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20年前を思い出そうとしたら、一番最初に、下から見上げた理(おさむ)の端麗な横顔が瞼に浮かんだ。

その横顔が、爽やかにはにかむ。



高校 二年生の夏、俺は「親の都合」で東京から大阪に転校してきた。夏休みに職員室から校門横のロッカーに行く途中、第一グラウンドから部活中の生徒達の声が、猛暑に負けじと吠えるように響いてきた。

「暑……っ。」

毎年夏バテする超文化系な俺は、頭から溢れ落ちる汗を拳で拭った。周りが言うには、俺は一見、「ランナー系か弓道系のスポーツしてる系」らしい。身長175cmの細マッチョ。しかし、体質がそうなだけであって、けして体育会系ではない。走りは遅いし、バスケットやサッカーのゴールは殆ど入った事がない。スポーツ音痴すぎて嫌になる位だ。せめて、エスカレーターではなく階段を使ったり、電車やバス内では極力立つようにしている。

「パス! 」

夏の部活中のグラウンドから、一際耳を惹かれた声が聞こえた。暑さでうつろな目を向けると、クリアに視界が開けてくる。

熱いグラウンドの中に、バスケットボール部が練習試合で、溌剌に走り回っているのが見えた。





周りの部員達よりも飛び抜けて背が高く、運動神経の良さそうな足も大変長い、黒髪の短髪のヤツがぐんを抜いた快速なドリブルの後、グラウンド全体に震撼させるような強烈なダンクをゴールに叩きつけた。

「うわあ。」と目を奪われて、手の甲で汗を拭いながら見入っている俺の姿を、ヤツも溢れる汗を服で拭いながら、気付いて顔を向けた。

― こいつ、顔までイケメンかよ! ―

転校早々、この虚しい大きいショック……。






二番目に思い出すなら、 半袖の白いカッターシャツの、理の広い背中だろう。俺より理の身長が20cmも高いのに、椅子に座ると頭の位置があまり変わらないのも虚しすぎる。もし、あいつに再会できる奇跡が俺に訪れてくれるなら、そんな何気ない日常を共に過ごして、そんな穏やかな関係を大切にしていきたい。

芸術大学を卒業して、美術教師の道を歩み始めた。私立の高校を非常勤、常勤と転々として、ようやく今年から公立高校の常勤に就けた。

美術教師になり日々を暮らしていくと、必然的に高校時代の美術教師の、冴羽(さえば)先生を思い出す。俺の中の先生は、いまだ当時の40代半ばのイメージのままだ。今は65歳くらいになるのかな。

白髪が混じり始めた髪を整えて、落ち着いた金縁の眼鏡をかけた、寡黙な男の先生であった。


「佐崎先生、おはようございます! 」

「あっ、おはよう! 」

「先生、今日もカッコイイです! 」

「ハハハ、褒めても課題の期限は延ばさないぞ~。」

「先生のケチ! 」

そうやって、美術科目を受講する彼女達は明るく笑って、賑やかに各自のクラスルームに向かっていった 。

「佐崎センセイ、朝からモテモテ! 俺にも相手して、妬いちゃう!!  」

「えっ! 清水先生!? 」

俺と女子生徒達のやり取りを4m後ろで見ていた清水先生が、片手で口を抑えながら「うぷぷ」と笑っていた。

今日も清水先生はイケメンだ。人によったら「チャラい」部類に入るかもしれない。しかし、根は真面目で大変生徒思いの先生だ。

俺より少し背が高いが、少し細い。もう45歳になるのに、皺もほとんど無く、ファッションセンスも若い子に劣らず、スタイルも大変良い。ヘアスタイルも、教師とは思えない、部分パーマ+刈り上げの2ブロックで、本人曰く、「ギリギリ規定範囲内☆」と言う(ブラックに近いグレーラインじゃないだろうか(汗))。




「そうそう、佐崎センセイ。今晩デートしな~い?? 」

「えっ(汗)! 」

「めっちゃ嫌そうな声ね~(笑)。大丈夫! 襲わないよ! ボク、年上好みだから☆ ……ギャッ!? 」

いきなり大きい掌が清水先生の襟首を鷲掴んで引っ張った。

「木田先生! おはようございます! 」

「佐崎先生、おはようございます。」

「ちょっと! 俺の時と態度違くね(汗)!? 」

「「そりゃ、そうだろ / そうでしょ。」」

声まで合わさなくてイイデショ!と、プンスカ騒ぐ清水先生を放っといて、彼が誘ってきた用事の詳細を木田先生が説明してくれた。

木田先生は、清水先生の一歳年上の地学の先生で、清水先生と同じく、歳より大分若く見える。地毛の淡い色の、短髪のソフトモヒカンに、面長の掘りのある顔は、サッカー日本代表の某イケメン名選手に大変似ている。何故俺の周りは、こんなにイケメンが集まるのだろう。

