旬を楽しむなら、そのままに限る

きばとり 紅

本編

 チョコレートが、ない!

 迂闊だった。毎年ゆっくりと売れ残りの奴を漁れば良かろうと思っていた私は、スーパーで空っぽのお菓子棚を前に呆然とするほかなかった。

「それでは、あちらの高級ブランドチョコレートなんていかがでしょう」

 などと、店員は言うまいが、まぁ、そんな目で私を見るわけである。

 冗談ではない!

 たしかにそれは実際美味かろう。しかし私が求めているチョコレートの味ではないのだ。

 そう、それはこの二月十四日前後でしか味わいえない特別なチョコレート。単純に美味しい、不味いの問題ではないぞ。

 ……と、一席ぶったところで目の前にチョコレートが現れるわけではない。

 私は泣く泣く家路についた。ああ、食べたかったなァ、バレンタインのチョコレート……。

 無念を抱える私を自宅に灯された明かりが暖かく出迎えた。だが私は一人暮らしだ。私の視界に屋内で蠢く人影が映る。

 空き巣でも中で待ち構えているか、と、私は緊張した……わけではない。

 既に鍵が開いている玄関を開けると、すぐ目の前のリビングで寛いでいる様子の妹がけだるげに反応した。

「おかえり~」

「ただいま。なんだ、また勝手に上がって」

「いいじゃんいいじゃん。家近いんだからさァ」

 そう言って妹が差し出したのは、綺麗なラッピングの紙袋に納まったチョコレートだ。

「はい、コレ。兄ちゃんが好きだったやつね」

「おお! ありがとう妹よ~!」

 我ながらちょっと大げさなくらい喜んで包みを開ける。そこに入っているのは、煉瓦ブロックみたいにごつくて分厚いチョコレート。こいつにかじりつくと、口の中でゆっくりと溶けていく。

「ほんと変な趣味してるよね兄ちゃんは。手作り用のチョコレートなんてそのまんま食べてもおいしくないでしょ」

「まぁな。だがこの食べ応えが溜まらんのだ」

 したり顔でチョコを頬張る私を見る、変な妹であった。

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旬を楽しむなら、そのままに限る きばとり 紅 @kibatori

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