エピローグ 転生の間

本日3話目。


本日3話更新です。


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「それでは、気をつけて行ってらっしゃいませ」


 時の魔女ザイリカは、深々と頭を下げる。


 また一人、転生者を新しい世界へ送り出したところだった。


 ザイリカが時の魔女になって、百年ほどが経つ。


 時を司り、転生者を新たな世界へ送り出すという、重要でやりがいのある仕事だった。


 百年も経てば、さすがに仕事にも慣れ、業務もスムーズにこなせるようになってきた。


 しかし、仕事は慣れてきた時が一番危ないという。


 気を引き締めなければならない。


 先ほど新たな転生者を送り出したところなので、次の転生者が来るまで少し時間がある。


 それでも早めに情報を仕入れておくにこしたことない。


 ザイリカはテーブルのディスプレイをタッチし、転生候補者たちのデータをホログラムで映す。


 文字のデータだけでなく、動画データもある。


 どのような声で、どんな喋り方をしているのか、そこまでチェックできるのだ。


 ザイリカは一人の転生候補者の動画を映す。


 真面目そうな女性だ。はきはきとした喋り方で好感が持てる。きっと新しい世界でも活躍してくれるだろう。


 そんなことを考えていた次の瞬間、その凛々しい女性の顔が真っ二つになった。


「きゃぁぁっ!」


 思わず悲鳴を上げてしまう。


 何かバグがあったのだろうか。ザイリカは再びホログラムを注視する。


「時空が……裂けている?」


 ザイリカの目の前の空間には、人一人が通れるほどの裂け目ができていた。


 時空が何かしらの理由で裂けたり、乱れたりすることがあるというのは知識では知っている。


 しかし、まだ時の魔女になって日が浅いザイリカには初めての体験だった。


「ほ、本当にこんなことがあるんですね」


 一瞬どうしたらいいのか混乱したが、ザイリカは何とか緊急時のマニュアルの存在を思い出すことができた。


 テーブルのディスプレイを操作して、マニュアルを映し出す。


『時空に異常があった場合、担当者は早急に原因を究明し、迅速に最善の対応すること』


「な、なるほど」


 具体的なことは何も書いてないが、確かにその通りではある。


 しかし、何からするべきか。


 とりあえず、原因の究明。


 ザイリカは時空の裂け目を観察することにした。


「へぇ、時空ってこんな風に裂けるんですね。ずいぶんきれいな裂け目」


 レポートに、裂け目の形状、大きさ、雰囲気などを書き込んでいく。


 過去の事例を見ても、時空の裂け目についての詳細が書かれているものは少なかった。


 とすれば、ザイリカのレポートは後世に役に立つはず。


 なるべく克明な描写を心がけた。


 レポートに気を取られ、少し時間が開いてから裂け目に目を移すと、何やら人の気配を感じた。


「え、え、え?」


 何者か。


 いや、それを考える前に何か対処をするべきだろう。


 マニュアルではどうしたらいいと書いてあったか。


 いや、マニュアルには何も書いてなかった。


 これでザイリカの頭は完全に混乱し、結局ただ裂け目を眺めることしかできなかった。


「失礼します」


 どんな化け物が入ってくるのか、戦々恐々としていたが、入ってきたのは優しげな顔をした老爺だった。


 腰に佩いた刀だけが物騒だったが、持ち主を風貌を考えるとそれもあまり怖くは感じない。


 姿勢が良く、堂々しているので、優しい顔つきだが、どこか風格が感じられた。


「あぁ、この匂い、思い出すわぁ」


 その後ろから、もう一人、老婆が入ってきた。


 どうやら目が見えないようで、杖をついている。


 若いころはさぞかし美人だったのだろうという面影があり、今もどこか妖艶な雰囲気を感じさせた。


「いやぁ、本当に来ちゃったわね」

「えぇ、私も思い出しましたよ。懐かしいです」


 二人は勝手知ったるといった様子で、転生の間を観察している。

 

