駅に潜むもの

駅前は騒然そうぜんとしていた。


構内を襲った謎の振動は、地上にも波及していたようだ。

数台の消防車、救急車、パトカーが並び、野次馬が群れをなしている。

辺りに【直下型地震】という言葉が飛び交っていた。


地上に生還した俺は、真っ先に少年を救急隊員に預けた。

意識の混濁したまま、うわごとのように何か呟いている。


「さ……えきさん……だ……めだ……だめ……」


救急車が出発するまで、俺は茫然ぼうぜんと眺めていた。

急激な乾きが喉を襲う。

あたりを物色する俺の側に、救急隊員が駆け寄って来た。


「あなた、大丈夫ですか!?」


ボロ切れのようになった体に毛布が掛けられる。


「たくさん……被害が出てるんですか?」


俺は、かすれた声で質問した。


「分かりません。構内から上がってきたのはあなたが初めてですので」


俺の傷の具合を確認しながら隊員が答える。

喉の渇きを訴えると、水の入ったボトルが差し出された。


「ゆっくり飲んで下さい」


隊員の忠告を無視し、俺は一気に流し込んだ。

案の定激しく咳き込んでしまう。

背中をさすりかけた隊員を制し、俺はハンカチを出そうと上着のポケットに手を入れた。


「…………!?」


何かに手が触れた。

ハンカチでは無い。

もっと厚みのある、柔らかくて……


丸いもの……?


俺はそれを摘むとそっと取り出した。


それはだった。


確かどこかで見た覚えが……


なぜだか無性に胸がざわめいたが、何も思い出せない。

そう言えば、駅の構内では何があったのだろう。

突然地震が起きて、近くにいた少年を助けたのは覚えている。

だが、それだけだ。

この駅にやって来てから何をしていたのか、何が起こったのか全く思い出せない。

災害による記憶障害だろうか。

あの少年は一体誰なんだろう。

何か俺の名を呟いていたようだが。

そもそも、俺は何しにここへ来たんだろう。


分からない……


俺は答えを求めるかのように、赤いボールを見つめた。

なぜこんなものを持っているかも謎だが、それが放つ異様な雰囲気に俺の心は奪われた。

耽美たんび淫猥いんわいな【声】が、頭の中に語りかけてくる。


【こっちへ来て】

【ねえ、早く】

【私と一つになりましょう】


俺は催眠術にでもかかったように、ボールに引き寄せられた。

濃密な香水のような芳気ほうきが、鼻腔びこうを刺激する。

それに顔が触れようとした瞬間、左胸に激痛が走った。


「くっ・・!」

「大丈夫ですか!」


傷の手当てをしていた隊員が、異変に気付き声をかける。

痛みはすぐに治まった。

それと入れ替わるように、俺の中に記憶が蘇った。


双子の祈祷師との出会い──


【穢れ】の化け物との死闘──


そして……


少女の死──


危ないところだった。


この赤いボールもまた【穢れ】のかたまりだ。

俺の内に残る幼女への強い憎悪が、こいつを呼びよせたのだ。


そう……


宿──


雷が執拗しつように俺を制止しようとしたのも、この事を知っていたからに違いない。

心音しんおんまじない】が引き戻してくれなければ、俺は第二の怪異となって負の連鎖を続けていたところだ。


また、あの巫女に救われてしまった……


俺は左胸に手を当てた。

生きている証がそこにあった。


生きなきゃ駄目です、佐伯さん!


少女のそんな台詞が心音と重なる。


「ありがとな、風……お前に守ってもらったこいつ、もう少し大事にしてみるよ。」


俺はその音を噛み締めささやいた。


そして、もう一方の手に握ったボールに力を込めた。

物哀しい悲鳴のような破裂音と共に、ボールが砕け散った。

破片が空中に飛散し、手元には何も残らなかった。


「いいんですか?」


その様子を見ていた隊員が、不思議そうな顔で尋ねた。

俺はあぁと頷くと、笑みを浮かべて言った。


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駅に潜むもの~最終章~ マサユキ・K @gfqyp999

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