第14話 アイドルに何が?
「お前、携帯電話を持っていたよな、出せよ」
「ああ」
慎司は、阿笠に言われるまま、携帯電話を渡すと手馴れた様子で操作し、パソコンからデータをコピーした。ちゃんとコピーされているか確認して
「これで、PCのデータは削除するぞ」
「ああ」
「お前、厄介な事に首を突っ込むのは、止めろ。いつか、痛い目にあうぞ」
「ああ」
「ふん、全く変わっていないな」
「そうかぁ、お前もな」
「用は済んだろ、さぁ、早く帰ってくれ。やり残した実験があるからな」
「ああ、サンキュー、じゃぁな」
「もう会わないことを願っているよ」
「言ってくれるぜ、じゃぁ」
「ああ」
慎司は、阿笠徹と別れた後、BMXで裏門から大学を後にした。復路は、往路とは全く違う道を選択し、事務所へと向かった。神経質までに気を使うのは、阿笠徹に
迷惑を掛けたくない、巻き込みたくない思いからだった。
慎司は、帰路につく道道に、ふと思っていた。そもそも、阿笠徹との出会いって?
慎司は、父親の小さな建築会社を継ぐ運命だった。働きたくない、その一心で大学受験を突破。父親を安心させて、遊ぼうと選んだ工学部。そんな慎司の目論見は儚く過ぎ去り、あっと言う間に何もせず、卒論の時期を迎えていた頃、阿笠徹と出会う。
図書館で借りられるだけ本を借りての帰り道。図書館沿いの道を歩いていた。
「おっとっとっと」
石田畳と芝生との段差に足を取られ、本をぶちまけた。ちょうどその傍のベンチに座り本を読んでいた阿笠徹がいた。阿笠は黙って、真司の借りた本を拾ってくれた。
本についた土や埃を払う為、彼の隣に腰掛けた。その瞬間、慎司は阿笠に自分に似た匂いを感じた。礼を言ったあと、幾度か話しかけたが、うん、ああ、と首を上下左右に振り、答えるだけの無愛想な男だった。
しかし、嫌われている気は、全くしなかった。それから、食堂で会い、自動販売機の前で会い、校門で会う、というように、何故か出会う機会が増えた。
慎司はその都度、一方的な挨拶をしていた。慣れは、心の壁を低くするのか、度重なる出会いに阿笠も心を開いたのか、やっと、手での挨拶が加わった。
父からは他人の飯を食え、と言われて、就活に挑む。慎司は、初めて知った、携帯電話の必要性。応募も、面談の日時、合否まで、メールでされていた。慎司は慌てて、人生初めての携帯電話を手にした。アナログ人間の慎司には、厄介な品物だった。そんな時、学食で阿笠徹を見かけた。これは有難いと、即座に阿笠の対面に座った。
「ど、どう、したんですか」
突然の出来事に阿笠は、面食らっていた。
「就活で携帯電話を手に入れたが、分厚い説明書に専門用語がいっぱいで、どうにもならない。助けてくれないか。電話を掛ける・切る・メールを書く、送る、そもそも、電話はどこに触れて掛けるんだ?メールはどこ?こんなざまなんだ、袖触れ合うもだ」
「袖なんて触れ合ったことはないがな・」
「そう言わずに、まずは電話の掛け方だ。で、どうする?」
「ここを触れて、相手の電話番号を入れ、ここを触れる」
「あっそうだ、俺の電話番号は、どこで分かる?」
「それは、ここを開けば…ほら、これだ」
「ほう~、じゃ、ここに掛けてくれないか、実践タイプなもので、宜しく」
「…、まっ、いいか。どれどれ」
着信音が、鳴った。
「ど、どう~するんだ…あああああ」
「ここに触れれば」
「ああ、聞こえる、聞こえる」
「って、何に感動しているんだ?」
「次はメールだ」
と、いう様な原始的なやり取りが延々と続いた。これをきっかけに、阿笠は慎司の取説になった。こうなることを画策して、慎司は阿笠と同じタイプの携帯電話機種と通信会社を事前に調べ、行動していた。
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