第9話『埋め立て』


連載戯曲

 あすかのマンダラ池奮戦記⑨ 『埋め立て』


時: ある年の、暖かい秋

所: マンダラ池のほとり ミズホノサト


人物: 元宮あすか  女子高生

    イケスミ   マンダラ池の神

    フチスミ   イケスミの旧友の神

    桔梗     伴部村の女子高生(フチスミと一人二役) 

 




 戦闘音が土木機械の音に置き換わって明るくなる。もとのマンダラ池のほとり。手前にあすか、奥に桔梗が倒れている。


あすか: ……ん……マンダラ池……埋立て工事が始まってる……夢おち?(桔梗に気づく)フチスミさん!? フチスミさん、しっかりしてフチスミさん!

桔梗: ん……あすかさん……ここは?

あすか: マンダラ池ってか万代池、イケスミさんが住んでいたところ。大丈夫? 大丈夫だよね、神さまなんだからフチスミさんは。

桔梗: わたし、桔梗だよ。

あすか: 桔梗さん? どうして?


 ガードマンのオバサンの姿をしたイケスミがホイッスルをふきながら上手からくる。


イケスミ: ダンプは北から、むこうの方! ユンボこっち! 土ゆるいからそこで停めといて。(二人に)そこあぶないから、こっちの方で話してくれる。ごめんね。今日から工事始まっちゃうから……

桔梗: すみません。

あすか: ども……


 舞台中央で、ガードマンのイケスミと二人、交差。二人はイケスミに気づかない。


桔梗: オオミカミさまももどられたし、フチスミさん、あそこを離れられないと思うの……

あすか: そうか。ミズホノサトは廃村というか……沈んだまんまだし。桔梗さん、あそこに住むわけにもいかないんだ。

桔梗: 万代池も、ひどいことになってしまってるのね……

あすか: 時代の流れというのかね。あたしも長年……と言っても十数年だけど、万代池だなんて由来知らなかったからさ、マンダラ池だと思って、昨日なんか、ウンコふんづけちゃって、靴洗ってたりしたんだ。

桔梗: 靴洗っちゃたの、神さまの池で!?

あすか: 知らなかったんだもん……ごめんなさいって……ちゃんと謝ったんだよ……言っちゃあなんだけど、やっぱイケスミさんて、すねた神さまだよね、それで、あたしをひっかけて依代にしちゃうんだから……今ごろはオオミカミさまのスネしゃぶりつくしてんだろうね。ま、いいか、頭もよくしてもらったことだし……

桔梗: どっちもどっち、二人ともたくましい都会の神さまと人間。

あすか: 桔梗さん。しばらくあたしの家にいなよ。3LDKだけど、三人家族だからもぐりこめるよ。

桔梗: そんなの悪いよ。わたしも子供じゃないんだから……

あすか: そうしなって、ここへそろって送ってこられたのも、そういうおぼしめしだと思うの。

桔梗: だって……

イケスミ: だってもあさってもなーい!

二人: え……!?

イケスミ: まだ気がつかない?

二人: ……?

イケスミ: あ・た・し(ヘルメットとタオルをとる)

あすか: イケスミさん!

桔梗: どうかしたんですか!?

あすか: てっきりスネかじってると思ってたのに……その姿?

桔梗: 神さま廃業ですか?

あすか: だったらお父さんに頼んでもっと時給のいいパート紹介してもらったのに。

桔梗: おいたわしい……

イケスミ: うるせー!

桔梗: だって……

あすか: その姿……

イケスミ: これは、池の最後を見届けるための方便だよ。

あすか: ホーベン?

桔梗: ということは、まだ神さまでいらっしゃるんですね。

イケスミ: オオミカミさまに叱られてな。

あすか: キャッチセールスみたいなことするからだろ?

イケスミ: それもあるけどさ、ここを見捨てたことな……あすかも言ってただろ?

あすか: あれ、売り言葉に買い言葉。気にしないでくれる?

イケスミ: 池があろうとなかろうと、そこに人が住んでいるかぎり逃げてきちゃいけないって。

あすか: でも、人がいたって信者がいなきゃ。

イケスミ: いるよ。あすか、おまえが信者一号、桔梗が信者二号だ、よろしくな。

桔梗: アハハ……でもフチスミさんは……

イケスミ: あたしが兼任、元をたどればオオミカミさまにたどりつくんだから、どっちの信者になっても同じさ。フチスミさんは、しばらくはオオミカミさまと地元の復興……それに、あんたたちも、たどっていけば同じ一族なんだよ。

あすか: え、親類!? あたしたちが!?

