忘れられた者、忘れた者

黒夜

本編

ようやく定期テストが終わった。

ボクの通っている学校は幼馴染であり、親友でもある二人はいないから会えていない。

時間のある時にちょくちょく会うけどここ最近は定期テストのせいで会う時間が取れなかった。

でも、グループチャットとかで話をしたりはしてる……してるのだが……


「最近、紫音しおんがいないんだよなぁ」


前までは普通に話をしていた相手が急にいなくなれば流石のボクも心配する。

彼女はボクの親友で……好きな人だ。

でもボクも紫音も女の子同士……この恋は決して実らない物だということは分かっている。

だからボクの恋心は隠しながら紫音やかなでと接している。

三人と過ごす時間はとても心地良い……ボクの恋なんかでギクシャクした空気にしたくないと思うからこそこの想いは心の奥底に隠すんだ。


「あれ?あれは紫音のお兄さん?」


名前は確か……冬馬とうまさんだっけ?

いつもお兄さん呼びしているから正直覚えていない。


でも、せっかく見かけたんだし、紫音のことでも聞いてみようかな。


「おにいーさん!」

「……はぁ、お前か……上井かみいか。外では幸長ゆきなが先輩と呼べとあれだけ言っているのに……」


それはもうしょうがない、これは既に癖のような物だ。

なので紫音のお兄さんにはこの点だけは諦めて貰うつもりだ。


「それより聞きたいんだけどさ、紫音のことで何か知らない?」

「…………」


……あれ?どうしたんだろう?

ボクはただ紫音のことを尋ねただけなのに、どうしてお兄さんはそんな苦虫を噛み潰した表情をしているんだろう。


「今あいつは、変わった病に罹っている」

「え…………それって大丈夫なの?」

「命に関わる物じゃない。上井が知っているかは分からんが忘愛症候群という病名の病気らしい」

「ボウアイショウコウグン」


紫音の患った病の名前を聞いてボクの胸が痛くなる。

ボクがその病に知っていることは少なく、その病に掛かった人の好きな人のこと忘れていき、拒絶するようになる病気だということは知っている。

そして……片想いもしくは両想い、つまり恋をしているとその病に罹りやすいということだ。


つまり、紫音の好きな人がいたということになる。

ボクの想いが叶うことが無いとは知っていたのだが、実際にそうだと知ると胸が痛くなる。


「詳しい相手とかは俺も知らん。綾崎あやざきなら知ってるんじゃないか?」


そういえば今日、奏と会う約束をしている。

なら……その時に聞いてみよう。




近所のファミレスを集合場所にして、ボクたちは集まった。

どうやら既に紫音と奏は来ていたらしい。


「いやー、ごめんごめん!ちょっと話してたら遅れちゃって」

「別に私は気にしてないよ」

「…………」

「あれ?紫音どうしたの?」


何で無言なんだろう。

いつもなら『遅い』だとか文句の一つぐらい言うのに……


「ねぇ、奏……この人だれ?」

「…………………………え?」


紫音の一言にボクは思わず間が抜けた声が漏れ出てしまう。

ボクたちは小学校からの付き合いだ、それなのに誰だとか冗談にしてもタチが悪い。


「ねぇ、祐希ゆうきは紫音のお兄さんから聞いてないの?紫音のこと……」


心配そうに、どこか気遣うように聞いてきた奏の言葉にハッと思い出す。

今の紫音は愛する人の記憶が無くなる病気に罹っている。

紫音の愛する人などボクには分からなかった。

でも今の奏の言葉で嫌でも分かってしまった。

もしかして、紫音が好きだった人って…………ボク!?


「やっぱり、そうだったんだ」

「…………そうだったって?」


ボクの様子を見て微笑ましいような表情を奏は作る。

多分、今のボクは顔が真っ赤だろう……のぼせたように顔が熱くなってるし。


「紫音も祐希もお互いに好きだったんでしょ?」

「ふぇ!?」


何で!?誰にも話したことが無い筈なのに何で知っているの!?


