一撃

「なるほどねえ……」


 俺はここまでの事を一通りネロから聞いた。泥の事などだ。その上で俺はクネイを叱らなければならなかった。


「クネイ、お前いつからそんなに自己犠牲をするようになった?みんながそんなに信用できないか?」

「そんなわけ……」

「初遭遇の時の〈城塞〉はまあ良しとしよう。でもさ、その泥の件だってニーアやネロ、アビーと魔法で頼れる仲間はたくさん居たはずだ。なのになんで一人で結界を維持しようとしたんだ?」


 俺とクネイ、二人で向き合って話す。こうして話すのは結構久しぶりかもしれない。いつもは誰かしら一緒にいるからな。

 でもクネイは俯いたままこちらに顔を向けない。


「だって……」

「だって?」


 こちらを向いた彼女の顔は涙に濡れてぐしゃぐしゃだった。彼女のそんな顔見たことがなく俺は思わずフリーズするが、続く言葉にハッとする。


「私、ユートの役に立ててない!」

「……!?」

「アビーは迷宮の時からずっと傍にいて、何をするにも最初に頼られてた!カノンは戦闘の一番槍に何度なってる?ネロは私たちが使えない魔法でユートをいつも助けてる!それに、ニーアはユートの師匠で……それに、あの子も私ができないことを軽々とやってる。私が持ってるものなんて、ただユートと長く一緒にいて、少しみんなよりも攻撃に強いだけ。私なんて、みんなが既にできることが少し強いだけに過ぎないの!だから、だからこうしてでも私はユートの役に立たないといけないの!」


 俺は思わず彼女を抱きしめていた。絶対に逃がさない、そう思えるくらいに強く抱きしめていた。


「クネイ、ごめんな。俺は、それに気づいてやれなかった」


 抱きしめたクネイの目からはポロポロと涙が落ち、彼女がどれだけ思い詰めていたかを実感させる。

 彼女は怖かったのだと思う。

 迷宮の中では頼れる存在が限られていた。確実に味方だと呼べるのはクネイ含め僅か数人。自分の地位が脅かされることや、役に立つ立たないを考える必要もなかった。だが外に出て、改めて自らがどんな存在なのかを知ってしまったのだ。

 クネイは確かにメンバーの中では盾としての役割があった。それは攻撃の苛烈な迷宮最下層ではとても役に立つ能力だった。だが外に出て敵のレベルが一気に低下し、彼女が守るまでもなく皆自らで対処出来てしまったのだ。

 つまるところ……彼女は自分の存在意義を見いだせなくなってしまったのだ。


「クネイ、俺が何度助けられたと思ってるかわかるか?」

「え?」

「俺はさ、何度だってクネイに頼ってるんだ」


 クネイに頼っていること、頼らなきゃいけないこと。いくつもあるそれを一つずつクネイに教えていく。その度にクネイの目には涙が浮かび、ポロポロと零れ落ちて行った。


「だからさ、クネイ。これからは自分を犠牲にするようなことはやめてくれ。もっとみんなを頼っていい。家族なんだろ?」

「……うん」

「よし、じゃあさっさとあれを片付けて街に戻ろう。みんなの好物でも食べに行こうぜ」

「うん!」


 ポンポンと彼女の頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細める。そしてみんなの元へ戻ろうとした時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ


 突如地鳴りのような音と振動に襲われる。立っていることは出来ず、〈天駆〉の発動よりもその場から動かないようにするだけで精一杯だった。


「ユート、クネイ!」

「ニーアか。今の地鳴りはなんだ!?」

「わからぬ。突如変化した」

「変化した?なにがだ」

「なるほど……塔の方を見よ」


 浮遊しながらこちらへ来たニーアは先程まで泥の塔があった場所を睨む。そこには、直径数十メートルはある球体が空に浮かんでいた。


「あれは……さっきのやつと同じか?」

「恐らくな。魔力そのものは変わっておらんから、形だけ変わったのだろう」

「厄介だな……何度攻撃しても形を変えるんじゃキリがない」

「いや、そうでもなさそうだ」


 ニーアは泥の球体を見ながら、その理由について話していく。


「魔物が形を変える、というのは稀。アビーのそれは例外中の例外だ」

「つまり?」

「あれは強いて言うなら、そう、第3形態と言うべきか。姿を変えるにも理由がある。ユートよ。攻撃は無駄ではないぞ」


 確かに先の再生で攻撃が通るようになり俺の〈空虚乃支配ヨグ・ソトース〉や〈灰塵〉で相応のダメージは与えられていた。それが蓄積することであの魔物が変化を起こすのなら、ここからは倒せる形態になるまでこちらが攻撃し続ければいいことになる。幸い、あの魔物に通る攻撃は判明している。


