2021年3月14日(chapter.4/18)
2.ラブ&ピースじゃよ、少年。
悩んだ。
悩んでいた。
場所はエキチカのお菓子売り場。
日付は3月14日。ホワイトデーのまさに当日だった。
紅音は決してモテないわけではない。それこそ安売りの板チョコという義理丸出しのものを含めていいのであれば、毎年必ず数個は貰えるくらいの相手はいる。
従って、ホワイトデーにお返しを用意するのもまた、初めてのことではない。いつもであれば相手の好みと貰ったものと、本気度も考慮に入れて、毎年きちんと用意をしているのが紅音であり、その選択にそこまでの迷いはないのだが、1人だけ例外的に、毎回何を渡すかを悩んでしまう相手が一人いる。
西園寺
紅音の妹だ。
もちろん、ここの関係性はちゃんと血のつながった兄妹だし、別に妹が「お兄ちゃんのことなんか全然好きじゃないんだからねっ!」とか言いながら、明らかに本命と思わしき豪華なチョコを渡してくるようなガチ恋ブラコンでもない。
兄は妹のことを、妹は兄のことを、家族としての好意を持っている、普通の兄妹関係なのだ。
ただ、
「手作りなんだよなぁ……」
そう。
一応、家庭で気軽に作れる範囲のものだとは思われるし、専用の機械や器具を導入している気配はない。
そう考えると、あくまで「妹がちょっと頑張って作った手作りチョコ」という理解をするべきだし、兄としてもまた、それ相応のお返しをするのが正しいあり方なのは分かっている。
ただ、
「うーん……」
悩んだ。
悩んでいた。
西園寺紅音はそれでも悩みまくっていた。
それくらい彼にとっての優姫や、優姫にとっての紅音は特別な存在なのだ。
だからこそ、きちんとお返しがしたい。
しかし、手作りは駄目だ。
紅音が菓子を手作りしようものならば、優姫のものから数段ランクが下がったものになるのは目に見えているし、それを受け取った彼女の反応には、「何とか兄を傷つけないようにしたい」という苦心が入りこんでしまうのは分かりきっている。手作りの方が、思いがこもっていていいと考える人もいるとは思うが、紅音からすると、それは一定の技術力がある場合なんじゃないかと思う。
困った。
あたり一面見渡す限り菓子屋が並んでいるこのフロアは、ホワイトデー当日ということで一層気合が入っているように見える。そのおかげで選択肢だけはあるのだが、ありすぎるのも考え物だ。
紅音のような素人だと、正直その差が全く分からない。○○を使った××と言われてもまずその○○や××が何だか分からない。全くのお手上げである。
「ふぉーっふぉっふぉっふぉっ……なにやらお困りのようじゃのう」
「…………はい?」
突然だった。
突然すぎてろくな反応が出来なかった。
紅音の隣に、いつの間にか初老と思わしき男性が立っていた。
身長は……紅音よりも高いことを考えると恐らくは180cm以上だろう。細身のその男性は白の混じった口ひげと、頭髪、それに眼鏡という風貌で、どことなく存在感が漂っていた。
いくつくらいだろう?頭髪や口髭の感じからすると50歳超えているようにも見えるが、肌の感じや、雰囲気はもっと若そうな印象を受ける。そして、
「ホワイトデーというのはいいものだのう。皆、相手が喜んでくれるかを考えて選んでおる。これも青春じゃ。ふぉーっふぉっふぉっふぉっ」
口調と内容は大分年寄りっぽかった。取り合えず、年齢不詳ということにしておきたい。
そんな男性は紅音に、
「少年。あてて見せよう。君は今日、誰か特別な人から貰った手作りバレンタインデーチョコのお返しを選びに来た。けれど迷っている。違うかな?」
「……え」
あたりだ。
全く反応できない紅音を見て、図星と判断したのか男性は、
「ふぉーっふぉっふぉっふぉっ……あたりのようじゃな。なに、おどろくことではない。少年のような「お返し慣れ」をしていそうな子が、売り場で悩んでいる。そうなれば答えはおのずと決まってくる。相手からの思いをどう返したらよいのか悩んでいる、といったところだ。少年ほどのイケメンが悩むのであれば、それはもう手作りのチョコレートだろう。そう踏んだんじゃ。もちろん、誰から貰ったものかはわしにも分からんがの」
