第16話 奇抜過ぎる潜入捜査、開始!

 鬼龍院花は、ドキドキとソワソワで、緊張の面持ちで、会場に到着した。そこには、既に二十数人が所定の位置に座っていった。会場は、廃校になった小学校だった。市が、再計画や予算がないため、申し込みさえすれば、営利目的の活動でなければ、市民の誰もが使える物だった。花が席に着いて暫くして、主催者側からの点呼が始まった。


 「森景子さん、石橋純子さん、渡部良美さん…」


 小学校の教室で、椅子に座り点呼を受けている。花は、懐かしさと面白さで、緊張が解れ始めていた。


 「佐伯日菜子さん」


 「えっ、日菜子?ウソ~」


 花は、名前を呼ばれて立った女性を見た。


 「間違いない、日菜子だ。なんで?」


 花のお花畑の頭に、突風が吹いた。


 「なぜ、何故、なぜ?日菜子がここにいるの…」


 「鬼龍院花さん…鬼龍院花さん…おられませんか?」

 「あっ、はい」


 後部座席に座っていた花は、参加者の視線を浴びた。真っ赤な顔になった花は、見下すような冷たい視線や馬鹿にされ、面白がられている視線の中に、優しい視線を一箇所から感じていた。


 「広瀬いすずさん、佐々木希美さん、松浦亜矢子さ…」


 点呼が終わると、個別に別室に呼ばれ、たわいのない質問を受けた。花が面接を受け、部屋をでると部屋の様子を盗み見している女性の後ろ姿が目に入った。その時は、久しぶりの面接の緊張感が勝り、然程気にもしなかった。全員の面談が終わると元の教室で待機させられていた。そこへ、場違いな女性が、教室に入ってきた。赤い傘の女、綾小路絢香だった。絢香は、教壇に立つと、徐にファイルを開いた。


 「今から名前を呼ばれた方は、私に着いてきてください」


 絢香の凛とした狡猾な態度と冷たい視線に教室は、ざわめいた。


 「名前を呼ばれた人は、Can's-Can'sの今回のオーディションの不合格者です」


 SMの女王様のような絢香は、造花の薔薇のような笑みを浮かべていた。


 「では、読み上げます」


 教室は、緊張に包まれた。


 「佐伯日菜子さん、広瀬いすずさん、鬼龍院花さん…」


 絢香は、悪戯を成功させたような笑みで、間を取り、言い放った。

 

 「以上です、その他の方は、一次試験通過です。名前を呼ばれた三人は、私についてきてください。応募書類を返却しますから」


 教室は一瞬、驚愕と安堵の空気に包まれた。残った応募者は、何故か下を向いて歓喜を押しつぶしていた。広瀬いすずは、ショックを受け、立ち上がれないでいた。傍にいた日菜子が「大丈夫?」と、抱えあげるように補助して、教室を出た。花は、慌てて、いすず、日菜子の身の回り品を手繰り寄せ、後を追った。

 花は、日菜子が偶然、ここにいるとは思えなかった。彼女は、コスプレに興味はあったが、アイドルと言う者には関心を示したことがなかったからだ。花は、面談の時のように、絢香がこっそり監視しているかも知れないと思い、日菜子の思惑を知るまで、他人の振りをすることに決めた。いすずは、落胆の色を隠せず、花と日菜子は、だよねぇ~、と選考に落ちた悔しさはあったが、ほっとしたのも否めなかった。いすずは、綾香に詰め寄ったが、綾香は何も話さず、三人を上の階の遠く離れた教室に導いた。教室の扉の前で立ち止まる綾香にいすずは、詰め寄った。


 「選考基準は何ですか?なぜ、落とされたんですか?教えてください」


 選考に不満を持つのも仕方がない。オーディションと言っても面談のみで、歌・ダンスなどの実技試験はなかったからだ。


 「今回のCan's-Can'sのオーディションの合否は、全て私に一任されています。よって、私の好き嫌い、何か文句ある!」

 「それは…、でも、じゃ、何故、一次で落とされたかを聞かせてください」


 絢香は、いすずを鋭い視線で睨みつけ、扉を背後にしながら、後ろ手で扉を開けた。そこは元音楽室であり、音楽家の肖像画以外何もない空間だった。


 「さぁ、入って、ここからがあなたちの本当のオーディションよ」


 広瀬いすずは、呆気にとられた顔で、捨て猫が拾われた不安と期待の入り交じった視線で綾香を見つめていた。その視線を受けてか、絢香は今までと違い、初めて、優しい笑顔を見せた。


 「あなた方三人は、私のプロジェクトの傘下に入って頂きます、不満はある?」


 三人を冷酷な眼差しで睨みつけた。


 「いえ…あっ、はい」


 三人は、その圧倒的な貫禄に押され、萎縮し、小さく頷いた。


 「よし、それでいいわ」


 今度は、満面の笑みで、三人の緊張を和らげた。


 「早速だけど、着替えて。持ってきてるわね。忘れたなら下着でね」

 「あっ、はい」

 「じゃ~、隣の教室で着替えて、ここへ集合、急いで」


 三人は、直様、行動に移した。三人は、着替えながら簡単な自己紹介をいすずを皮切りに始めた。


 「私、広瀬いすず、チアリーダーだったんだけど、怪我してアクロバティックなことができなくなったの。それで、チアダンスを活かせたらって、応募したの」

 「私は、佐伯日菜子、コスプレイヤー」

 「私は、鬼龍院花。でも、コスプレイヤー歴は浅くて二回目?三回目?四回目?」


 日菜子は「花は相変わらずだな」と思ったが、口には出さないでいた。三人は、それぞれ着替えながらコミュニケーションを取っていた。日菜子がポツンと言った。


 「ねぇ、気をつけてね。盗撮されているかもよ」

 「えっ、そーなの…」


 花といすずは、キョロキョロと周りを見渡した。


 「それくらい注意しな、ってことよ。壁に耳あり、障子に目あり、だよ。備えあれば患いなし、ね」

 「そうね、油断大敵だね」


 と、花が返した。いすずは、直ぐに着替え終わったが、花と日菜子は、まだまだ、時間が掛かる様子だった。それを見て、いすずは、


 「私、廊下で柔軟体操してますから、終わったら、声を掛けてください」

 「OK、しました」


と、日菜子が答えた。いすずが、教室を出るのを確認すると、小声で花は、日菜子に話しかけた。


 「久しぶり、元気そうじゃない」

 「花もな」


 佐伯日菜子は、花が失踪者扱いにされた時、花をそそのかした張本人だった。

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