「だって、祐希……紫音と話している時は特別嬉しそうだったから」


そうなのか、ボク自身気を付けているつもりでもバレバレだったのか。


ボクの恋は叶うかもしれないと期待を抱いているボクもいるが今の紫音には記憶が無い。

もう一度最初からやり直して、もし記憶が戻ったらボクの思いを紫音に告げよう。


「……?ねぇ君、奏の言っていることってどういうこと?」

「君って、ひどいなぁ。ボクには上井祐希って名前があるんだよ」

「……私は幸長紫音。よろしく?」

「あはは、確かに今の紫音じゃあ『初めまして』だね。それと奏の言うことだけど、ボクたちの関係は友達かな」

「……友達」


今日は他愛の無い会話をするだけで終わった。

帰ったら忘愛症候群について調べてみよう。




「ひどい……こんなのあんまりだよ!」


調べ終えたボクは思わず机を叩きつける。

調べて分かったのは忘愛症候群を治すことは不可能だという事実。

しかも、何度も何度も愛する人の記憶を忘れてしまうらしい。

いや……治す方法は一つだけあった。

でも、それは…………


「もう、ボクにはボクのことを覚えてる紫音には会えないの?」


愛する人が死ねば自然と記憶が戻ってくるそうだ。

紫音の場合、ボクが死ねばボクの記憶が戻ってくるらしい。


でも、もし戻っても……優しい紫音はきっと永遠に苦しんでしまうだろう。


「ボクが……臆病だから」


関係が壊れることを気にしすぎてボクは前に進めなかった。

気づいた時には既にどうしようもならない事態になってしまった。


これも、臆病だったボクに与えられた罰なのだろうか?




「ねぇ、祐希」

「どうしたの?」

「私たち女の子同士でしょ?祐希は女の私に恋されてるって知って引かないの?」

「引かないよ。なんせボクの心は広いからね!」

「ふぅん……」




今日の会話の一部が頭にフラッシュバックしてくる……ボクたちは最初から両思いだったんだ。

ならボクが勇気を出せば良かっただけの話なのに、ボクは何故前に進めなかったんだろう。


「ボクが死んだら……二人とも苦しむのかな?」


もしそうだったら、ボクは生きなきゃだな。

やっぱりどんなに苦しんでも命を絶つ道を歩むことは出来そうに無い。

ボクだけが苦しむだけで全てが丸く収まる。

なら、罪を償う為にボクは苦しみを背負い続けよう。




あれから数日後、紫音がボクと会うこと……話すことすら拒むようになってしまった。

紫音の病気は愛する人を忘れて、拒む・・病気だ……いずれこうなってしまうのはボクも覚悟していた。


でも、いざ拒絶されると、とても辛いなぁ。

愛する人なだけに余計に辛く感じる。

今までなら記憶が無くとも紫音と会うだけでもボクは幸せだったのに。




これで三日目だ……会いたい、話したい、ボクの想いを告げたい……何でボクはこんなに苦しまないといけないの?

普通の恋ってこんなに苦しい物なの?

あれ?息が苦しい……視界が、真っ暗に……




気がついたらボクはベッドの上にいた。


「大丈夫か?」


心配そうに尋ねてきた紫音のお兄さんを見て状況を察した。

ボクはあまりにも辛くて倒れてしまったらしい。

それで紫音のお兄さんがボクをここまで運んでくれたようだ。


「ごめん、ボクなら大丈夫……」

「状況は綾崎から聞いたが、本当に大丈夫かよ?」

「良く分かりませんけど、今の上井さんは顔色が悪いですよ?最近眠れていないんじゃ無いですか?」


保健室の先生の声も聞こえる……そうか、ここは学校だった。

なら心配させないように返事をしなきゃ……


「ボクは、本当に、大丈夫……」




『祐希!これ美味しいよ!食べてみてよ』

そう言って紫音はチーズケーキを差し出してきたっけ?


『これあげる。祐希ってこういうの好きでしょ?』

何気ない時にボクの好きな柚の香りの香水を紫音はくれた。


『高校は違うけど、これからもずっと友達だよ』

その言葉はボクと奏と紫音の三人で結んだ大切な約束だった。




「ぁ……」


何で、こんな時に、紫音の思い出ばかり思い浮かぶの?

