第2話:翌日。登校から着くまで
翌日。登校中。
「って、なんで沙耶さんも一緒なんですか!?」
依理央は驚いていた。
「なんでってそりゃあ、あたしも三笠高校の学生だし」
「お姉ちゃんが心配であたしのいる所にしろってうるさくて……本当は別だったんだけど、教育内容とか見比べたらうちと大差ないからこっちにこいって聞かなくて……」
「……」
「なに?なんか文句でもあんのか?」
「な、ないです……」
あの後は普通だった。ご飯を食べて、風呂に入って、自分の部屋でくつろいで寝ただけ。もちろん離れている家族に連絡しながら、だ。
「……見てわかるだろ。なんであたしが来させたのかぐらい」
沙耶は依理央に小声で教える。真ん中に彼女がいて、由紀をガードしていた。
三笠高校は自分達の住み家的に徒歩で行ける距離だが、他の学生は電車を経由してくる人も多い。住宅街にあるとはいえ、どちらかというと駅に近い所にある学校なのだ。ようするに……。
「あの子可愛いな……」
「うわっ、ヤンキーの姉がいる……」
「キッ!」
「ヒィ~……」
三笠高校を通じて、依理央達は電車登校をしてくる生徒から見られる立場にあった。もちろん、歩行中の不特性多数の人達からも。そして、妹の由紀は、人が見惚れるぐらいの美貌をもつ、美少女だった。
「あたしだって本当はこんな事はしたくない。だが、こうしておいた方が面倒事も起きないだろ……」
「あ、あはは……」
依理央は沙耶の説明を聞いて由紀の顔を見た。その顔からは、今までモテて来たけど、同時に守られてきて、肝心な事は何も経験していない初心の姿が読み取れた。
「……ああ、だから俺が隣人だと分かった時あんなに不機嫌そうにしていたんですね?」
「……それもある。だけどそんな理由じゃないよ、こいつは……」
「?」
「あ、安心して。これは山下家の問題だから……」
家の問題と言われ、ふと依理央は自分の事を思い出していた。昨日、山下家と別れ自宅の中に入ってなにをしていたかといえば……。
「依理央。失礼のないようにな」
「ああ、わかってるよ父さん」
「……それだけだ。気になるのは」
自分は単身赴任で、息子がなにをしていようと、手出しできない。息子を信じるしかない、親としての覚悟と悲しさ、切なさが父辰巳から込められていた。
「……」
依理央は自分の部屋でいつものように机に座ってパソコンの電源を入れる。そして実家の家族とネット通話をし始めた。
「(こうだとわかれば、立ち回り方が変わって来るぞ……)」
今はまだ知り合いだが、すぐに友達のレベルになる。そして友達以上になるのも時間の問題だろう。隣人で同じ高校に通う同級生とは、そういう関係性だからだ。依理央はすぐに今日あった事を母と兄弟に伝えた。
「お兄ちゃん、こんばんわ。元気ー?」
「うん、元気だよ」
「そっちは入学式だったんでしょー?うまくいったの?」
健人も話しかけてくる。
「ま、まぁね……」
高校デビューと言っても、輝かしいものじゃない。きちんとしたかどうかだ。
「ちょっと、お母さんに代わってもらえる?伝えたい事があるんだ。といってもみんな知る事になるんだけどさ」
「わかったー」
お母さーんと母を呼ぶ真里菜。
「どうしたの、依理央」
「隣の家の人、同じ高校の女の同級生だった……」
「「ええーっ!」」
驚く下の兄弟二人。
「あら、それは確かに驚きね」
「正直、今はこの事で頭がいっぱいだよ」
「ふふ、でしょうね。……頑張ってうまく付き合うのよ?」
「……うん」
付き合うとは、ご近所付き合いの事だ。女性、とまでいったからもしかしたら恋人の事も含まれているかもしれないが。
「どんな人どんな人ー?」
「ねぇ教えてよー!」
「まだ初日だって」
「夏休み待ってるからね!必ず来てよ!」
「う、うん……できればね」
必ず来て、とは、自分じゃなく山下家の方。自分が実家に帰省するのは当たり前だから必ず来てという必要がない。何かあれば別だが。
「ふぅ~……」
動画サイトでなにかあさるか……の前に、依理央は人休憩した。
「(明日学校についたらこの事がクラスにばれて……ニヤニヤされて……まぁそこまではいい……)」
