第20話 桃木
「だって、あんなことが起こってしまったんだから一刻も早く事務所を離れた方が良いと思って。ちょうど、久間田さんたちに新しいところを探してもらっていたものだから」
驚いた様子のオレたちに対して、所長はにっこりなんてことない顔をしてそう言い切った。
そんな簡単に職場を変えるだなんて。
探していたから、とは言うがあまりに唐突すぎるし、なんだか展開が早すぎて落ち着かない。
「でも引っ越しってそんなに早くできるものなのか?いろいろ用意が必要だろう……」
そう伝えると所長は「だから、桃木さんを呼んだの」と答える。
「新参者は知らないと思いますが、うちはこれでも引っ越しのプロですから。梱包、配送、家具の設置からお祓いまですべて一括でやらしてもらってます」
胸を張りながら桃木が言った。若干引っかかりのある言い方だ。
しかし、”お祓い”とはなんだろう。どこをどう見ても一般のサラリーマンにしか見えない桃木がそんオカルト染みたことができるとは思えない。
「引っ越しにお祓い?なんだか怪しくないか?」
所長の手前、オブラートに包んだ言い方をしたつもりだったが、秒で桃木に睨まれる。
「最近の引っ越しにはよくあるんだよ、君は知らないのかもしれないけれど。事故物件を嫌って先にお清めしたいとか、引っ越し先で嫌な思いをしたことがある人たちが念のために使用することが多いんだ」
「そんなの雰囲気商売じゃねえか」
思わず突っ込みを入れると、桃木の視線はより一層鋭くなって
「これだから素人は困る。うちはこの業界でもちゃんとした実績と確かな対応力をもってやらせていただいているんです。そこんじょそこらの似非商売と同じにしないでくれないか、営業妨害だ」
と反論した。
「桃木さんは神主の資格も持っていらっしゃるし、建造物にもいろいろ詳しいのよ。前にこの事務所の配置を見てもらったのも桃木さんなの」
所長がオレたちの間に入るようにやんわりと言葉を挟む。
実績もある業者、ということだろうか。
こういわれてしまえば、オレは納得するしかない。
「それで一体いつ引っ越しをするんだ?」
「桃木さん、一番早くてどのくらいにできそうですか?」
所長が被せるように桃木を見る。
「そうですね、ちょっと立て込んではいるので時間はいただくかもしれませんが、場所さえ確保できてしまえば、1日、2日あれば十分です」
「できるだけ急いでほしいの。今続いている案件のこともあるし、なによりみんなのために」
所長がそう思う理由も無理はなかったがそれでもオレのなかではあんなことで、という気持ちの方が勝っていた。
HSPシリーズ ワンス @xxones
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