第4話 狐嫁と風呂2
頭からかけ湯を被り、気持ちを落ち着かせると同時にガチャリと浴室の扉が開く。
ドキリとしながら後ろを振り向くと髪を結い上げた雪がタオルを体に巻いて表れた。
その姿にホッとしていたが彼女は少し不満そうな顔をしている。
「お前が恥ずかしがるからこうしたが、そこまでのことか」
「自分でも少し情けないと思いますが、慣れるにはまだ時間がかかりそうです」
「それは女体にか?それとも私にか?」
「・・・・・・後者です」
正直に答えると雪は一瞬驚いた顔をした後嬉しそうだった。
「そうか、ふふっならば仕方ないな」
「何か嬉しそうですね」
「それはそうだろう、伴侶にお前はいまだ慣れる事のない魅力があると言われたのだ。女としては嬉しいものだ」
「そうですか」
そんな真っ直ぐな切り返しに聞いていたこっちが照れてきてしまう。
体を洗った後二人で湯船に浸かる。我が家の風呂は大きさは一般的なものと変わらないが豪華にも檜を使った浴槽であり、浴室自体も風情が感じられる木製のもので出来ている。
しかし、いくら豪華と言っても浴槽のサイズは変わらない事に加え、自分が座った足の間に雪が入る形なので雪の九本もある尻尾の分のかさもある為に少し手狭だったが、そんな事がどうでもいい事に感じられる。
なぜなら流石に湯船の中にまでタオルは持ち込めないからという一言で察して欲しい。
「・・・・・・・」
チャポンとかるく身じろぎした事により水面に波紋が出来、伝わっていく。
この状況にどう反応してよいかが分からず混乱と羞恥で俺は黙りこくってしまい、何とか気をそらすため外に意識を向けてるがいまだ降りしきっている雨音以外何もない。ただただ無言の時間が過ぎていくと思われた時雪が口を開いた。
「なあ、お前は今幸せか?」
「え、あー、はい一般男性としては嬉しい状況だと思いますけど」
「そういう事ではなく、私と結婚した事についてだ」
「それはどういう・・・」
雪の突然の質問に一瞬混乱する。声のトーンもいつもと違い低く、表情もこちらに背を向けている体勢なのでよく見えない。
どうしてその様な質問をした意図は分からないが、ここは下手に誤魔化さずに答えた方がよいと感じた。
「急にどうしたんです」
「いや、何、こうも雨音だけの静かな時に風呂に入っているといろいろと余計な考えをしてしまってな」
「確かにそうですね、浴槽に浸かっているといるといろいろと、それで何を考えていたんですか」
「お前が私と籍を入れてもう一年にもなると改めて実感がわいてきてな、本来、お前は人間の世界にいるべき存在だ。だから本当に
雪の顔は見えなかったが、不安を抱いているのは強く伝わってくる。
だから、昔からある異類婚姻譚は最後悲劇で終わるのかもしれない。
本来ならば関わる事も交わる事もほぼ無いであろう二人。
もし、雪と出会わなければ俺は人間の世界で人間として生きていただろう。
だからこそ、そこに不安を覚えてしまうのは仕方がない。どれだけ大丈夫だと言葉を尽くしても埋めようのないものだ。
そして、そんな事を考えていると自分の言葉に俺が困惑していると思ったのか。
「すまないな、少し重い女だったな忘れてくれ」
雪はそう言って謝ってくる。
こういう時に気の利いたセリフが言えればいいのだが、生憎今まで碌に想い人もいなかった為になんて言っていいか分からない。
だから、思った事を俺は素直に言った。
「俺は今までの人生で様々な事があって何度も後悔や失敗、間違いがありましたけど、この結婚についてだけは何も間違っていないと思っています」
「お前・・・」
「まあ、正直人間のいるべき世界とか妖怪側とか俺にとってはどうでもいいっていうか、そもそも俺はずっと人間の世界での生きづらさを覚えていましたから未練そのものが無いと言うか、むしろ今の方が落ち着くと言うか、安心すると言うか、ええっと何で言えばいいんだろうな」
何とか丁度良い言葉を紡ごうとするが中々いい言葉が見つからず頭をがりがりとかく。
しどろもどろになっている事に若干のカッコ悪さからくる羞恥が来るが、ここまで言ったのだもう勢いで言ってしまおうと思い口を開く。
「とにかく、俺にとって雪と出会えて結婚できた今の生活は人生で一番の幸せと言えます、住む世界がどうとかは関係ない、それでも不安だと言うならば・・・」
「言うなら?」
そう言って雪は今まで見えなかった顔をこっちに向けて俺の答えを促した。彼女の金色の瞳が不安を孕みながらも真っ直ぐ見つめ俺の答えを待っている。
一呼吸おいて俺は瞳をしっかりと見つめて答える。
「俺は、雪の為なら人間を捨ててでも、ずっとそばにいますから」
そういった瞬間ザバァと身をひるがえして雪が俺に抱き着いた。
少し痛いほどに力を込め互いの肌の熱を逃すまいと抱き着く、雪の体のあちこちが俺の体に当たり、俺の胸板に雪の豊かで柔らかな双丘が押し付けられ潰される。
いきなりの抱擁とその胸部の柔らかさに驚きを隠せずに動きがぎこちなくなり何故かホールドアップをしてしまう。
「あの、雪さん?当たっているのですが、一部だけではなくいろいろと当たっているのですが」
そう言うと雪は俺の耳に顔を近づけ揶揄う様な口調で囁いた。
「ふふっ、分からないのか?わざとに決まっているだろう」
「それは分かっているんですが」
「なら無粋な事を言うな、そんな事より妻が抱きしめているのだ抱き返すぐらいするのがいい夫というものだぞ」
「ほら、早く」とせかされ俺は雪の背中に両手を回す。そうすると雪は更に離すまいと力を込める。
いい加減、恥ずかしさとガリガリと削られていく理性に限界が来そうになる。
「えっと、雪さんもうよろしいでしょうか。そろそろいろいろ限界に近いので」
「ダメだ」
「即答!?」
「もう少しだけ、このままお前の熱を感じさせてくれ」
どうしたものかと考えていると、ふと気が付く。雪の九本ある尻尾が今までに無いくらい嬉しそうにゆらゆらと揺れていた。それを見てしまってはどうすることもできない。俺はただ雪を抱きしめ返すことにした。お湯の暖かさではない熱を感じながらこの熱で雪の不安がこのお湯に溶けて流れていけばいいのにと思った。
異類婚姻譚 ー異類の嫁との結婚生活ー 夕暮幽鬼 @yugureyuuki
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