イケスミ: あすかの元宮というのは、元宮司って意味で、天児一族の分家、三百年前にあたしといっしょにやってきた家系さ。

桔梗: でも、一族とは思いませんでした。

イケスミ: さすがの桔梗にもわからなかったか?

あすか: でも、親類だと思うとなんか嬉しいね。

桔梗: はい……でもお世話になるのは……

あすか: 硬いこと言うなよ。

イケスミ: あんたたちは双子の姉妹、二卵性の。そういうことにしといた。

二人: ええ!?

イケスミ: 役所の書類もそうしといたし、親も友だちも、みんなそういうふうに思ってる。

あすか: ええ、そんな……

イケスミ: ミズホノサトは必ず人がもどってくる。少しずつ水もひいて、もとの生活がね……でも、それには何十年もかかるだろう。それまで桔梗を天涯孤独の身の上にしておくのはかわいそうだ……これはオオミカミさまのおぼしめしでもある……それとも、桔梗と姉妹じゃ不足かあ?

あすか: ないない。ねえ?

桔梗: え、ええ。

イケスミ: そうときまれば、やることは一つだけ。

あすか: え、なんかすんの?

イケスミ: 双子でも、姉と妹の区別がいる。

あすか: そりゃ、誕生日の早いほうが……

イケスミ: バカ、双子の誕生日はいっしょにきまってるじゃないか。

桔梗: 何をするんですか?

イケスミ: ここから、自分の家まで、ヨーイドンで走る。先についた方がお姉ちゃんだ。いいな。

あすか: ようし、足には自信が……

桔梗: わたしだって!

イケスミ: それじゃ……(競技用のピストルを出す)ヨーイ……

あすか: っと、その前に一つ聞いていい?

イケスミ: なんだい、ずっこけるだろーが!

あすか: オオミカミさまたちの出雲会議がさ……あんなに長引いた理由ってのは? よっぽど大事な議題なんでしょ?

イケスミ: ああ、人と自然の将来に関わる大切な話をされていたのさ、ずいぶんもめたみたいだけどね。

あすか: で、結論は?

桔梗: それは……

イケスミ: こうして、あんたたちとわたしがいる。それが結論……と、いうことで納得しろ。

あすか: こうして、あたしたちがいることが……

イケスミ: それじゃいくよ、ヨーイ……っとその前に。

あすか: なによ、ずっこけるじゃないよ!?

桔梗: アハハハ……

あすか: なによ!?

イケスミ: 実は、あのオール五の成績票ね。

あすか: そうそう、ごほうびの……(ポケットに手をやる)ない……ポケットのどこにもない!?

イケスミ: 戦いの最中に、おっことしたんだよ。

あすか: え?

イケスミ: フチスミさんが拾ってくれた。そうだよね?

桔梗: え、ええ。

イケスミ: それをあずかったのがこれ……

あすか: ありが……とうに破れてるじゃん!?

イケスミ: 戦いの最中だもん……

あすか: じゃ、もとのあたしにもどったってわけ!? せっかく真田コーチと同じ学校いけると思ったのに……

桔梗: いいじゃない、受験までにはまだ間がある。今度は自分の力で。わたしも応援するから。

イケスミ: じゃ、今度こそいくぞ。待ったなし……ヨーイ……ドン(本物の競技用がいい)


 花道(通路)を本気で駆ける二人、見送るイケスミ。


イケスミ: ……どっちが勝つにしろ、着いたころには、本当の姉妹と思い込んでいるはず、そういう魔法がかけてあるんだから……さあ、またせたな! 埋め立てるよ、ユンボはむこうから、ブルドーザーこっち、ダンプも前に進んで……(観客に)じっと観てないで拍手! おしまいだから幕はおろして……


 イケスミ、まるで現場監督のようにホイッスルを吹き、埋め立ての指揮をとるうちに幕。(余裕があれば、キャスト、スタッフが出てきて、鳴り物入りでフィナーレにしてもいい。ラストのイケスミの台詞「じっと観てないで拍手」のあたりで)




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連載戯曲『あすかのマンダラ池奮戦記』 武者走走九郎or大橋むつお @magaki018

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