Dear K

紫 李鳥

 Dear K

 


 掃除と洗濯を終えた後は、決まって古い本を読み返す。洋画の主題歌を聴きながら……。


 今日は、『ひまわり』や『ガラスの部屋』、『嵐が丘』などを収録したサウンドトラックを聴きながら、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』を読んでいる。


 少し開けた窓から入るそよ風が、レースのカーテンを揺らしていた。


 ガラスのテーブルには、レギュラーコーヒーで作ったアイスコーヒー。氷が溶ける前に飲み干すのが好き。


 主人が亡くなって、半年近くが経つ。若い恋人もできたけど、部屋にはれない。逢うのは、しゃれたシティホテル。そのほうが新鮮味がある。それに、主人が残してくれた私だけの城には誰も招きたくない。


 主人とは親子ほどの年の差があったけど、若々しくて、休日には決まって、趣味のスキーやテニスを友人と楽しんでいた。


 私も時々、誘われたけど、やんわり断っていた。アウトドアは苦手。それより、お気に入りのBGMを聴きながら部屋で読書をしているほうが好き。


 最後の一口を飲み干すと、氷が音を立てた。その瞬間、ふと、この安定した生活を保障してくれた恩人を思い出し、私は頭の中でお礼の手紙を書いた。




拝啓

 薫風の候 いかがお過ごしでいらっしゃいますか

 あの世でお元気のことと存じます

 主人の件では大変お世話になりました

 あなた様がお亡くなりになられたことをテレビのニュースで知りました

 どうして 顔も名前も存じないのにあなた様だと分かったかと申しますと 私が依頼したサイトのタイトルです

 亡くなった容疑者は【どんな悩みでも解決します!】という闇サイトを開設していた とニュースで言っていたからです

 突然の訃報に驚きながらも ホッとしたと言うのが正直な気持ちです 不謹慎な私をお許しください

 心よりご冥福をお祈り申し上げます

 あなた様との出会いは、そのサイトでしたね

 振り込めば足がつくというあなた様の助言で 指定された公園で報酬の半分を渡しました

 私はだて眼鏡とマスクで変装して

 あなた様もマスクと野球帽でしたね

 一瞬見えたあなた様の目は 闇のように暗かった

 あの時はすでに自分が末期のがんだと言うことをご存じだったのでしょうね

 だから 覚悟の上で危険なサイトを開設したのだと推測します

 あなた様に依頼して間もなく 主人がスキー中に事故で亡くなりました

 その後 あなた様からの連絡がないので不思議に思っていましたら すでに亡くなっていたんですね

 今思うと 主人は本当の事故・・・・・だったのかもしれませんが いずれにせよ 全ての財産を引き継ぐことができました

 これもひとえにあなた様のご尽力の賜物と心より感謝しております

 報酬の残りを差し上げる前に別件で逮捕されて残念でしたね

 私のほうは助かりましたが ふふふっ

 サイトでのやり取りは削除しましたが あなた様も削除してくださったようですね 警察が来ないと言うことは

 ありがとうございました

 どうぞ安らかに……




 親愛なる殺し屋様へ

           かしこ

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