「クネイ、みんなと合流するぞ」

「うん、ネロなら役に……」

「違うぞ。あれに効果的な攻撃をしたのはクネイだ。だから、クネイも来て欲しい」

「……うん!」


 俺たちはニーアと共に皆の元へ戻り、先の揺れと音について話した。泥がさらに変化したと言うとみんな驚いたが、逆に納得もしていた。自分たちが対峙しているのは神話級。ならばそれも当然だと。

 実際自分たちがそうなのだから、相手が違うと考えるのはご法度だ。相手も相応の能力を備えていると考え、動くのがここからは大事になってくる。


「知っての通りというか、見ての通りだ。形が変わった。情報はゼロ。とりあえず振り出しに戻った形になる。だからやることは同じだ。カノン、遠距離から砲撃、アビーと一緒にちょっかいを掛けろ。ネロとカイエは分析。でも今度はクネイと一緒に移動しながらだ。ニーアは結界の用意だ」

「ユートはどうするの?」

「あれをぶん殴る。さすがにそろそろ決めたいからな。この形態でケリをつける」


 昨日の遭遇から始まって、魔物を追って丸一日だ。正直、みんなの疲労もそれなりに蓄積してきているはず。そもそも戦闘というのは少人数なら短期決戦が基本。俺達も長期戦するような戦闘スタイルではない。

 ならば今度こそあの泥を削りきって、〈空虚乃支配〉で飲み込む!


「よし、行くぞ──」


 その瞬間、地面が弾けた。

 ドオオオオオオンッ!!


「キャアアア!」

 

 モウモウと立ち込め視界を覆う土煙、ただ皆の悲鳴だけが聞こえてくる。


「クッソ……みんな、大丈夫か!」

「な、何とかねえ〜」


 首元からアビーの声がする。だがアビーはそもそもこんなんじゃ死なない。本当に知りたいのはカノンたちだ。彼女たちは正体が強力な魔物であるとはいえ、根本は生物。なにより、今の攻撃がなんなのかわからない以上相応の被害も覚悟しなきゃいけなかった。


『主、私とクネイは無事です』


 魔法で一気に状況を把握しようとしたタイミングで足元からカノンの声がする。土煙で姿は見えないがそこにいるようだ。


「ユート、カイエやネロたちは?」

「大丈夫だ。ネロとニーアは生きてる。カイエもニーアの近くに居たから生きてる……はずだ」


 一向に収まらない土煙の中で誰が何処にいるのか。それを把握するために俺は自分の身体から魔力を瞬間的に放出しソナーのように周囲の把握を行った。

 召喚士として、自分の召喚獣の生死は感覚的に察知出来るが何処にいるのかまではわからないからだ。


「どこだ……?」


 意識を集中させて僅かな変化でも見逃さないようにする。しかしどういう訳か、若干のノイズが掛かっているように正確性を維持出来ない。本来気配の強いはずのニーアすら曖昧になっている。


「土煙、吹き飛ばさないの?」と、アビーが聞いてくる。確かにその通りなのだけど、今はあまりそれをしたくない。


「さっきの攻撃をしてきたのは十中八九あの魔物だ。この土煙は今、俺たちをその魔物から隠してくれている。取り払ってしまえば見つかって今度こそ死んでしまうかもな」


 本当に殺す気ならもっと攻撃してくればいいはずだけど、魔物の考えは分からないからな。身を隠せるに越したことはない。


「わかった。私見てくる」

「ちょっ、アビー!」


 首筋からアビーが飛び降りて土煙の向こうに消える。引き止めるもすぐに見えなくなってしまうし、気配も曖昧だ。

 気配の感知にかかるノイズの原因は確実にこの土煙なので、魔法で散らしたい気持ちと身を隠す先の理由の二つを天秤にかける。


「……くそっ、アビー無理はするなよ」


 俺はアビーを信じることにしたのだ。




(……なに、あれ)


 土煙を抜け、岩陰に身を潜める私の目の前にはとても信じ難いものがあった。いや、さっきの泥の塔や泥の球体も十分嘘みたいなものだったけどこれは訳が分からない。

 ニーアの言うように巨大な泥の球体は浮いているけどその下、ちょうど私たちがいた辺り全てが大きな窪みになっている。今も土煙が舞って全体像は掴めないけど、深さと直径は相当なものだと思う。


(攻撃……一体どれだけのものを打ち込んだらここまでの破壊ができるの?)


