第19話 呼び出した理由



入ってきた男は桃木祈里ももきいのりと名乗った。

所長以外にも久間田さんや青さんとは顔見知りらしく、お互いにぺこりとお辞儀をする。それから桃木は座る所長を見つけてあからさまに口元を緩める。


「シキさん、久しぶり~随分と呼んでくれなくて寂しかったよ~」

「あら、そうだったかしら」

「そうだよ、会えなくてとても寂しかったよ~」

聞いているこっちが恥ずかしくなるような軽いセリフだった。

桃木は会話をしながらオレの座っていた場所にどっかりと座る。


「ふふ、桃木さんは相変わらずね」

所長は来客用の笑みを浮かべて笑うだけ。


そこはオレの場所だ、どけ。


心の中で思ったが、態度にはさすがに出さなかった。

仕方なしに予備の椅子を隣の倉庫から取り出してきて座る。

安いパイプ椅子はきぃきぃ音が鳴った。

久間田さんが奥からお茶を出してきて、桃木の前に出す。


「それで今日は一体なにがあったの?ボク、シキさんのためならなんでもしちゃうよぉ」


桃木はそう言って両手をもみながら、所長のことを下心ある視線で見る。


「あら、そう?じゃあお言葉に甘えようかしら」


にっこり、最上の笑みを浮かべて所長は口を開く。


「引っ越しをお願いしようと思って」


その言葉に驚いたのはオレだけではないはずだ。

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