第16話 少しだけ同情した
キルケゴーンの部屋は、温室のような場所だった。中央にあるテーブルに誘われるが、カリノは興味なさげに温室の出入り口近くの地面に座った。
「あぁ、ちゃんと魔工学の初級の本を貸してくれたんだね。よかったよかった。はい。君へのプレゼントだ」
目の前に返される本に、どういうことかと声を漏らしてしまうと、キルケゴーンは楽し気に答える。
「魔工学は、元々君と同じ転生者が広めた技術ね。魔力も少ない人が作った電池代わりに魔石を使った技術だから、フジにも使い易い技術が多いはずだ」
何を言われているのか、耳を疑った。
当たり前のように言われ過ぎて、一瞬受け入れそうになったが、キルケゴーンははっきりと言った。自分のことを”転生者”と。
「生命の魔女だぜ? それくらいわかるよ。それに、魂が見えてる奴らならわかるよ」
言葉が出てこなかった。
少しだけ怖くなって、カリノの方へ振り返るが、出入り口付近で寝ているようだった。
「本当に君は面白いな。うんうん。そんないい反応されちゃうと、もっと驚かせたくなっちゃうじゃないか」
「もっと驚くようなことがあるんですね……」
細められる目が、少し恐ろしくもあった。
「この世界に本来、魔王族ってものは存在しない。神が作ったっていう意味じゃ、存在すると言っても間違いではないけどね」
魔王は代々、先代魔王が新しい魔王が倒されることで代替わりが行われるが、あくまで魔王族という種族の話だった。
魔王族の特徴として、敵を倒せば倒すだけその力を吸収していくという特徴があり、それが結果として数多の魔族を収める力になっていた。その特徴により、新魔王は常に、歴代魔王の中で最強となる。
「それ、転生者のステータスバグなんだ」
「……はい?」
困ったように笑うキルケゴーンは、紅茶に口をつけながら、言いづらそうに語り始める。
「一長一短で力はつかないものだろ? この世界もそうなんだけど、転生者は本来別の世界で暮らしてたわけだから、能力が違うわけだ。君ってゲームとかするタイプ? するタイプなら、ゲームごとにステータスって別だろう? 似たようなものでね、こっちの都合で転生させる手前、転生者にはできるだけ違和感がないように、能力を合わせるんだ。
だけど、向こうには魔物が存在しないだろ? だから、魔物を倒した場合、能力の計測に齟齬が生まれ、バグるんだ。少なくとも、その魔物を倒せる能力はあるはずって再計算をされる。
その結果が、相手の力を吸収して強くなったように見えるって状況なんだ」
内緒な。と、はにかんだ笑みを見せるキルケゴーンだが、そんな笑みとか、内緒以前の問題が多すぎる。
自分が転生者であるがバレていることだけじゃない。今の話は、いくら魔女とはいえ詳しすぎる。まるで当事者のようだ。
「あー……当事者だしな」
かわいらしい人形が、これまた大問題の解答を答える。
「ま、待って。俺、え、えぇっ」
「あぁ、ほら。カモミールティーだ。少し落ち着きなさい」
カモミール程度では、落ち着くわけがない状況。
だって、目の前には、先々代魔王の魂と言われていた人形。そして、それに当事者だと言われた魔女。
そういえば、転生の時、他にも転生者はいるようなことを言っていた。言っていたが、まさか目の前にいるとは思わなかった。
「キルケゴーンさんも、転生者ってことですか?」
「いや、私は送る方だよ」
正確には、送っていた方だけど。と、付け足されるが、そういう問題ではない。
要はあの武神の娘と言っていた神側の人間ということだ。
「さすがに、死んだ者を生き返らせるなんて、その世界の理に生きている人間にはできないよ。蘇生ができるのは、理の外側の存在だけ。つまり、僕は、君を転生させた神側の人間ってことさ」
頭痛がひどく感じた。
一息に出されたハーブティーを飲み切ると、キルケゴーンを見据える。
「その、神様が、一体なにをしにきたんですか?」
震える手。
また理不尽な呪いでもかけられるのではないか。今度は殺されるかもしれない。
力なんてない。だけど、逃げる手段は習った。自らの元へ逃げてこられれば、守ってあげると言ってくれた人もいる。
たった一度だけでいい。命を繋げられればいい。
「何もしないよ」
緊張とは裏腹に、気の抜けた返事。
「本当に君は息子のように思っているし、むしろ、息子のためならおいしいごはんも勉強の本も用意するさ!