どれもこれも宝石箱のように輝いていて、ボクにとっては一生の宝物。

他の何よりもボクは紫音の時間が楽しくて嬉しくて……幸せだった。


「ぁぁ……」

「上井?」

「上井さん?」


そうだ、ようやく分かった。

ボクはどうしようも無いほどに紫音のことが好きだったんだ。

愛していたんだ……一生を共にしたいと思うほどに。


でももう、紫音には想いを告げることすら許されない。

伝えても拒絶されるだけだと分かりきっている。


気がついた時にはもう、涙が止まらなくなった。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


ボクの声が堰を切ったかのように止まらず、悲しみのままに叫ぶ。

ここが公共の場だということすら忘れて、配慮すらせずに慟哭する。

涙が溢れて溢れて止まってくれない。

視界が滲んで歪むし、ベッドの上はボクの涙で濡れるが自分の意思では止まらないほどに溢れてくる。


「上井さん!?大丈夫ですか!?上井さん!!!」

「上井落ち着け!心を強く持つんだ!お前が壊れても綾崎や紫音が悲しむだけだ!!!今は落ち着くんだ!!!」


先生や紫音のお兄さんが何か言ってくるけど何も聞こえない……意味のある言葉と思えない。

自分の気持ちに気づいてしまったのに手遅れで……どうしようもなく愛しているのに拒絶される未来しか見えない。

そのことに気づかされてしまった。


今までは紫音や奏を悲しませたくない……苦しませたくないという思いだけで苦しくても生きてきた。

でも今は生きることそのものが辛い。

希望が無く、救いも無く、苦しみしかない道を歩むの嫌になる。


ごめん、お父さん、お母さん、雪菜ゆきな、奏…………紫音。

ボクはもうこれ以上生きれそうにない……生きたくない。

早く、楽になりたい。




結局ボクは家に帰された。

自宅には先生が送ってくれた……後日カウンセラーがどうたらこうたら言っていたけどこれ以上生きたくないから詳しいことは何一つ覚えていない。

一刻も早く楽になりたかった……でもせめて、手紙は書こう。




両親への手紙、妹の雪菜への手紙、奏への手紙、紫音への手紙……全て書き終えた。


後は台所にある手頃な包丁を持とう……これが良いかな。


「最期にこれだけは言っておかないと……」


床に座って刃を自分の首元に当てて、ボクは最期の言葉を呟いた。


「紫音……愛してたよ」


やっと言えた……これがボクの最初で最後の愛の言葉。

こんなに簡単に言えるなら……何でもっと早くに言えなかったんだろう。

…………後悔しても手遅れってこういうことなのかな?


ああ……ドクドクと赤い液体が身体から抜けてくる。

身体が震えるように寒い……視界が滲んで来た。


やり直せるなら……もっと自分の気持ちを優先にして行動出来ますように。


それだけを願って……ボクの意識は身体の怠さと眠気に負けて視界を閉ざした。






「…………え?」


朝起きたら、唐突に祐希のことが思い浮かんだ。

今まで頭を覆ってたモヤが晴れたように今は記憶がハッキリしている。

何で今まで祐希のことを忘れたんだろう?


「早く、行かないと」


何故か今すぐ祐希の元に行かないといけない気がした。


ピンポーン


そこでチャイムの音が聞こえる……朝早くになんだ。

私は祐希の元に行かないといけないんだ。

お客の相手は兄さんに任せよう。


「紫音」

「……なによ」


何で邪魔するのよ、私は一秒でも早くに……


「警察がお前に用があるそうだ」

「え?」

「お前は何も悪くないが、一緒に行ってやってくれ」


意味が分からなかったが私は大人しく従うことにした。




「あの、私に何の用事ですか?」


パトカーに乗せられながら私は警官に尋ねる。

警官は困ったように答えてくれた。


「貴女が幸長紫音さんですね?」

「はい」

「そして忘愛症候群の患者であったと……」

「……それがどうしたんですか?」

「私の口からは言えませんが、行き先はここです」


結局、警官は何も教えてくれなかった。



辿り着いた場所は病院だった。

警官に連れられて病院の中に行くと祐希の両親や妹の雪菜ちゃん……奏もいた。

みんな泣いている……この場にいないのは祐希だけだった。


「奏……どうしたの?それと祐希は?」

「祐希は………………死んだの」

「………………………………は?」


ユウキが……ゆうきが……祐希が死んだ?