問題はどこまで深くなるのかだ。この関係性が。深くなった結果、問題が起こる事もありえるだろう……。それが、今の依理央にとっては憂鬱で仕方がなかった。流石に考えていなかったからだ。
「(付き合いは楽しく出来ればいいが、問題は一人の人間として、同じ高校に通う一生徒としてだよな……)」
彼女には姉がいる。一緒に登校するかしないかで年齢がある程度わかる。その時になったらまた考えるか……。
こんな一日だった。
「じゃあな。あたしは三階に行く」
沙耶は靴を履き替え、妹と依理央に別れを告げた。
「依理央。わかってるだろうが、妹の事、よろしく頼むぞ……」
「は、はい……」
昨日、父にも言われた事を告げる姉の沙耶。この後の事を彼女もわかってるんだろう。自分がボディーガードになるか、ただの隣人になるか(現時点でありえない)、それとも別の何かになるか、試されているのだ。
「はぁ……」
これからの事を思って、期待を抱きつつもつい憂鬱な気分になってしまう依理央を、由紀は申し訳なさそうに見つめていた。
「ご、ごめんね。なんか……」
「ううん。大丈夫だよ。ありがとう、心配してくれて」
これがこれからの二人の関係性になるのだ。自分と彼女の間には、距離はあるが必ず二人きりの時間ができる。できてしまう。
「行こう?教室に」
行くしかない。そう思う依理央であった。
「あれ、なんで桐島と山下が一緒にいんの?」
この声は依理央の一つ前の席にいる神谷邦俊。
「え、えーと実は……」
はいきた、説明ターイム。思わずそうつぶやきたくなった依理央だった。
「えー!マンションで隣同士だったぁ!?」
「そう……だったんだよねぇ……あ、あはは……」
腕を引いて、王道のリアクションをしてくれる神谷。その声を聞いて、昨日由紀と会話していたクラスメイトもやってきた。名前は確か……
「なになに?なんの話?」
「あ、芽衣子ちゃん。実はその……桐島君、同じマンションの隣に住んでたらしくって……」
そうだ。横山芽衣子だ。そう依理央は思っていたら――
「えぇー!?なにそのラブコメ的情報!絶対に帰り一緒になれる奴じゃん!」
「そ、その通りでございますぅ……」
「(そうなんだよなぁ……)」
思わず机に腕をついて悩む依理央。
「おーい皆、桐島と山下同じマンションだってよ!」
「おい馬鹿やめろ!」
急に何を言い出すんだこいつは。
「なんだよ?家の在りかなんて知っておいた方が良いだろ。休んだ時に紙とか渡すんだからさ」
「それはその時に分かればいい事だろ!なにしてんだよ!」
「まあまあ落ち着けって。俺はつい言いたくなってしまったから言っただけなんだ」
それらしい事を言う神谷。
「だから安心しろ、俺は二人の仲を応援するぞ!」
グッジョブサイン。典型的な事しか言わなかった神谷に、依理央はうなだれるしかなかった。
「……///」
由紀は顔を赤くしてもじもじと俯いていた。それはとても可愛らしいしぐさだったが、同時に可哀そうでもあった。
そして、言われなくても理解していた事だったが、姉の沙耶が言っていた妹をよろしく頼むぞとはこの事だった。
「気が早いんだよ……」
「まぁでも良かったんじゃない?何も知らない人じゃないし、どちらかというと信用できるでしょ」
横山のこのセリフを聞いて、ああ、自分が山下家に頼んだ事はまだ知られていないんだなと依理央は思った。そりゃそうだろうとも思ったが。
だが、教師側、つまり学校側は家の事情を把握しているので、自分と山下家の関係性を最初から知っていたという事だ。……わざわざ言わなくていい事だからこうなったわけだが。
「ああ、そういやお姉さんがいるんだっけ?あはは、今頃自分が妹守ろうとしてたのにとか思ってるんだろうねぇ~」
「……」
複雑な気持ちだった。依理央は妹の由紀の事を考えているであろう沙耶に多少ながら同情していた。あの性格だとありがた迷惑だろうが……。
「へ、変に話題にならないようにだけ、お、お願いします……」
由紀がぽつりと一言。これでも勇気をふりしぼってでた言葉なんだろう。
「だってよ、神谷。そろそろホームルーム始まるんだから、席に着いたついた」
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