第4話:夕食と休日
「「いっただきまーす!」」
今日の料理はピラフと酢豚。後おつまみように白菜の漬物。
「(良い料理だ……)」
ピラフは冷凍食品で、いわゆる手抜きだったが、酢豚は完全自作で、依理央は酢豚を作れる家庭を初めて見た。もちろん実家では食べた事があるのだが。
「ま、毎日こんなのを食べているんですか?」
「こんなのってどういう事?」
「いやその、料理のレベルが……」
「はっはっは、そうだろう!なんてたってお母さんは専業主婦をするまで料理研究家でな、美味しい料理を作れるのだけが自慢で……」
なにやら山下の父親がのろけ始めたぞ。まぁそりゃほっこりするんだろうけど。中年でそこそこ仲が良さそうって事は良い付き合いをしてきたという事なわけで。
「昔は色々本とか出してたわねぇ。あまり売れなかったけど」
「えーでも、依理央君の家でもこういうの食べた事ぐらいあるでしょ? その……偏見じゃないけど食べ物は豊富だと思うんだけど……」
「そりゃああるよ。家が農家……なのは自己紹介に言ったか」
依理央は昔を思い出す。近所の人からもらい受けるのまで含めれば、食材は余り過ぎるほどだった。その余り過ぎたものは依理央たち兄弟のエネルギーと、わずかな金に変化した。
「でも普通の家庭でこれが少し豪華なのはわかるよ。そりゃあまゆ子さんが料理が仕事だったらなぁ……」
見事に娘に遺伝したな。依理央はそう思っていた。
「……こう見えて由紀は大食いだぞ」
「そうなの!?」
素直に驚いた。
「ちっ、違うよ。普通の女子よりは食べるってだけで……」
「桐島にはわざと大げさな表現をしたが……一般向けに話すなら大食いで十分だ。だって由紀は見ての通り華奢で小さいからな」
「ああ、そういう事……」
小さいからその分小食だと思われることが多いって事か。実際は平均以上本物の大食い未満。
「ついでに食べても太らない体質なのよ。母親だけど全く羨ましいわ」
「……///」
母まゆ子のこの説明を聞いて赤くなってしまった由紀。普段どういう扱われ方をしていたのか目に浮かぶようだ。
「ほ、他の皆と違って私は普通なのにな……」
「……」
由紀のこの一言は、隣にいた姉の沙耶と依理央に聞こえ、両親には聞こえなかった。
「そういや、さ。料理好きなら、ネットに動画をアップロードしたりしないの?」
夕食を食べ終え、自分の家に戻ろうとするときの、ちょっとした休憩の時間。沙耶がたまたま風呂に入ったので、依理央は由紀と由紀の部屋で二人っきりになっていた。
「あー……か、考えてはいるんだけど……と、特に何も決めてない、かな」
動画投稿サイトtyotubeで再生数とチャンネル登録数に応じてお金がもらえるようになって十年。学生の間でも、なにかしらの趣味や特技をネットにアップロードするかしないかは普通の会話になっていた。もちろん、依理央の生まれ育った田舎の実家でも。
「まぁ、色々察しはつくんだけどさ……」
察しというのは由紀への印象の事だ。顔出ししたら話題になるだろうが、普通に過ごしたいだろう由紀にとっては過激すぎる。またネットは声だけで誰だかわかるのでどういうアプローチ、編集をして投稿するかも重要だ。
「い、一応キンスタでは画像だけアップロードしているんだけど……」
「フォロワー数は?」
「さ、三千人……」
「……」
十分すぎる。依理央はそう思った。
「依理央君ってネットに詳しいの? プログラミングをやってるんでしょ?」
「俺の能力は現役のエンジニアが高校生にしては、ぐらいだよ。必須科目になって数年経ってるし。ネットも他の趣味や特技と同じで、やり続けてると仕様とか仕組みがわかるから」
「ふ~ん、そうなんだぁ……」
由紀がなにか言いたそうな顔をする。
「じゃあ、もし私が動画投稿するとして、それを手伝えるなにかしらのスキルってあるの?」
「ど、どうだろう……」
編集やカットは無料をやった事あるだけだ。最低限の扱い方は由紀も中学の頃に習ってるはずで、自分の出番は……。
「まぁその、多少の編集とBGMとか探すぐらい……?」
全然自信がない。投稿をして食っている人からしたら鼻で笑われるレベルだ。まぁあの人達も人に手伝わしたりしているんだが。
「そ、それでもいいよ! 試しにやってみようよ! 再生数とかいらないから! 私自分が作った料理が本当に美味しそうか確かめたいんだぁ」
由紀はきらきらした目でそう言った。本当に料理を作るの好きなんだな……。
「や、やるのは別に構わないけど、やり方は俺が決めちゃう事になるよ? 打ち合わせというか、こだわりとか聞いておかないと……」
「じゃあ後で作戦会議だね!」
由紀は笑顔でそう言った。休日の過ごし方が早速決まってしまった。
四月の入学後の初めての休日。
「ふぅ……」
依理央はtyotubeでの料理動画を見ながら資料を作っていた。
あの後、沙耶が風呂から上がってきて事情を説明した。沙耶は由紀のやろうとしている事については今更だったのか何も言ってこなかったが、自分が手伝うとわかったら少し態度を変え、あたしにも見せろ。と言ってきた。
そして、顔出しはなしだ。これは前に決めている、とも。
前に決めたというのは一度やってみたいと言った事があるという事。顔出しがNGなのは依理央にも、そして本人にも十分理解できる理由だった。
「(料理を見てほしんだもんな……)」
生活費を稼ぎたいという目的があくまでついでなのなら、本来の目的からずれた事をしてはいけない。山下家は普通の中流階級だが、姉妹二人は金銭面に関しては不満なく育ってきたような印象だ。となると、紛らわしい物はいらない。最悪自分の胸や腹だけでもダメだろう。出していいのは手のみ。
