第21話 視察⑦
「アリア、待たせて悪かった」
訓練場から上がってきたレオンスは満面の笑みで私を抱き上げてくるくると回る。
楽しそうにしているところ悪いのですけど。
ちらりと下を見るとぐったりと倒れている騎士達の姿が視界に映り込む。全員レオンスにやられたのだ。訓練の成果を見せてみろと言っていたけど手加減なしで戦うとは思わなかった。
「レオ様、目が回るので下ろしてください」
「すまない」
回るのはやめてくれたが下ろしてはくれない。私を抱きかかえたまま椅子に座るレオンスに「下ろしてください」と言ってみるが笑顔を返されてしまう。
騎士達はくたばっているし、気配りの出来るウラリー達は見ないように後ろを向いてくれている。見ている人は居ないけど恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
逃げようとすると腰を抱く力が強まる。
「アリア、頑張った夫に褒美は?」
挑む騎士達を一歩も動かず軽く剣で往なしていた人が言う台詞ですか。
むしろ頑張っていたのは騎士達だったような気がするのだけど。倒れている彼らを見ていると顎を掴まれレオンスの方に向かされてしまう。にこりと微笑み「褒美は?」と尋ねてくるレオンスに苦笑いを浮かべる。
「褒美は視察が終わってからにしてください」
まだ回るところが残っているのだ。レオンスが望む褒美を与えていると日が暮れてしまう。私の返答に満足気に笑い「楽しみにしてる」とこめかみにキスを落としてくる。
あげるとは言っていないのだけど。
それをここで言ったら解放してもらえなさそうなので黙っておくことにする。
「これ、着せてくれるか?」
膝に置かれた上着を指差しながら言ってくるレオンスに頷いて着せてあげると幸せそうに微笑まれた。
良いから下ろして欲しいのだけど。
威圧感のある笑顔を向けたが「アリアは可愛いな」と脈絡のない褒めで返されてしまう。案内係のアラールも動けないみたいだし、しばらくはこのままで居ないといけなさそうだ。
結局三十分くらいレオンスに抱っこされ続けた。
「先程はお見苦しいところをお見せしました……」
深く頭を下げてくるのは隊長のアラール。彼の後ろに立っている騎士達は心なしか落ち込んでいる。日々鍛錬を重ねているにも関わらずレオンスに完敗したからだろうか。私の知っている限り彼とまともにやり合えるのは片手で数えられる程度だ。
それでも彼らにも矜持はある。手も足も出なかったとなると落ち込むのも無理はない。
「いえ、そんな事は……」
「もっと鍛錬を積むように」
私の言葉に被せるように声を出したのはレオンスだった。さっきまでのだらしない笑顔はどこに行ったのか騎士の顔になっている。彼の言葉を受けたアラール達は揃って「はっ!」と返事をして解散してしまう。
下手に慰めるより甘やかずやる気を出させるとは。私は騎士達の気持ちを理解していなかったみたいだ。
もっと彼らに寄り添う事が出来るようにならないと。
「アリア、行くぞ」
「あ、はい……」
「どうかしたのか?」
首を傾げて尋ねてくるレオンスに「もっと騎士団の訓練に顔を出した方が良いと思って」と笑いかける。
騎士達の気持ちを知るには関わりを増やすのが一番のはず。そう思って言うと何故か真顔で返される。
ちょっと怒ってる?
妙な威圧感を感じるのは気のせいじゃない。
「騎士団に気になる奴が居るのか?」
「いえ、皇妃として彼らの気持ちをもっとよく知る必要があると思って……」
「そうか」
また余計な嫉妬をしているのだろう。
腰に腕を回して引き寄せてくる。真っ黒な笑みを見せて「それなら私が訓練に参加する時に見学すると良い」と囁いてきた。絶対にレオンスが居ない時に行こう。彼の事だから他の人を見ていたらまた妬くだろうし、厄介事は勘弁だ。
「冗談だ。騎士団の連中と話がしたいなら場を設けるぞ」
「冗談に聞こえませんよ。それも良いですね。ですが戦っている彼らも見たいので」
「分かった。アリアは本当にいい皇妃だな」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
認めてもらっているのは嬉しい。しかし他の人達がどう考えているのか分からないのだ。皇妃として出来る限りのことをしたい。くすりと笑ったレオンスは「あまり頑張り過ぎるな」と頭を撫でてくる。
余裕があるところは年上らしいのところだ。
「陛下と皇妃様は本当に仲がよろしいのですね」
微笑ましいものを見る目で見てくるのは少し前を歩いていたアラールだった。ウラリーを始めとする身の回りに居る人達に揶揄われるのは慣れているがあまり関わりのない人から言われると恥ずかしくなってしまう。じんわりと赤くなっていく頰を隠している私の横でレオンスは得意気な表情を見せていた。
「他の奴らにも伝えておけ」
「二人が仲良しである事はもう既に砦全体に伝わっていますよ」
不仲説を流されるよりはずっと良いけどそれはそれで心に来るものがある。乾いた笑いを漏らす私と「それは良かった」と嬉しそうに笑うレオンスの真逆な反応にアラールは不思議そうに首を傾げた。
「アラール隊長、案内の続きをお願いします」
恥ずかしさを押し殺しながら視察を続けることになった。
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