第3話:昼休みから放課後まで

「ええー!一緒に夕食食べたぁ!?」

 横山のリアクション。依理央と由紀は、昼休みの前の空き時間、この事を神谷と横山の二人に言うか議論していた。


「い、言うしかないんじゃない……?」


 結局、由紀のこの一言が決定打になった。依理央も「だ、だよねぇ……?」とうなづき、現在この状態である。

「いやぁ、うち貧乏でさ。どうしても支援してもらえるならしてほしくてね。実家がどういう所かは自己紹介の時に言っただろ?」

「あぁ、農家だけど他の人がやってくれてるって奴だろ。次男以下が都会に働きに出ていかなくちゃならないとかなんとか」

「そう」

「だからだって赤の他人に頼む普通?勇気ありすぎでしょ」

「そ、そうか、な……?」

「そうよ、第一、相手が山下家で由紀がいたから頼んだだけで、他の家庭だったら頼むつもりなかったでしょあんた」

「うっ……ま、まぁ……」

 否定はできない。

「都合がいいもんねぇ?一緒に登校するわけだし?」

 横山にこう言われ、いよいよ恥ずかしくなり始めた由紀。

「……まぁ、昼食も弁当持参なんだろうし?別にいいけどさ」

 横山は両手を後ろの頭にのせてつぶやいた。

「これがクラスや学校中に広まったら大変な事になるわよ。まぁ学校側は把握しているから桐島もそうしたんだろうけど」

「羨ましい限りだぜ、ようは一人で寂しいから夕食ぐらいってわけだもんな?家族がいるから親公認でもない限り手出しできないわけだし」

 学校側は把握しているだろうというか立場上把握していなければならないし、誰かに言われなくても自分達の生活をどうするかは課題だったので、ダメ元で頼んでみただけである。うまくいきすぎて驚いている、が感想だ。

「まぁ、いずれ遊びに行かせてもらうけど、それまで楽しみにしておくわ。あんたらの関係性がどう変化してるか。にししっ」

「もう、芽衣ちゃん」



「ふぅ~。あー食った食った」

 実は昼食は四人とも弁当だった。今日から食堂で料理を注文、食べられるが、四人含め殆どの一年生はどの料理があるか調べただけで終わっていた。これから注文は増えていくんだろう。

「しっかし二人とも好き嫌いないのねぇ、サラダに魚焼き、色々あったのに全部間食したじゃない。あたしミニトマト残したのに」

「いや、だって家貧乏で料理にわがまま言えないし……」

「私好き嫌いないんだぁ」

「……はぁ」

 うらやましい、とつぶやく横山。

「横山はなんでトマト嫌いなの?」

「ぐじゅぐじゅ感がどうしても、ね……」

「わかるー」

 と神谷。

「わかるけど、そこまで不快には感じないけどなぁ……?」

「あたしは感じるの!だから嫌いなの!ケチャップは普通に食べられるんだからどういう所が嫌いかわかるでしょ!」

「ソ、ソウデスネ……」

 横山はトマトが苦手。どうしても苦手。覚えておこう。

「あ、そうだ、桐島と山下はこの後部活とか見学するの?調べたらわかると思うけど三笠高校は結構文科系スポーツ系問わず色々あるぞ」

 都会の良い所の一つ、部活がいっぱいある。これは比喩でもなんでもない。ネットで調べたらすぐにわかることだ。どの高校にどのくらい人が通っていて、部活がどのくらいあるか。

「私は家庭科部かなぁ」

「うわ、やっぱり?裁縫と料理好きって言ってたもんね」

「俺は帰宅部。バイトしなくちゃならないからな。といっても休みの日限定だけど」 

「あ、じゃあ依理央君とは放課後別れるんだね」

「由紀は入部したら毎日行くのか?」

「あー……。じ、実はそこまで頻度はなかったりします……あ、あはは……。あくまで家でやってる事の続きというか趣味の手伝いができればいいとうか、いわゆる場所借り?ができればそれでよくって」

