ベジタリアン男子と栽裁女子

@zetis

第1話:始まりと紹介

 桐島依理央きりしまいりおは高校デビューの少年。

 育ちが田舎で、父親が転職したのをきっかけに自分も上京してきた。母も兄弟(弟と妹)がいる。しかし下の子二人を養う余裕はない貧乏育ちなので、今後(大学進学)の事も考え、依理央一人、父についてきた。家族とはネット通話で日々やり取りをしている。

「ええー、それでは自己紹介から。今まで通り、あいうえお順から」

 入学式が終わり、教室での説明。既に話をして打ち解けている人もいるが、殆どのクラスメイトはまだどこか緊張した様子だ。


「桐島依理央です。北の田舎から上京してきました。よろしくお願いします」


 へ~、やらおぉ……という視線。都会では珍しくもないだろうに、と依理央は思っていたが、実際に見るのは初めてか、と依理央は思っていた。


「山下由紀です。趣味は裁縫と料理です。よろしくお願いします」


 クラスメイトの情報は、覚えておかないとな。





 放課後。


「はぁ~疲れた……」

 想像はしていたが、質問攻めにあった。こんなの転校生と同じじゃないか。すぐ近くに住んでいるのに。おかげで俺がプログラミングを学んでいる事が広まってしまった。いや、いいんだけど。やり始めたばかりだし、政府が義務付けて、自分もその流れでやってるだけだし。好きとか嫌いとかじゃ……。まぁ、何かが出来上がるのは見てて嬉しいけど。

「……ん?」

「っ///……」

 彼女は確か……山下……だったよな。プログラミングやってるんだぁ、へぇ~とでも言いそうな顔だったが。まぁ……今はいいか。後で一度話しかけてみよう。

 

 さぁて、今日はもう帰るかぁ。実家(田舎)から出てきたんだ、高校デビューの失敗は許されない。入学式は奇麗に終わった。今はそれでいいんだ……。


 


 しかし、これからが大切だな。母さんも向こうでパートしてるだろうし、家事も多少は俺がやらなくちゃならない。食料は皆から分けてくれるだろうが、寂しい思いをしているはずだ。ネットでの定期連絡もきちんとできるか……。

 兄弟は俺を含めて三人なのに、まさか家族全員ついてきてこれないとは……。流石に健人と真里菜が中学卒業する頃にはこっちに合流できているだろうが……やはり向こうの付き合いがふんぎりついていないのか。

 いや、小学校卒業も可能性があるか。俺が父についていきたいとは言わなければこうはならなかったとはいえ……向こうにも友達がいたとはいえ、流石に田舎の高校は無理だ。大学生活をする事を考えると、高校の時に生活を慣れておきたい。

「俺だって不安はあるけどな……」

 家族のためだ。我慢するか……。


 トコトコトコトコ。


 入学する前に一度歩いて、忘れないように下校ルートを覚えた。依理央はその通りに進んでいる。


 トコトコトコトコ。


「!」

 前の女性(山下)は後ろの存在(依理央)に気が付くが、ストーカーだと思い警戒を続ける。ずっとついてきたら警察に通報するつもりだ。

 しかしそんな事はできればしたくないと思った山下は、ふと後ろを振り向く。

「(えっ!?き、桐島君!?)」

 なぜ一緒なの!?あ、いや……近くに家があるのか。なぁんだぁ……。

「(……え?じゃ、じゃあ……)」

 帰り道が必然的にある程度同じになるという事……?

「っ///……」

 依理央は彼女の存在に気が付かず、考え事をしていた。

「……」




 そして。

「ただいま~。…………ん?」

 ギクゥ。山下は依理央にバレた。

「えっ……」

 依理央は今頃山下に気づく。

「きっ、奇遇だね~。桐島君……だったよね?家、とっ、隣なんだぁ……。あっ、あはは~、知らなかったなぁ~……」

「……」

 開いた口が塞がらないとはこの事である。なぜなら依理央は春休み中に引っ越し、四月の上旬はずっと夕方まで周囲をスマホの地図を見ながら探索していたのだ。家のがたがたは聞こえていただろうが、室内のため存在は認知されていない。ご近所挨拶は父が住ませていたから依理央という存在がいるという事は知っているが、依理央が同じ高校でかつ隣の部屋だとは彼女は思ってもいないだろう。

