次の日、私は学校でまたそいつに会った

「おはよ…」


 女が教室の戸を潜り、小さな声でそう呟くと教室内は静寂に包まれた。

 そして、ほんの少しの静寂の後、教室内には再び喧騒が訪れた。


(あーあ…やっぱりこうなったか……)


 喧騒の中で女は唯一、他の誰とも会話をしていなかった。

 暫くすると担任の教師が入ってきた。

 教師は男だった。

 その教師は教室に入ってくるなり女が席に座っているのを確認すると、一瞬驚いた顔をした後で何事もなかった様に出欠を取り始めた。

 女は出欠を取っている途中で教室を出て行くことを決めて立ち上がろうとした。

 その時だった。


「アカンアカン!出てったらアカンて!そんくらいわかるやろ、お嬢ちゃん!」


 女はその声には聞き覚えがあった。

 教室の窓際の一番奥の席、そこが女の席だった。

 その窓際の席のさらに向こう、窓の外からその声は聴こえていた。


「なっ!?なんでアンタがいるのよ!?」


 女は思わず叫んでいた。

 女の叫びに教室内にいる一部の生徒は女を見たが、すぐに視線を戻して何事もなかった様に出欠が続いた。

 窓の外には上半身ニジマスの自称・人魚の男がいた。

 男は相変わらず下半身は丸出しの状態だった。


「なんでワイがここにいるのかって?それはそこにワイがいるからやろ?」


「………」


 女は無言で窓を閉めた。


「ちょいちょいちょい!ちょい待ち!ちょい待ちぃな!わかった!説明する!ワイがここにいる理由を説明するから窓閉めんといて!寒ぅて仕方ないんや!今のはほんの冗談でんがな!」


 男は胡散臭い関西弁を使いながら魚の胸ビレに当たる部分から生えている手で窓ガラスを叩いていた。

 男は寒いらしく、手袋を着用していた。


「………アンタさ、寒いなら手袋よりもそっちをどうにかすれば?」


 女は男の下半身に軽く視線を送りながら窓を開け、周囲に聴こえないように声を抑えながらそう言った。


「おぉ!助かるぅ!じゃま、取り敢えずお邪魔しま…ちょいちょいちょいちょい!なぜ閉めようとするんや!寒いからはよ中へ入れてぇな!」


 男はその窓から中へ入ろうとしたが、女はそれを見ると再び窓を閉めようとした。


「頼む!寒いんや!入れてぇな!後生やから!な?な?」


「アンタみたいな変態なんて中に入れられるわけないでしょ!つかアンタ周りの奴に見えてないっぽいけどなんなの!?」


 女は小声で怒鳴った。

 男の姿は周囲の誰にも見えていなかった。


「それも説明するから!はよ入れてぇな!寒ぅて寒ぅてもうワイの大切なマツタケ様がこんなに小さく縮んでしまってんのや!」


「それは元々でしょうが!!」


 女は男が自らの股間にぶら下がるそれをマツタケと言ったことに何も触れなかった。


「そんなこと言わんと!な?な?あっ!ほらこれやるさかい!…あれ?どこしまったかな…反対か?」


 男は魚のエラに当たる部分に手を突っ込んで何かを探し出した。


「うわっ!なにそれキショクワルッ!…どうなってんのそれ?」


 女は思わず大声を出してしまったが、直ぐに元の声量に戻した。今度は誰一人として女のほうを向く者はいなかった。

 数人は視線だけを送っていたが、担任と入れ替わりに教室へ入って授業をしていた教師は全く無関心だった。


「お嬢ちゃん、気色悪いはやめてぇな。これはあれやがな。ドラえ○んのポケットみたいなもんやが…うっ!おぇ…おごっ!げほっ!うぇ…」


「ちょっ!何がポケットよ!エラに手なんか入れるからせてんじゃないの!」


「な、なんや?お嬢ちゃん、ワイのこと心配してくれてんか?優しぃなあ…」


「バッカじゃないの!?心配してんじゃなくてそれするのやめてほしいのよ!キショクワルイ!」


 女は男の股間に鎮座するバベルの塔を見ても全く動じなかったが、男がエラに手を突っ込んで何かを探す姿に得も言われぬ気色悪さを感じていた。

 そして、数分そうやっていた男はエラから小さな箱を取り出した。

 その箱は綺麗にラッピングされていた。


「ほら、これやるさかい。中に入れてんか?な?な?」


「はあっ!?…なにこれ?つか、アンタのエラ…身体の中に入っていた物なんか心底いらないんだけど…キショクワルイし、何か臭そうだし…」


 女は正直だった。


「そんなこと言わんと。きっとエエもん入ってるさかい。な?な?開けるだけ開けてんか?な?な?な?」


「………わ、わかったわよ。開けるだけよ?ホントにいらないからね?」


「ホンマか!?よっしゃ!ほな受け取り!」


 女は渋々箱を受け取った。

 女が折れた理由は男が涙目になっていたからだった。


「…うっわ!やっぱりヌメヌメしてる…キッショ…ホント、マジで勘弁してほしいんだけど………あっ!?」


 文句を言いながら箱を開けた女は驚いて大声を出していた。


「な?エエもんやったやろ?」


 箱の中には綺麗な指環が入っていた。

 銀色のリングに海色の石が嵌められた綺麗な指環が入っていた。


「キレイ…」


 女は思わず呟いていた。


「お嬢ちゃん、ワイと結婚してくれんか?」


「………」


 女は無言で窓を閉めた。

 窓の外で騒ぐ男の声は女には届いていなかった。

 女は無言のまま指環を見つめていた。


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