凄い。
この短時間でそこまでを見抜かれるとは思わなかった。
正直言って怪しいどころの騒ぎではない相手だが、少なくとも悪人ではないだろう。なので、
「あの」
「なんじゃ?」
「妹からなんですよ、貰ったの」
「ほう、妹さんから。それは所謂「がちこい」というやつかの?」
思ったよりも言葉が若い。それはともかくとして、
「いえ……それはないと思います。ただ、そうですね……強く大切に思ってくれてるのは間違いないです。あいつはずっと俺のことを見ててくれて。それで、毎年のように気合の入ったのをくれるんですけど」
「いいお返しが出来ていないような気がする、というわけじゃな?」
紅音は無言で頷く。男性は暫く腕を組んで考え込むと、
「少年」
「はい」
「大事なのはな、愛なんじゃ」
「……はい?」
突然何を言い出すんだろう。
ただ、彼は至極本気で、
「バレンタインデーやホワイトデーに限らず、世の中には様々な「贈り物をする日」があるじゃろ?皆はそれらの機会に「何を送ろう」とか「何を返したらいいだろう」と頭を悩ませるかもしれない。じゃが、わしは思うのじゃ。それらの日にある本質は「相手を愛する気持ち」なんじゃないかと。ラブ&ピースじゃよ、少年。相手を喜ばせたい。これを貰って欲しい。そんな気持ちさえあれば、物は関係ないんじゃないかとわしはおもうんじゃ。これでは答えにならんかもしれんがの」
そんなことを言ってのけた。
正直、そんなことで、と思わなくもない。
ただ、一方で「そうなのかもしれないな」と思わせる説得力が、彼にはあった。
彼は更に続けて、
「だから、少年。自分が「これを送りたい」「喜んでもらえそうだな」と思うものを素直に選んだらいいんじゃないかと、そう思うんじゃ。それじゃ、わしはすこし用事を思い出したからこれで失礼するぞ」
とだけ言い残して、普通に歩いて去っていった。一体何者だったのだろう。
何を送るか、ではない。
気持ちが大事。
言ってしまえばそんなに目新しい台詞ではない。
ただ、それらは何故か妙な説得力があった。あの人の雰囲気によるものなのだろうか。
「選んでみるか……」
紅音は一人呟いて、フロアめぐりを再開する。視界に映るものはやはりどれも美味しそうで、紅音にはあまり差は分からない。
ただ、
「何を送るか、じゃない。か」
不思議と紅音の足取りは軽かった。
◇
数十分後。
買い物を終えた紅音の元に、どこからか再び先ほどの男性が現れた。
「君にこれを送ろう」
「…………はい?」
渡された紙袋の中身は割かしずっしりとした箱だった。なんだろう。まさか爆弾とかではないよな?
男性はそんな紅音の心を読むように、
「菓子折りじゃ。君の純粋に悩む姿にぐっと来てのう。わしからのプレゼントじゃ。妹さんにあげるもよし。家族で分けるもよし。好きな子にあげるもよし。もちろん独り占めしてもいい。それは君の自由じゃ。それじゃ、わしはもう行くぞ。また会えるといいのう。ふぉーっふぉっふぉっふぉっ」
とだけ告げて、嵐のように去っていった。
「なんなんだ、一体……」
呟いて手元の紙袋から、菓子折りを取り出してみる。そこには漢字で「
これくらいなら紅音でも知っている。バームクーヘンを中心とした、洋菓子専門店の名前じゃないか。なるほど、どうりで重いわけだ。
「これをくれるって一体誰なんだ……あの人は……」
ちなみに後日、紅音がこの菓子折りを優姫に見せ、事の顛末を説明し、実はその怪しい男性は、「源五郎」の創始者であり、現・会長で、大変お偉い人である上に、優姫がちょっとしたファンであったことが発覚し、「なんで連絡先とか聞いておかないの。これだからお兄は……」と文句を言われたことはまた、別の話。
……そんな偉い人だったのか、あのおっさん。
朱に交われば紅くなる しょーと! 蒼風 @soufu3414
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