俺が虚しい青筋を立てていると、木田先生が気を遣って話を続けてくれた。

「教材の資料の下見、私も同行します。ちゃんと清水先生を監視するので、安心して下さい。」

「チョット、木田センセイ! ソレどーゆー意味!」

「あん??」

「スミマセン!」

昔の木田先生と清水先生のこんな愉快なやり取りが、もう一度見られる時がやってきて、心からホッとして、笑った。




えっ、前の席、こいつなの? え、黒板見えなくない(汗)?

転校して、二学期の初日、例のバスケの長身イケメンが、上半身を振り向けて、

「よろしく!」

と、爽やかで純粋なイケメンスマイルを、魂の抜けている俺に投げてきた。

「……よ、よろしく……。」

……あれ? 目の位置、あまり変わらなくない?

  俺の紹介と挨拶も兼ねたホームルームが終わって、早速長身イケメンが振り返って声をかけてきた。

「俺、松 理(まつ おさむ)って言うんだ。夏休みに学校で目が合った、あの時の、俺だよ! 覚えてる?」

「あ、ああ。覚えてるよ……。」

……何でこいつ、こんなにハイテンションなの(汗)?

「覚えていてくれたの!? うわっ、めっちゃ嬉しい! 同じクラスで席も前後ですごいよな! これから、よろしく! 」

そう言って、差し出してきた手も、スポーツマンらしい大きい手で、骨格も目に見えてしっかりしいるが、指先や手首などには適度な繊細さもある。

手までイケメン過ぎて、もう何でも良くなってきた(涙)。

松 理はこの通り、クラスでも大変人気があるようで、クラス一のイケメン+転校生というシチュエーションで、どんどん周りにクラスメイト達が興味津々に集まってきた。

人見知りな俺がまさに失神しそうだったこの時、理の俺に対する芽生え始めた想いに気付く由は全くなかった。




「見て見て! 佐崎クン! アンモナイト、500円で売ってるよ! 」

「アンモナイト!? 先生、また僕をからかう気で……あれ? 本当だ!? 」

仕事が終わってから、三人で教材の下見に、梅田に足を運んだ。先に清水先生の古典の教材の下見をして、今は木田先生の地学の教材を見に、サイエンスショップに来ている。ガラスケースの中の、最新の宇宙儀を凝視しながら木田先生が説明してくれた。

「アンモナイトの化石の値段もピンからキリまでで、種類の多い、小さなものなら今で言うアサリみたいなものですから。外国の場所によったら、沢山産出されています。」

木田先生が俺達に顔を上げた。真剣に宇宙儀を見ていたままの熱い眼差しは、うん、イケメン度がかなり増している。

「隕石も欠片なら、日本国内でも輸入されたものがよく販売されていますよ……あれ? 」

顔を上げた視線の先の二人の向こうに、なんと見つけてしまった。

「松君だ。」






少し遠くに位置するカフェから、黒髪短髪の、相変わらず長身モデル体型の松 理が出てきた。

彼に続いて出てきた人物に、木田先生が切れる目を見開いて、口を強く引き締めた。

木田先生に釣られてその方向を向いたら、俺も清水先生も、目を丸くして息を詰まらせた。


冴羽先生。


20年前より、白髪の割合は増えたが、整えられた髪と紳士的な姿勢は変わっていない。灯りを帯びない眼差しも。

理が冴羽先生に声を掛けようと振り返ったので、俺は咄嗟に清水先生の後ろに隠れた。清水先生に続いて気付いた木田先生が、清水先生の横へ歩み、盾になって俺を隠してくれた。

鼓動が急激に高鳴り、息が荒くなる。清水先生の背中を強く掴む。

アレが、フラッシュバックする。

自分自身の滲む脂汗に気を取られて、この時、冴羽先生に緊張する、表情が強ばった清水先生に気付かなかった。

俺達の気配に気付いた冴羽先生に続いて、理がこちらを振り向いた。

20年前、清水先生は冴羽先生に襲われて、俺は理に壁に押しやられた。



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Blue after blue 赤城春輔 @HarusukeAkagi

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