第22話 視察⑧
砦内の視察が終わりアラール達に労いの言葉とお別れを告げてから向かったのは隣接している町の方だった。そのまま宿屋に連れ込まれそうになるのを「町も見て回りたいです」とお強請りで切り抜けたのだ。
目立つ服を脱いで質素な装いになるとレオンスと二人で町に繰り出した。護衛としてレナールとイザベルがついて来てくれようとしていたのを阻止したのはレオンスだ。二人きりが良いとお願いされてしまったら断れない。
甘やかし過ぎと叱られても仕方ないわね。
「何か食べるか?」
「さっき昼食を頂いたばかりよ」
二人きりの私的な時間ということなので敬語は外させてもらっている。
正確に言うなら外せと命令されたのだ。
敬語の方が落ち着くのよね。
言うと怒られそうなので言わないけど。
「足りないだろ?」
「私は十分だったわ」
むしろ量が多かったので夕食は減らしたいところだ。ただレオンスは運動……になったのか分からないが軽く剣を振ってお腹が空いたのかもしれない。彼の手を握って「なにか食べましょうか」と提案すると嬉しそうな笑顔を返される。
「あそこの出店に行こう」
手を引っ張られて向かったのは串焼きの店だった。レオンスは鶏肉と野菜が交互に刺さった串焼きを二本買うと嬉しそうに齧り付く。皇族としてはいるまじき行為かもしれないが彼は皇帝であると同時に軍人だ。遠征先ならこれくらいはよく見る光景なので問題はない。一瞬で無くなる串焼きに目を丸くする。さっきあれだけ肉を食べたというのによく入るものだ。流石は鍛えているだけはある。
じっと彼を見ていると「アリアも食べたくなったか?」と笑顔で尋ねられるので首を横に振った。
「レオ様が食べている姿を見ているだけで十分よ」
美味しそうに食事をしている人を見るだけで幸せな気分になれる。どこかの本に書いてあったが正しくその通りだと思う。
「そうか。何か食べたくなったらすぐに言え」
「ありがとう」
「気にするな」
嬉しそうに笑うレオンス。口端に付いた汚れを拭ってあげるとさらに幸せそうにする。
やっぱり笑わない人という印象を受けない。
そういえば出会った時はかなり無愛想だったような。
どうでも良さそうな顔で「俺はレオンス・ルロワ・フォルスだ。よろしく頼む」と雑な名乗りをされた時のことを思い出す。あの時は挨拶だけで終わり、それ以降は話さなくなった。
「どうかしたのか?」
「レオと初めて会った時のことを思い出していたの」
数ヶ月前まで全く話したことがなかった人と今は夫婦なのだから人生なにが起こるか分からないものだ。
あのままアルディ王国で過ごしていたら国の傀儡にされていた。救ってくれたレオンスには感謝しかない。
そう思っていると彼は暗い表情を見せた。
「……あれ程やり直したい過去はない」
口から飛び出した台詞まで暗いものだった。
なにをやり直したいというのだろうか。
首を傾げると「もっと愛想良くすれば良かった」と返される。当時の私なら愛想良くされても不審がっていた気がするけど。
「第一印象悪かっただろ?」
「偉そうな方だと……」
実際に偉い立場だし、身分が上の人からの雑な対応は元婚約者で慣れていたので特に思うことはなかった。ただ無駄に険しい表情をされていたので機嫌を損ねたような気がして世間話もなく立ち去ったのだ。
意気消沈気味に「そうか……」と呟くレオンスに苦笑いを浮かべる。
そこまで気を落とさなくても良いのに。
「正直な話をすると好かれていないのかと思っていたわ」
「何故だ?」
「挨拶が終わった後、険しい表情を見せていたから」
苦笑いで答えるとレオンスは目を大きく開いた後、気不味そうな表情を見せた。
「あれはアリアに見惚れそうになるのを必死に堪えていただけで……。そんなに酷い顔になっていたか?」
「かなり怖かったわ」
見惚れることを堪えていた話はともかくあの表情は誤解を招いても仕方ない。明らかに不機嫌そうな表情だった。
私の言葉に衝撃を受けた様子のレオンスは「怖がらせていたとは。本当にやり直したい」と情けない声を漏らす。
あの無愛想な人と目の前で後悔に頭を抱えている人が同一人物とは不思議な話だ。
「改めてあの時は怖がらせてすまなかった」
「もう五年以上前の話よ。気にしていないわ」
五年間あまりにも関係が薄くて忘れかけていた。
そのことは胸の奥底に仕舞って墓場まで持っていくことにしよう。
頭を撫でながら笑いかければ安心したようで笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、アリア」
軽く唇を重ねられると周囲に居た人達から冷やかしの声が飛んでくる。
人前でキスする方がよっぽど謝って欲しいと思った瞬間だった。
国を追い出されたら隣国の皇帝にお持ち帰りされました 高萩 @Takahagi_076
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