それに、私は駆け落ちしたからね。天界とはもう関係ない」
「ぇ……」
「ほらほら、スコーンもタルトもあるよ。エクレアなんてどうだい?」
魔法で現れるお菓子たちと注がれる紅茶に、フジは目を白黒させながら、開いていた口元へ押し込まれたエクレアを慌てて支える。
「難しく考えなくていい。それとも、フジは案外恋バナとか好きなのかな? 別に男の子だからって偏見はないよ! むしろ、ダーリンのカッコよさにライバルが増えないかの方が心配だ! 惚れちゃダメだぞ?」
「絶対ないです」
「それはそれで少しは揺れてほしいんだけどな」
複雑な乙女心とでもいうのだろうか。
フジはエクレアを齧りながら、追いついてこない心と頭を整理する。
キルケゴーンは神のようだが、別に天界からの監視とかでもなく、転生者に何かをするわけではない。単純に、この人形、先々代魔王と駆け落ちしただけらしい。
どうにも納得いかないような気もするが、曲者だらけで、話がまともに通じると思ってはいけない八柱のひとりであることを思えば、妙に納得できるのが恐ろしい。
「ぶっちゃけついでに、最近話題のシヴァは僕の妹なんだ!」
「ゴホッ!!」
濃厚なカスタードクリームが鼻に入って、鋭い痛みに涙が出てくる。肺に入りかけたエクレアを吐き出そうと咳き込み、酸欠に気持ち悪くなってくる。
「そんなに慌てなくても、おかしならいっぱい出してあげるよ!?」
「どう見ても違うって……」
ふたりに介抱され、少しずつ落ち着いてくると、先々代魔王の方が、シヴァとなにかあったのか聞いてきた。
「ちょっと、はい、呪いをかけられまして……」
「……もしかして、痴話喧嘩に巻き込まれる系?」
「なんでそれを……」
「じゃあ、アレ、アイツのせいじゃないか! 俺、引きちぎられたんだぞ!?」
聞けば、先々代魔王も昨夜、なぜか魔族の痴話喧嘩に巻き込まれ、それに嫉妬したキルケゴーンにお仕置きと称して引きちぎられたらしい。
当時は運が悪かったと思ったが、すでに直してもらってはいる途中で、キルケゴーンに何か呪いを感じると言われたらしい。その呪いは祓ってあるが、呪いと言われた時に、一応頭にはノゾミのことは浮かんだらしい。
しかし、あまりに妙な呪いのため、違うかと容疑者から外していた。
「そういえば、いつでも使えるようにって札にしてたような……」
「燃やしとけ!?」
「あまり、意味がない気がしますけど……」
今度見たら、燃やしておこう。
しかし、そのシヴァは、今、勇者として魔王軍を倒しに向かっているという。いくら天界から駆け落ちしたとはいえ、実の姉妹が敵に回るなんて、キルケゴーンとしても複雑な気持ちだろう。
「全力で逃げるよ。顔合わせたら天罰どころじゃないだろうからね」
「ある意味、裏切りみたいなものですからね」
魔王を倒すための仲間が欲しいと言っていたくらいだ。天界としては、魔王という存在が困るのだろう。
なのに、神のひとりが駆け落ちした挙句、魔王軍の幹部だ。天罰も下る。
「ダーリンが一緒に来いなんていうから、転生の仕事の申し送りとか、この世界の事とかなにも伝えずに駆け落ちしちゃったから、相当怒ってるだろうからね」
「そりゃ怒るよ」
つまり、シヴァは突然何の情報もない中、死者をどこに転生させれば安全かもわからず転生させ、その転生者が容易く死んでしまっては、上の人から怒られたのだろう。
そこだけは同情する。呪いに関しては許していないが。
異世界に転生したら魔王軍幹部のお世話係を任されました。 廿楽 亜久 @tudura
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