空飛ぶ人魚と女子高生 (加筆版)

貴音真

女はビルの屋上でそいつと出会った

「サヨナラ…」


 女が八階建てのビルの屋上から飛び下りようとした時だった。


「ちょいちょいちょい。ちょいとまちぃな。お嬢ちゃん飛び下りたらアカンで」


 それは下を向いた女の上から聴こえた。

 女は思わず上を見た。


「うわっ!?なにこいつキモチワルッ!?」


 思わずそう口に出していた。


「ちょ!おまっ!気持ち悪いはないやろ!こう見えてもワイはれっきとした人魚やで!」


「あっそ。じゃ、サヨナラ…」


 女はそう言うと再び飛び下りようとした。


「ちょいちょいちょい!フツーここはワイと話し合って飛び下りやめるとこやろが」


「嫌よ。何でアンタみたいな下半身丸出しの変態と話さなきゃならないのよ…つか私と話したいならまずはその粗末なヤングコーン隠しなさいよ」


 女の前に現れた自称人魚の男は上半身がニジマスで下半身は人間だった。

 生まれたままの姿の男の股間にはヤングコーンと言ったらヤングコーンに失礼なほど粗末なものがぶら下がっていた。


「ヤ、ヤングコーン!?……サイナラ…」


「ちょちょちょ!何でアンタが飛び下りようとしてんのよ!」


「だって…ワイのコレ、女子高生にヤングコーンって言われた…まだ一度も使ってないワイの息子が女子高生にバカにされた………サイナラ…先に行って待ってるで…」


「ちょちょちょ!待ちなさいよ!」


 男は目に涙を浮かべて女の横に立ち、そこから二度続けて飛び下りようとした。

 女は二度続けてそれを止めた。


「わ、わかったから!謝るから!ヤングコーンって言ってごめん!バカにしてごめんなさい!」


「………マツタケ…」


 男は呟いた。


「え?なに?」


 女は聞き返した。


「だからマツタケ…」


「は?」


「あんさんがワイのコレは立派なマツタケですって言ってくれたら飛ぶのやめる…」


「はあっ!?なに言ってんのアンタ!?バッカじゃないの!?」


 女は男に怒鳴った。


「……ほな、サイナラ…」


「ちょちょちょ!待ちなさいよ!あ、こら!縁に立つな!待てって言ってんのよ!あたしはアンタの死体の上に落ちるのは嫌なの!飛ぶならあたしの後にして!」


 女は男を止めながらそう言った。


「………サイナラ…ワイが先に行って内臓飛び出たぐちゃぐちゃの肉塊になってあんさんを受け止めたるさかいな…」


「なにその言い方!ふざけないでよ!あたしはそんなグロいものに受け止められるなんて絶対に嫌よ!………わかった!」


「えっ?」


 男は聞き返した。


「い、言うから!言えばいいんでしょ!」


「よっしゃ!じゃあワイの言う通りに頼むで!」


 そう言うと男は女に耳打ちした。


「えっ、ちょ!ホントにこれ言うの!?」


「よろしゅうたのんまっせ!」


 男は期待に目を輝かせた。

 女は渋々それに従い口を開いた。


「………あ、あなたの股間にそびえるバベルの塔はフニャフニャで細い粗末なヤングコーンなんかじゃありません。カ、カッチカチでぶっとい立派なマツタケ様です。だ、だから自信持っていいからね。…い、言ったわよ!」


「ヒヤッホウっ!サイコーだぜェ!!」


 男は有頂天になって辺りを飛び回った。

 その時、女はやっと気がついた。

 空を泳ぐように飛ぶ目の前の魚人の男がビルの屋上から飛び下りられるわけがない。


「はぁー、なんか死ぬのアホらしく思えてきた……なにやってんだろあたし……帰ろ」


 女はビルの屋上から飛び下りるのをやめた。

 男は屋上から去っていく女の後ろ姿を優しい目で見送った。

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