「あぁ……」

 依理央は単純に毎日なにかするにはその分金掛かるからそりゃ無理だと思った。

「いいじゃん、桐島がバイトしてそのお金で食材とか買えばさ」

 そう発言したのは横山。

「俺の金は俺の金だぞ……そりゃあ多少なら良いけど」

「多少っていくつ?」

「さ、三千円……くらい?」

「「安っ」」

 神谷と横山が急にツッコミを入れた。

「そりゃ大半は貯金に回すだろ、大学資金とか、ゲームに使うとか!後プログラミングの教材とか!」

「あー、そういえばそんな事やってたわねあんた……」

「て、てか、桐島、お前いつ山下の事呼び捨てにしたんだ?」

「えっ……」

「えっ……あ、ああ!そうよ!どういう事よそれ!」

「どういう事も何も――」

「私が許可したの。どうせ依理央君とはそういう関係になるだろうと思って」

 由紀が説明してくれた。しかし依理央にとっては助け船のようなものだ。完全に意表をつかれた質問だった。

「へぇ~……やるじゃない、由紀も」

「もう、芽衣ちゃん!そういうのとは違うって……」

 あくまで名字を言い合うご近所づきあいのレベルでは終わらないだろう、と由紀は言いたかったのだ。

「まぁ、あんたら二人の事はホームルームで言った通りさ。休みの日に気軽に会える関係性は羨ましいよ」

「……」

 確かにその通りだ。なんなら一緒にゲームとかで遊ぼうとか言えるのだ。本とか読み合いっこ、貸し借りとかもできるのだ。それを言うハードルは普通の人より低いのは間違いないだろう。