「嘘だろ……?」

 なんだこの展開は。


 ぐぅ~~~~~~~~~。


 突如、腹の虫がなった。

 またか……そう思ったのは男の方。

「っ!」

 つい、いつもの癖で腹を抑える。丁度時間的にも3時のおやつを少し過ぎたくらい。自分が成長期で最近食べる量が増えた事を依理央は思い出していた。

 こんな体質じゃなかったら、今頃家族五人で……。


「あははっ!桐島君、腹減ってるんだぁ~」


 依理央は彼女のこの言葉を聞いて、もしかしたらと思った。今の自分を良くしてくれるかもしれない、ありがたすぎる言葉だったからだ。

「ま、まぁね……」

「あっ、じゃあ家にある物でいいならあげるよ。荷物おいたらお邪魔してきていいよ?家族には言っておくから」

「えっ、いや……」

 いいのか!?本当に。

「?」

「おやつくらいなら……べ、別に大丈夫というか……。あ、気持ちはありがたいんだけど……」

 本音では感謝している。だが高校初日。流石にプライドが許さなかった。もちろんこういう事をきっかけに彼女と仲良くなれるならそうしたいと思っている。

 ……なんなら行くところまで行けるなら行きたいとも。


「大丈夫だよ~。私、二歳年上の姉がいてね、お姉ちゃんももうすぐ帰ってくるから。新しいお友達が早速できたかもしれないって報告したいからさ。手伝ってよ」

「……」

 その言葉を聞いて、断る人はいるだろうか。なんなら、手伝ってほしいのは自分の方なのに。

 今日も父さんは帰ってくる。いつものように、夕食はコンビニ弁当かあまりもの。会ったばかりの人にこういう事を頼むのは気が引けるのだが……。

 依理央は賭けに出た。

「あ、あのっ!」

「は、はい!」


「俺……生活があまり良くなくて、生活費を削減できるならしたいと思ってるんです。だから……」

 言わなくてはならない。

「だから、もし山下が良ければ、夕食を分けてほしいんだ!父さんいつも帰りが遅くてさ!」

「……」

 自分の状態は学校側は把握している。質問攻めの時にもどういう背景があって都会に引っ越してきたか言っている。つまり……聞いていたら依理央の事情は山下も把握している。

「も……もちろんだよっ!私にできる事ならなんでもするよ!」

 依理央は彼女のこの言葉を聞いて初めてホッとした。なぜなら頼んでみて承諾してくれるような事ではないと理解していたからだ。

 本当は一緒に夕食を食べたい、まであった。でもそれをなんとか抑えた。だって、隣に住んでいる同じ学校に通っているという事はそういう事だからだ。流石になれなれしいからな……。