 本当に何者なのか。


「あの~」

「あ、あなたが後任の子ね。はじめまして」


 老婆に自然と手を差し出され、思わず握手をしてしまう。


「それで、あなたは?」

「え~と、何て言ったらいいのかしら。あ、百聞は一見に如かず。ちょっと待ってね。さぁ、無事に使えるかしら」


 待てと言われたので、ザイリカは素直に頷いた。


「時の魔女が命ずる。時よ、巡れ。時よ、戻れ。時よ、遡れ……逆時さかとき!」

「う、うそ……」


 ザイリカがよく知っている魔法だった。


 しかし、その魔法は時の魔女である自分にしか使えないはず。


 老婆の体が光に包み込まれる。


 その後、何が起こるかザイリカは知っていた。


 光が少しずつ消えていく。


 老婆だった女は、二十そこそこの若い姿に戻った。


 艶やかな栗色の髪をした想像以上の美人である。


「ふっふっふ、さすがは私。戻れたわ、うら若き乙女に。そして……」


 女はおもむろに老爺の方を見る。


「ようやく恭之介君のおじいちゃん姿をこの目で見られたわ!う~ん、素敵なおじいちゃん!いい歳の取り方したわねっ、私の想像通りだわっ」

「やぁ、視力が戻ったんですね、それは良かった。それにその姿、懐かしい。初めて出会った時と同じだ」


 女性が抱きつくと、老爺は嬉しそうに微笑んだ。


「さ、私だけじゃずるいわね、恭之介君も」

「あ、ちょっと、あなた」

「時の魔女が命ずる。時よ、巡れ。時よ、戻れ。時よ、遡れ……逆時!」

「あぁ~~」


 ザイリカが止める間もなく、老爺も時魔法の光に包まれる。


 しばらくして光の中からは、武士の姿をした優しげな青年が現れた。


「おぉ、まさかもう一度若返れるなんて」

「ふっふっふ、リリアサさんはすごいでしょう?」

「はい、さすがですね」

「あの!ちょっと!」


 時魔法を使うこと。


 そして今、男が呼んだ名前。


 女の正体がはっきりわかった。


「あなた、前時の魔女リリアサですね」

「正解~~」


 リリアサは笑顔で手を叩く。


「そして、あなたは!」


 続いて、ザイリカは男に向けて指を突きつける。


「……誰ですか?」

「え~と、音鳴恭之介と言います」


 聞いたことも見たこともない。


 しかし、何はともあれ、彼らがやったことは大きな罪である。


「リリアサさん!あなたは、時の魔女時代にも罪を犯し、この職を追放されていますね。そして再び罪を重ねるとは何と言う罪深い方でしょう」

「そうなの。私、罪深い女なのよね~」

「元々時の魔女だったのならば、事の重大さがわかっていますね」

「えぇ、もちろん」


 自信たっぷりといった様子で頷く。


 その迫力に思わず気圧されそうになる。


「これでも千年以上、時の魔女をやっていたからね、罪の重さはよ~くわかっているわ。あなた、え~と名前は?」

「ザ、ザイリカです」

「ザイリカちゃんね。そう、私たちに罪があるのはわかっている。でも同時にあなたにも罪があるわよ?それはわかってる?」

「え、えぇ!?ど、どういうことですか?」


 まさかの言葉に頭がフリーズする。


「考えてごらんなさい。私たちが裂け目を通ってくるまであなたは何をしていたの?普通だったら、侵入者を防ぐような仕掛けを作動させたり、荒事になってもいいように罠を仕掛けたりするはずよ。でもその形跡は一切はない」

「あうぅ……」


 リリアサが部屋を見渡す。


 確かにその類の操作は何もしていない。そこまで頭が回らなかったのだ。


 ザイリカがしていたのはレポートを書いていたくらいである。


「うん、レポートも大切よ。でもね、優先順位っていうものがある。あなたがしなければいけなかったのは、侵入者を好きに行動させないこと。違う?」

「そ、その通りです」

「でしょ?でもあろうことか、あなたは侵入者を好きにさせた挙句、時魔法まで使わせてしまった。これは歴史上でも類を見ない失態よ。あなたにどんな罰が下るのか、私にもわからない」