「(こんな感じで良いか……)」
ガチャ。玄関の扉を開け外へ。すると――
「よっ、おはよう桐島」
神谷と横山がいた。……仲良さそうじゃないか。
「……なんでいんの?」
「あっはっは、何言ってるんだ桐島。遊びに行くって前に言ったじゃないか」
入学して間もない頃の話である。つい数日前だ。
「早すぎるだろ!」
気が。
「んな事言ったって、毎日一緒に登校してくる二人がどうしているのかっていうのは気になるもんよ。俺らここからだと電車経由で数十分する所に住んでるし」
「そうそう。行ける時に行くのは鉄則よねー、こういうのは」
利害の一致。どうやら神谷と横山はそういう関係にあるようだ。
「で? その様子だとご飯は別々で、今やっと外に出たみたいだけど、なにしてたの?」
「ぐっ……」
逃れられない運命。依理央はこの状況をそう思っていた。
「あっ、芽衣子ちゃん。神谷君!おはよー」
「!」
「由紀ー。会いたかったよー」
横山が走って勢いのまま抱きつく。
「あはは、二人も来たんだね」
「なんだなんだ、桐島とは挨拶もいわないぐらい仲が良くなったのか?」
神谷のこの言葉で、由紀は依理央を意識して見上げる。
「い、依理央君。お、おはよ……」
「お、おはよう……」
二人にはどうやら、自分達がやろうとしている事を説明しなきゃいけない。依理央は由紀に助け舟を出され、そう思った。数か月したら自分の手で言おうと思っていたが、それは叶わなかった。
「へえー! tyoutubeに投稿! 今どきだねぇ」
説明を聞いて横山が言った事がこれである。
神谷と横山は、姉の沙耶がスマホをいじりつつ由紀の部屋でくつろいでいるのを入学式の自己紹介みたいに改めて挨拶し、テーブルに座った。
その事については当然依理央に説明がいった。
「どういう事だ依理央……」
「俺は何もしていませんって! ただ遊びに行くよって言って来ただけです! たまたまこういう時に来たってだけで……」
「……」
姉の沙耶にとって面倒な存在が二人できてしまったというのには理解できる。想定はしていだだろうが、今じゃなかっただろう。自分と同じだ。
「にしてもどうするんだよ? 顔出しNGなら大分立ち回り方制限されねえか?」
「そうなんだよね……」
依理央は説明を終え、ようやく資料の公開に入ろうとしていた。
「だから、料理を作る際の順序の説明だけで良いんじゃないかと思ってる。無料で見れたら、料理覚えたての人が見てくれるだろ」
「ああ、初心者動画みたいな?」
「どうしても実践練習が見たいって思われたら、着ぐるみで対処するしかないだろう。完全趣味でなおかつ金や再生数はいらない、というのが由紀及び山下家の方針らしくてね」
「へぇ……」
あはは……と苦笑する由紀。
「ていうか説明した以上は二人も手伝うんだぞ」
「えっ!? あ、ああ……うん! も、もちろん!」
「……」
神谷のこの反応……するとは思ってなかった奴だな。
「ええと、ちょっと待って? じゃあなに? 基本的に字幕で、手だけ映ってて食材を映して出来た料理を映す、みたいな感じになるの?」
「そうだ。まぜるとか煮込むとか焼くとかは数十秒になるけど」
「あぁ~……ああいう感じね」
どうやら横山は似たような流れの動画を見た事があるようだ。
「というか横山、その口ぶりだと動画編集やった事があるのか?」
「いや、動画編集はやった事は無いけどプロデュースというか、コマの部分? どうすれば見てくれるのかっていうマーケティングはした事があって……」
そう言って、横山は自分の事を説明し始めた。
「あたし、七歳年上の兄がいるんだけど、その兄が実況者でね……鳴かず飛ばずなんだけど趣味だから辞めるに辞めれない、みたいな感じで……。一時期ttuberっぽい事をしそうになった時に参考として手伝った事があって……そういうのは今はもうやめてるんだけどさ」
「へぇ~……」
まさかこんな形でネットを使ってなにかをしている人を知るとはな。
「じゃあ手伝ってくれ。写真ときちんとした手順さえわかれば、良い初心者動画になるはずだから」
余計な物が映っていない分、そして出来上がったものを見返す事が出来る分、やりやすく作りやすい動画になるはずだ。
「目標は、由紀が一人でも作れそうなこと。ちなみに、今日は作らない。実際にアップロードするかどうかも含めて後日な」
とまぁ、こんな感じで、神谷と横山が急遽入った由紀の動画投稿会議は方針を固めて終わった。依理央はあくまで手伝いで流れに乗って試しにやってみる、という所までいってしまったが少し早急だっただろうかとやってて思っていた。
「ふぅ……。とまぁ、こんな感じにしようと思うんだけど、由紀はこれで問題ない?何か文句とかは……」
「ううん、大丈夫! ありがとう依理央君、色々やってくれて……」
「いやぁ、由紀が割と具体的に方針をいってくれたからそれだったらこうした方が良いんじゃないって自分の意見を言っただけで……」
なにやら由紀と良い感じになる。
「……」
「っ!」
それを姉の沙耶が見逃すはずがなかった。
「まぁ、いいさ……」
「……」
この関係は、どこかで改めなければならない。友達なのか、それ以上の関係になりたいのか……。
由紀の方針が終わった後、せっかく遊びに来たのに遊ばないのは意味がないという事で色んな事をしてくつろいだ。ゲームをやったり、本を読んだり。依理央の方の家に入ったり。
そこで何が起きたのかは、また別のお話……。
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