「さっ、上がって上がって!」

「お、お邪魔しま~す……」

 女の子の家には前に上がった事がある。田舎だろうと女の子の部屋は女の子の部屋だった。ただ都会の子のは……。

「お母さ~ん」

 山下が母親を呼びに行った。そうだ、山下が許可してくれてもご両親が許可してくれなければ意味がないじゃないか。後、姉も帰ってくるんだったか。

 依理央は山下の部屋で、余計な事と変な事はしないように、ずっとじっと待っていた。

「桐島君、大丈夫だよ!お母さんからも許可でた!」

「お、お母さんから、も?」

 気になる言い方だ。

「うん、スマホのLINEでお父さんにもこの事報告したら、すぐにいいよって帰って来たから!」

「あ……ありがとう……」

 忘れていたぁー!俺としたことが!そりゃすぐに上げさせてくれるはずだ。緊張しすぎて忘れていた。

「これからよろしくお願いしますね、隣人の桐島君」

「あ、山下……さんの、お母さん……」

「まゆ子よ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします……」

 き、奇麗だ……。

「ウィ~ッス。帰ったぞー」

「あ、お姉ちゃん!」

 自分の母を紹介したばかりだというのに、依理央のために山下は忙しそうに自宅を走り回った。この様子だと、姉には自分の事を報告していないな。

「はぁ!?マジで!?」

 山下の姉らしき声が聞こえる。教えたんだろう。素晴らしいリアクションだ。

「はぁ~……お前って奴は……」

 階段の音と共に、だんだんと声が大きくなってるのがわかる。近づいてきているのだ。

「紹介するね、私のお姉ちゃん!お姉ちゃん、桐島君だよ!桐島依理央っていうの」

「姉の沙耶だ。事情はさっき聞いたけど、妹の部屋に知らない男が入ってるのはやっぱりちょっとムカつくな……」

 そうだ。その反応だ。その反応を依理央は恐怖していた。

「い、依理央です。お邪魔してます……」

「ふん……。まぁ、段階踏んで、きちんと関わってくれるなら文句は言わねえよ……」

 ちょっとヤンキーっぽい姉だった。ギャルではない。

「あ、あはは……ごめんね……お姉ちゃんああいうキャラで……」

「う、うん……」

 姉とはさすがに部屋が分かれているのが救いか。沙耶は自分の部屋に入り、そのまま出てこなくなった。

「それで、桐島君はどうするの?生活が安定するまでずっと食べてく?私達はそれでもいいけど……」

 ありがたすぎる。願ったりかなったりの状況だ。

「わがままを聞いてもらって申し訳ないです。三年間、ずっとお世話になるかもしれないです」

「うん、わかった。これからよろしくね」

 本当にあまりものでいいのだ。食料のためだけにバイトをするのは、モチベーションが続かないのを依理央は想像していたから。これで気楽にバイトができる……。

「桐島君はいいの?お父さんに連絡しなくて」

「あー、帰ったら自分で言っておきますよ。どうせまた挨拶するので」

「そうねぇ」

 父さんも一言二言喋ったくらいで、山下家についてはほぼ知らないに等しいはずだ。本音では感謝してるはず……。何勝手になんて言われないはずだ。

 家計が苦しくなけりゃそもそも頼まない事だからな。



「はぁー。やっと色んな事が聞けるよ!」

 由紀はバッグを置いて靴下をぬいで、くつろぎモードになって話しかけてきた。

「まさか桐島君がお隣さんだったなんてねぇ。びっくりしちゃった」

「お、俺も……」

 まだ緊張は抜けてない、か。そりゃそうか、これから食べるわけだからな。実際に。夕食を。

「高校生活が楽しくなりそう!だって一緒に登校できるんだもんね!私さ、桐島君もそうだと思うけど、中学までの友達は皆ちょっと別々の高校行っちゃって、高校からは流石に登下校は一人になるかなぁって思ってたの。だから桐島君と知り合えたのは本当に嬉しいんだ!」