「…………自殺、だった」


何で?何で祐希が自殺しないといけないの?


「ごめん、私は気づけなかった。祐希がどれだけ苦しんでたのかも、祐希の心が限界だったことにも……」

「…………祐希に、会わせてくれませんか?」


気がついたら私はその言葉を口から出していた。

認めたくなかった、祐希は生きてると思いたかった。


「本来なら遺族以外には合わせられませんが……」

「会ってあげてください。娘もきっと喜びます」


許可を得たことで病院の遺体を放置してる部屋に連れて行ってもらった私は……祐希が死んでいることが真実だと知らされてしまった。


「…………祐希」


顔の上に乗せられた白い布を退かして顔を見るとどこか悲しそうな表情で眠った祐希がいた。

祐希の首元を触る……生き物と思えないほどに冷たい。

生きている人の温かさは失われていた。


「これを……警察の人に渡されました」

「……何ですか」


医者に渡されたのは紫色のチューリップが描かれた封筒だった。

そういえば、祐希は可愛い物に目が無かった。

多分、これは……


「祐希さんが貴女に遺した手紙です。読んであげてください」


そう言われて私は封筒を開いて中に入っていた紙に書かれた祐希の手描き文字を読む。



『これを読んでくれている紫音の記憶って戻ったのかな?それともまだ無いままなのかな?破かないで最後まで読んでくれたら嬉しいな。ボクは記憶が戻っている前提で書くから戻っていないなら、そうだったんだ程度に思って読んでね?

記憶が戻っていたのなら謝りたい、ごめんね。これを読んでいるってことはボクの死体が発見されて、机の上に残しておいた手紙を渡されたのだと思う。

最初は、死ぬ気は無かった。例え記憶が無くとも紫音と一緒にいれればそれで良いとも思っていた。でも会わず、話さずの日々が続いてボクは気づいてしまった。

ボクはずっと紫音が好きだったことに。これは友達としてじゃない……恋人としての好きだ。

ボクが臆病で話せなくて後悔して、手遅れだと気づいてしまってボクはもう拒絶される苦しみに耐えられなかった。でもボクの心が弱かっただけの話だから紫音が責任を感じる必要は無いんだ。

ボクは紫音には生きて欲しい、幸せに生きて欲しい……だから天国か地獄かは分からないけどボクのところにはすぐには来ないで欲しいな?

長くなったね、こんなに書くつもりはなかったのに。最後に……愛してるよ紫音。ボクがずっと紫音のことを想ってたことだけは、出来ればで良いから、忘れないで欲しいな?

                               臆病なボクより


PS:ボクのことに縛れず、幸せになってね?紫音が幸せであることがボクの何よりの願いだ。…………さよなら、また会う日まで』



全てを読み終えた時には私は目から涙が溢れて止まらなかった。

今の表現しようのない気持ちで壊れてしまいそうなのを必死に抑えるために私は祐希の亡骸にしがみついて泣き叫ぶ。


「なんで、なんで死んじゃうのよぉぉぉぉぉ!!!」


私も好きなんだ……祐希のことが大好きなんだ……愛しているのだ。

こんなお別れなんて、あんまりだ!!!


神様、神様、どうか……どうかもう一度祐希と会わせてください。


そう願っても叶うことが無いのは私にだって分かっている。

ああ、祐希もこんな気持ちだったのか……何で私は祐希を拒んでしまったのだろう。

拒まなければ祐希を苦しませることも……追い詰めることも無かったのに。


神様、これは素直になれなかった私への……祐希を愛してしまった私への……罰ですか?

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