 同程度のものをやれ、と言われたら再現出来るだろうけど察知を一切させずにいきなり打ち込むのは無理だ。

 そもそも攻撃動作を認識して避けるのが戦闘の基本。それも無しにいきなり避けろと言うのは至難の業。


(本体に打ち込んでみようか)


 アビーはスライム状態から上半身だけ出して右腕を変形、長砲身の狙撃砲を形成する。

 自身の中にある無尽蔵の魔力を注ぎ込み弾を作る。その過程でやはり察知され、感覚的にだが、相手の意識がこちらへ向いたのを感じる。


(強い……すごくゾクゾクする。視られてる)


 宙に浮き、球となってたゆたう泥の魔物に目はない。だがこちらを認識し、警戒していた。

 そうそう感知できない超高密度の魔力。それは神話級の魔物でも警戒に値した。


(発射っ)


 収束し、指向性を与えられた魔力の束は高速で放出され、一直線に泥の球体へ突き進む。青白い光を持つ魔力の光跡はさながらビーム砲。

 土煙の一部を吹き散らし、大気を切り裂いて直進する光線はものの数秒も要せずに泥の魔物に到達。直撃し、大きな穴を開けた。


 シュウウウウ……


 直撃した表面は高温なのか白い水蒸気を上げ、着弾面を隠す。だがアビーの目にはその着弾面や砲撃の効果まで全てお見通しだった。それ故に、彼女は汗を流す。


(確実に直撃したはず。なのになんで欠片も傷ついていないの!?泥で構成されているから攻撃が吸収された?もうっ、わからない!)


 普通の魔物に直撃すれば絶対勝てる威力を持たせてあるからこそ放った一撃だったのだが……


 その時だった。

 宙に浮かぶ泥の球体表面に変化が起きた。液体のようにドロドロと流れながら表面を覆う泥だが、それが一点に集中しだしたのだ。泥が球体の下側に集まって、まるで突撃槍のような円錐型を作り出す。その切っ先が向く方向は、今も土煙に覆われる場所だ。


「まずい!」

 

 スライムの身体を蠢動させ一気に跳び、着地と同時に身体のを丸プレートのような形に変えて体積と形状で土煙を吹き飛ばす。

 

「アビーッ!?」


 上空からいきなり落ちてきて土煙を吹き飛ばした私にユートは驚いている。でも今はそれどころじゃない。


 彼の方を見る余裕もなく即座に人型に戻って周囲を把握し、何処に誰がいるのかを瞬時に判断する。幸い、あまり広範囲に散らばってはいない。

 これなら守りきることが出来る。私はそう目論見、人型だった身体を崩し、大きな傘を作るように広げる。


(もう時間が無い)


 とにかく身体を広げ、少しでも多く守れるように。いざという時はクネイが何とかしてくれるだろうけど今からでは到底間に合わない。


「アビーお前……何するつもりだ?」

「……っ!ユート備えよ!あれはまずい!」


 未だ困惑するユートに、私の意図がわかったニーアが叫ぶ。

 どうやら土煙を吹き飛ばしたことでニーアにもわかったようだ。


 空を見れば円錐型の先端には莫大な量の魔力が凝縮されている。普段から魔力を可視できる私でないと伝わらないレベルの量だ。もはや笑いしか出てこない。けど……


「私だって、十分戦えるんだから!」


 直径10mはあるスライムの傘は厚みを増し、泥の球体、その突撃槍に対し盾のように構える。

 そして数秒後、


 カッ!!!!


 目を焼き、世界を白く染め、幻視を生み出す閃光が放たれたのだった。

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召喚王 〜召喚術〈女帝〉の力で蹂躙する〜 文月  @RingoKitune

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