベルじゃねえぞ」
「そ、そうなんですよね……」
前田も自分のやろうとしている事がなんなのかは理解しているようだった。
「あ、あのっ!皆さんはどこの部活に入るとか決まってるんですか!? もし決まってなかったらあたしの部活に――」
「ごめん。現状は帰宅部だけど無理」
「俺も」
「あたしも」
「ガーン!」
残るのは由紀のみ。
「……」
うるうるとした瞳で由紀を見つめる前田。
「ご、ごめんね。私も気になるわけじゃないのに人にべたべたと触るのはやめなさいと家族から言われてるから……」
「ガガーン!」
前田の勧誘は失敗に終わった。
「ですよねですよね……人のためになにかしてあげたい、と思っても現実はこうですよね……」
「……」
普通にショックを受けている姿は、女子高生らしくて、可愛らしく、可哀そうだった。
「……まぁ、相談ならのるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「……良いの? 依理央君」
「ああ……なんか可哀そうだったし」
「ふーん……」
由紀は何か言いたげだったが何も言わなかった。
「……ん? あれ、ちょっと待てよ?」
神谷がふと何かに気づく。
「なぁ横山、確か音創部を作ろうとしている宮本っていう女子が二組にいるって言ってたよな?」
「ええ、言ったわよ」
「そいつが創ろうとしている音創部と前田のマッサージ部、くっつけりゃいいんだよ! ASMRもとれるし、相手になってくれるし、一石二鳥だろ!」
「確かにうまい話だけど……」
「うまくいくかなぁ? 音を創りたいって事は作曲家を目指してるんだろうし……」
依理央はちらっと前田の方を見る。
「……!」
前田は希望を見出したかのように、目をキラキラ輝かせていた。
「あ、ありがとうございます! その宮本っていう子、探してきますね!」
「あっ、ちょ!」
前田は走ってどこかに行ってしまった。
「いや、ホントアクティブすぎるだろ、うちの高校」
「良い事なんだけど、なんかね……」
苦笑する由紀。
「追いかけるわよ、桐島、由紀」
「おう!」
そしてなぜか返事をする神谷。
「はぁ……」
自分達の事もあるのに、学校での生活でも色々あれこれしそうになりそうだ。
「これから私達どうなるんだろうね……」
「……」
困惑した由紀は、依理央にそうつぶやいた。
「でも、なんだか楽しくなりそうな気がするよ! だから行こっ、依理央君!」
「あ、ああ……」
困惑しつつも動き出さねばならない。いつもの昼食は、思わぬ人の登場で、思わぬ展開になった。
ベジタリアン男子と栽裁女子 @zetis
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