「ひ、ひぃぃ!」


 せっかく得たこの地位をこんな形で失うのか。


 しかも、史上最悪の罪。


 どんな罰が自分を待っているのか。


 ザイリカは目の前が真っ暗になった。


「でもね、心配しないで。一つ考えがあるの」

「え!?な、何ですか?」

「私の言う通りにすれば、あなたが私たちを追い返したっていう形にできるわ。罪どころかお手柄ね」

「な、何と!」


 状況が一転するではないか。


 もはやザイリカにはそれにすがるしかない。


「お、お願いします!」

「オッケー。大丈夫、簡単なことよ。え~と、確か」


 そう言って、リリアサがテーブルのディスプレイを操作する。


 素早く操作する様は、自分よりもこの機械に慣れているように思えた。


「あぁ、これこれ。転生の間に入ってきた異物を時空に押し返す仕掛け。使ったことある?」

「い、いえ。でも知識はあります」

「そうよね、私だって使ったことないもの。でも知っているだけ偉いわ」


 ザイリカは褒められたことで嬉しくなる。


 思えばこの百年、誰にも褒められたことはない。


「私たちが転生の間から出た後、この仕掛けを発動させて。あなたがこの仕掛けを発動させたことで、侵入者を撃退したって形を取るの。そして私たちは中には入って来なかった。中に入ることも出来ず追い返されてしまったってわけ」

「そ、それだけですか?」

「それだけ。簡単でしょ?」

「はい。やることはわかりました。でも、リリアサさんたちはどうするんですか?」


 思った以上にやるべきことは簡単だった。


 それなら自分にもできそうだ。


 しかし、肝心の二人はどうするのか。


「あら、こんな時なのに、私たちの心配をしてくれるの?良い子ね、ザイリカちゃん」

「あ、ありがとうございます。そ、それでどうするんですか?」

「来たところから帰るわよ」

「えぇ!そんなことしちゃだめですよ!」

「はい、ここで問題です!いい?恭之介君」

「はぁ」


 ぼんやりと立っていた恭之介が久しぶりに口を開く。

 

「私たちが裂け目から戻ると言った時、ザイリカちゃんは驚き、止めました。さて、どうしてでしょう?」

「あぁ……え~と、確か、転生の間は一方通行なんでしたっけ?だから元のところへは戻れない」

「そうそう、大正解!百年以上前のことなのに、よく覚えていたわね」

「強烈な体験でしたからね」

「あははは!確かに。ついでに言うと、正規の時空門じゃないところに飛び込むとどんな世界へ飛ばされるかわからない。恭之介君の時空斬りは何故か転生の間につながるけどね。まぁそんなわけで、ザイリカちゃんは私たちが来た裂け目から出ていくのを止めたってわけでした~」


 リリアサがぱちぱちと手を叩き、その様子を恭之介は微笑みながら見ていた。


 こんな状況だというのに、二人は極めて楽しそうだ。


「それがわかってて、裂け目に飛び込むって言うんですか?」

「それしかないからね。さすがに時空門を開いたら、履歴にばっちり残っちゃうし、ザイリカちゃんの罪になっちゃうもの。それは悪いわ」


 めちゃくちゃなことをやっているわりに、優しさのようなものはあるのだ。

 

「大丈夫、そういう旅もいいかなって思うし。ね、恭之介君」

「はい」

「素敵じゃない、タイムトラベラー」


 リリアサは顔の横で両手を合わせ、本当に楽しそうな笑みを浮かべる。


「ほ、本当にいいんですね」

「大丈夫よ。ここでは何も起らなかった。あなたは侵入者が部屋に入る前に、しっかり義務を果たし、追い返した。それで終わり」

「わかりました」

「あ、もしかしたらいつかまた来るかもしれないから、その時はよろしくね」

「え?」

「さ、あんまりゆっくりしていると裂け目が閉じちゃうかもしれないから、もう行くわね」


 リリアサがひらひらと手を振る。


「ありがとうございました。ザイリカさん」


 恭之介が丁寧に頭を下げる。


 それを最後に、二人は何ら躊躇せず裂け目に入っていった。


「……お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 ザイリカは、二人が見ないとわかっていたが、深々と頭を下げる。


 裂け目に入っていった二人の最後の会話が聞こえた。


「私の力は新しい世界でも役に立つでしょうか?」

「ふふ、今となってはね、確信持って言えるわ」

「え、本当ですか?」

「もちろん。恭之介君の力は人のためになるわ。絶対に」



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【完結】天下無双の武士、太平の世に居場所なし  ~剣極まりすぎて時空を斬り、異世界へ~ 那斗部ひろ @natobe_hiro203

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