「そうなんだ……」

 俺は離れすぎてるけどな。そう思わずにはいられなかった。

「それでさ、夕食を一緒に食べるわけなんだけど、桐島君は料理で何が好きなの?中華?イタリア?」

「あ~……そうだなぁ……」

 答えは決まっているのだが、時間稼ぎをした。この質問は小中の頃に散々答えた質問だ。

「野菜が入ってるものならなんでも好きだよ。実家が農家でさ……」

 今はもうあまりやっていない農家だけど。

「そうなんだ!ベジタリアンなんだね」

「肉も魚も食べるけどね……」

「それが一番いいよ、私料理いっぱい食べる人好きなんだ!」

「へ、へぇ~……そりゃなんで?」

 ドキッとした。自分の事を好きと言われたからだ。

「だって、手間暇かけた物をがっつり食べてくれるんだよ?嬉しいに決まってるじゃん!」

「……」 

 そういや裁縫と料理が趣味だって言ってたな。

「にゅふふ。桐島君にはこれからいっぱい私の料理を食べてほしいなぁ……」

 その目はらんらんと輝き、自分の夢が叶って嬉しい少女がいた。

「い、依理央でいいよ」

「え?」

「名前。依理央でいいよ」

「……いいの?」

 依理央は最初は緊張でドキドキしていたのに、今は別の意味でドキドキし始めていた。

「うん……」

 変な意味はない。山下のお母さんも自分の事を桐島君って呼んでいたから、名前の方が聞き間違いも無くていいなと思っただけだ。どうせ姉は桐島呼びなんだろうし。

「ありがとう依理央君!じゃあ私も由紀でいいよ」

「えっ……い、いいの?」

「そりゃ自分だけ下の名前で呼ぶのも変だし、ねぇ?」

 そりゃそうだけど。

「じゃあ……これからよろしくな、由紀」

「うん!」




「「いっただっきまーす!」」

 依理央と山下家の夕食が始まった。

 山下の父親(健一)は19時過ぎに帰ってきて、その時には夕飯が出来上がっていて、父親を待つという状態だった。

「本当にありがとうございます、こんな頼み、まさか聞いてもらえるとは思わなくて……」

「いいのよ、同じ高校に通うんだし。むしろ安心しちゃったわ。色々頼み事をするかもしれないけど、よろしくね。桐島君」

「田舎から出て来たって言うなら優しくしないとなぁ。ああ、都会生まれだから見下してるんじゃないぞ!都会は冷たいって思われたら嫌だからね!」

「あたしは急すぎてまだ状況を飲み込め切れていないけどな……」

「あ、あはは……」

 流石にまだ話せない。もう大学を中心に家を出てきた事なんて。夕飯を食べ終わったら、俺にはやる事がある。ネットを開かなければ……。

「しっかし本当に帰りが遅いんだな、あんたの父親。ブラック企業に勤めてんのか?」

「さ、さあ……」

 父さんからは詳しい事は聞かされてない。単身赴任が決定した時は今までの会社だったけど、引っ越しの途中で客先の会社に転職したのだ。健人と舞衣からしてみれば単身赴任だけど、俺からしてみれば今までの父さんだ。

「なに?親の仕事を知らない?それはいけないよ依理央君」

「え?どうして……ですか?」

「そんなの家族が関係するからに決まってるじゃないか、兄弟を実家に残して何をしているか気になるだろう、授業参観とかもあるんだし」

「ああ~……」

 そういや高校でもある所はあるんだったな。今更恥ずかしい気持ちとか無いけど。

「連絡を取った時にすぐ行動できるかどうかって意味よ、桐島君。うちはほら、マウントとってるわけじゃないけど、ホワイト企業に勤めてるからこうして一家団欒できるわけだし」

「そう、ですね……」

「おせっかいじゃないけど、変な会社ではないんだろう?」

「……その、はずです。拾われた、って言ってましたし」

「ふむ。……まぁ、この生活がうまく行く事を願っているよ。うちと取引する可能性もあるわけだからね」

 会社の事はまだよく知らないが、そういうのは本当にありそうだと思った。




「ふぅ~ごちそうさま」

「依理央君、ゆっくりしたいならしていって構わないからね」

「あ、ありがとう」

「あら、名前呼び。もう仲良くなったの由紀?」

「ち、違うよお母さん。依理央君からそうしてほしいって……」

「へーえ」

 き、気まずい。

「まぁ、普通のクラスメイトではなくなるわけだしな。こういう生活する以上は」

 まさか姉から助け舟を出されるとは思わなかった。

「そ、そうだよ。そうなるから予め予測して、言ってくれたんだよね、依理央君?」

「ま、まあそんな感じ……」

「うふふ。まっ、仲良くしてくれるならいっか」

 ブロロー。車を止める音がする。依理央はそれを聞いて外に出た。父親の車だった。

「帰って来た?」

「みたい……」

「じゃあ、今日はここまで。かな?」

「そうなるね」

 何も知らされていない親父(辰巳たつみ)は、俺と山下家の存在に気づき、驚いた。

「依理央……」

 自宅の方に少し歩いて、俺は説明した。

「挨拶は済ませたんだろ?山下家の娘……由紀ちゃんが同じ高校に入学しててさ。それで会話の流れでうちの事情を説明したら、ありがたく受け入れてくれて……夕食を一緒に食べていい許可をもらった」

「な、なに?」

 辰巳は山下家の方を見る。姉以外、ニコニコしていた。姉は愛想笑いだったけど目が笑っていなかった。

「こ、これはこれはすみませんうちの息子が!」

「いえいえ。困った時はお互い様ですから」

「本当にすみません、こんな事を言うのは恐縮なんですが、実はその支援、本当に助かる事でして……」

 人から恵んでもらっておいて何様だ。そう思われないために、こういう言い方になる。あまり好きじゃないな。自分で頼んでおいていうのも何だが。

「大丈夫ですよ、食費とかの心配も。普段より少し多めに作るだけなので……」

「すみません、では息子の事……よろしくお願いします……」

 ようやく、辰巳は依理央の方、自宅の前に戻ってくる。

「依理央……仲良くな……」

「ああ……もちろん……」

「クスクス……」



 これが、依理央と山下家の出会いだった。

 

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