「……ニコッ」

 由紀は苦笑の後、じゃっかん赤面になりながらも微笑した。その表情にはこれからよろしくお願いしますという意味が込められていた。



「由紀ー」

「あ、お姉ちゃん!」 

 姉を発見した由紀が、走って彼女の元へ行く。

「あれが姉の……」

「紹介するね、私のお姉ちゃんだよ!」

「は、初めまして、横山芽衣子です!よ、よろしくお願いします!」

「神谷邦俊です!か、髪染めてるんすね、あ、あはは……」

 昼休み一緒にいたので放課後まであっという間だったが、校庭に出るまで依理央と由紀は神谷と横山と一緒にいた。

 結果、姉の沙耶と出会う事になる。

「隣の席の奴か?まぁ、まだ四月が終わっていないのにしては良い方か……」

 やはり沙耶は妹の学校生活が心配なようである。

「沙耶だ。妹とは仲良くしてやってくれ」

「あ、あの!」

「なんだ?」

 神谷が背筋をピンと伸ばして勇気を振り絞って沙耶に話しかける。

「さ、沙耶先輩って、学校ではどんな感じなんスか……?一年生……なんすよね?」

「聞いてどうする?」

「いっ、いやぁーあのぉ……単純に気になりまして……ほ、ほら俺ら、一年っすから……」

「ふむ……」

 沙耶はなにやら考えている様子。どう説明していいか悩んでいるのだろう。自分は高校生生活が終わる年だというのに……。

「別に普通だと思うぞ?」

「でっ……でもほら、あの、妹の山下がいる状態でこんな事言うのも失礼かなぁとは思うんですが、みっ、見た目が若干ヤンキーっぽいというか……」

「……はあ?」

 沙耶の反応に冷や汗がだらだら出まくる神谷。

「いやあの変な意味ではないんですよ、今まで見てきた髪染めてるJKって大体ヤンキーだったなぁって沙耶先輩を見て思っただけで……」

「あぁ……」

 どうやら胸ぐらをつかむ事にならなくて済んだようだ。

「髪はおしゃれだ」

「そ、そうすか……」

「二人は帰り道は一緒なのか?」

「いや、別です」

 淡々と、若干緊張気味に話す横山。

「そうか。じゃあまた明日。いくぞ、由紀」

「う、うん。神谷君、芽衣子ちゃん。じゃあねー」

「バイバイ由紀」

「さ、さいならー……はぁ」

 姉妹を見送って、ようやく安堵する神谷。

「追いかけなくていいの、桐島」

「いや、追いかけるよ。ちょっと沙耶さんを見た二人の感想を聞きたくてな」

「どうなるかと思ったわ……。性格も見た目も逆じゃねえか。桐島よく一緒に過ごせるな……」

「いや、隣人である以上変に緊張するのもな……」

 姉の沙耶からはガッチガチに妹を守るオーラが出ていて、それを見てちょっと引いてしまうのは理解できる。でもああでもしないと妹の由紀はナンパされてしまうのだろう。それがわかってしまう会話だった。もちろん二人の仲は決して悪くはなく、一緒にショッピングしたりするほどではあるんだろうけど。

 ただこの会話で、由紀が姉と比べても幼いという印象は二人とも抱いたようだ。それは天然の物か、はたまた何か理由があるのか……それは聞いてみないとわからない。

「頑張れよー、桐島。お前が沙耶先輩とどれだけ仲良くできるかで、俺らが山下ん家に入れるかどうかが決まるんだから」

「いや、入る前提で物事を言うなよ……」

「いやーこればっかりはあたしもあんたに期待するしかないよ。文化祭とか体育祭でどうなることやら……」

 どうやら横山も沙耶が難しい性格の人でどちらかというと静かな所が好きっぽい事を悟ったようで、良くも悪くも先輩らしいという印象を抱いたようである。

「んじゃ、俺はこれで」

「おう、ダブル攻略頼んだぞー」

「だからそういうんじゃないって……」




「ごめん、ちょっと会話が長引いちゃって」

「何話してたの?」

 走って山下姉妹に追いついた依理央は、案の定そのまま分かれてこなかったのをつっこまれた。

「多分察しが付くかと……」

「あ、あはは……お姉ちゃん、顔が鋭いからね……」

「誰のせいだ、誰の」

 その会話を聞いていてふと思った依理央はぽろっと山下姉妹に質問をする。

「や、やっぱり有名なんですか?あの、この地域では」

「はぁ?お前も変な事を言う奴だな、そんなんじゃねえよ。あたしは元々笑うような事がないなら普通にしているだけだ。由紀の告白歴の方がすごいぞ」

「ちょっと、お姉ちゃん!しょ、小学生の事だよ……?」

「あ~……」

 依理央は二人の会話を聞くまで、由紀と仲良くする事だけ頭にあった。クラスメイトなのだから。でもどうやら、やはり姉の沙耶とも仲良くしておいた方が良いらしい。

「ち、違うの依理央君。本当に自慢というか変な意味じゃなくて……み、皆のために行動していたらす、好かれちゃって……」

 この反応が素で元々の性格が優しく、姉もいるせいか一歩引いて物事を考える。変な知識は一切入っておらず(入ろうとしたら姉が叩き潰してきたんだろう)、純情で明るい。モテる要素しかなく、本当真逆の姉妹だ。

「あのぉ、俺、どう立ち回ればいいですかね、学校で」

 この言葉を聞いて足を止める沙耶。それを見て二人も足を止める。

「……」

「……」

 言っておくか……みたいな表情をする沙耶。それを見守る由紀。

「あたしは見ての通りの性格で、由紀も見ての通りの性格だ。お前が由紀と行動を共にする事で、あたしの面倒が軽くなるならそれに越したことは無い」

 だから協力してほしい、とは言ってこなかった。頼むような事じゃないと思ったんだろう。

「わ、わかりました」

「ふんっ……」

「よ、よろしくね……?」

 こういう一日がよくあるのだろう。そう思った依理央だった。そしてそういう一日が積み重なり、仲が深まる事も……。



 

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