第29話 誰だ

「まさかお嬢さんがたが追い払ってくれたとは! 感謝してもしたりないですねぇ。」


何事もなかったように話を進め出す男。空気が読めると言うべきか、空気を読まないと言うべきか。

話が進むので有り難くはあるけれど……。


せずに済んでよかった。」


ボソリと付け加えられたその言葉は、どろりと嫌な予感となって私にまとわりつく。

荷台には、子供たち以外に何かあっただろうか。

木箱があったような気もする。

が指すものが、その木箱であることを願う。


「……」


子供たちに意識を向けると、さっきまでの騒ぎが嘘のようにシンと静まり返っている。

特に幼い子供に至っては、ほぼ怯えているように見える。

あぁ、嫌な予感しかしない。


「ところでお嬢さんがた、この道を歩いていると言うことは、もしかして帝都へ向かうところで?」


厭らしい偽物の笑みを顔に貼り付けた男にそう聞かれ、思わず治と顔を見合わせる。

一瞬で目配せをして、治に「お前は黙っていろ」と伝える。

治も察していたのか、無言で男から視線を外す。


「そうですね、最終的には帝都に向かうつもりではあります。」


嘘ではないが本当でもない。

今すぐ行くかと言われればそうではないが、いずれ帝都に向かうこともあるだろう。

どう見ても商人の男を欺くのは素人には難しいが、こう言う時は嘘と本当を混ぜるといいって漫画で見た。


「なるほどなるほど、そうでしたか。もし帝都に向かうのであれば、ぜひご一緒にと思ったのですが──」


ちらり、と荷台に目をやる男。


「いえ、すぐに向かうわけでもないですし、急ぎでもない旅路ですので。」


そう言って断ると、男の表情がぴくりと一瞬強張る。


「……そういうことでしたら、ここでお誘いするのも野暮というものですね。では、代わりと言ってはなんですが、こちらを。」


男は懐に手を差し入れ、黒いカードのようなものをこちらに差し出してきた。

そっと受け取ると、それには白地で文字が書かれていた。


「グズダフ商──?」


「えぇ、私──グズダフ=クスタブの経営する店です。帝都にあるのですよ。」


見え隠れする自尊心プライド。おそらく、帝都の一等地にでも店があるのだろう。

聞かなくてもわかる。


「帝都にお店があるなんて、大きなお店なのでしょうね。」


そう言ってやると、先ほど強張らせた顔がフッと綻んだ。

こういう輩は適度に自尊心をくすぐってやるのが一番やりやすい。


「いえいえいえ。私なぞまだまだでございますよ。」


謙遜はしつつ、だが自慢げに自身の肥えた腹と蓄えた髭をさする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生って、こんなだっけ!? 海林檎 @Umi-Rinngo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