第14話 元帝国兵の底力

 元帝国兵。


 かつてリネシスは、有望な帝国兵を発見するなり、中立国に逃がしていた。


 一人や二人ではなく、百人以上いた。


 その代表的な人物が、ポステラだった。


 金髪碧眼の優男である。魔法使いだから、戦士と比べたら細身になるが、それでも

軍属だけあって、しっかりと鍛えていた。


 まるで長距離走の選手みたいに、無駄な肉のない引き締まった肉体。


 その肉体に宿るのは、帝国魂である。


 彼の曽祖父も、祖父も、父も、帝国兵であった。


 そんな男が、なぜリネシスの誘いに乗って、中立国に逃げたのか?


 皇帝の圧政によって、父が処刑されていたからだ。


 ポステラは恨んでいた。皇帝のことも、あんなやつに帝冠させてしまったシステムを。


 しかし帝国民たちは愛していた。だから戦後に賭けていた。


 戦争で荒廃した故郷を立て直す。


 だがしかし、計算外の事件が発生した。


 ブラックドラゴンの黒い炎により、かつての故郷は消し炭になっていた。


「この土地は、帝国のものだぞ。たとえ国の形が亡くなろうともだ」


 ポステラは、積年の思いを込めながら、呪文の詠唱を開始した。


 中立国で、三年間も待っていた。自分たちの腕前を活かす日が、必ずくると信じて。


 その日が、ついにやってきた。


 戦争に敗北した悔しさも。バカな皇帝に父親を処刑された恨みも。家族も友人もブラックドラゴンに焼かれてしまった悲しさも。リネシスに救ってもらった恩も。


 あらゆる気持ちを込めながら、戦略級の攻撃魔法を詠唱していく。


 リンリカーチ帝国は消滅してしまったが、帝国魂は健在である。


 大勢の帝国民が焼死してしまったが、全滅ではない。


「この爆発が、新しい人生の開始を告げるファンファーレだ」

 

 ポステラは、戦略級の魔法を発動した。


 すっかりくたびれた金色の髪から、中立国の労働で汚れた指先まで、魔力の輝きが伝達。全身が真っ赤な光に包まれると、両手の手のひらに魔法陣が浮かび上がる。


 火系統の戦略級の魔法【火竜の蹄】。


 巨大な塊が、日差しを遮った。まるでドラゴンが、両手の蹄で地面を叩くように、巨大な火の玉が落ちてきたのだ。


 私兵たちには、逃げ場などなかった。あまりにも火の玉が大きいうえに、高速で落下してきたからだ。


 真っ赤なフタが、地上を封じ込めるように、ハンプット家の私兵を飲み込んだ。


 爆音、炸裂。土砂が舞い上がって、高温の爆風が四方八方に飛び散る。炎の海が無造作に広がり、クレーターの中を真っ赤に浸した。


 ハンプット家の私兵は、まとめて吹き飛んで、その残骸も真っ黒に焼け落ちた。


 だが、全滅ではない。


 ただの偶然により、魔法の範囲外で数名が生き残っていた。


 しかし、元帝国兵たちには、歩兵も弓兵も戦術級の魔法使いだっていた。


 おまけに彼らは、中立国にいたときも、訓練をかかしていなかった。


 彼らは抜刀すると、旧帝国軍の旗を掲げた。


「帝国魂を見せろぉおおお!」


 元帝国兵たちが突撃を開始した。旧帝国軍の鎧に、太陽の光が降り注ぐ。鬨の声は洗練されていて、私兵たちを怯えさせた。


 元帝国軍の精鋭 対 豪商の私兵。


 勝敗は、火を見るより明らかであった。


 計算された集団の突撃により、元帝国兵たちは勝利をつかみ取った。


 ポステラは、巨大な帝国の旗を、地面に突き刺した。


「見たか、これが帝国魂だ」


 ポステラは、故郷の大地で、帝国の旗が揺らめく姿を見て、ぽろりと涙を流した。


 ついに故郷に凱旋した。


 たとえ人工的な建物がすべて焼失して、人間の痕跡なんて一つも残さず自然化していても、凱旋は凱旋なのだ。


 リネシスの説明によれば、各地に残っている真っ黒い灰は、大自然を繁茂させる栄養素となっているらしい。


 建物の灰、人間の灰、文化の灰……あらゆる帝国の灰が、新しい時代を生み出すために、もう一度駆け出していた。


 ならば、まだ生きている自分たちは、灰の力を借りて再出発するのみだ。


 ポステラは、元帝国兵たちに宣言した。


「この土地を、大切に守っていくんだ。他でもない、おれたちの手で」


 百名を超える元帝国兵たちは、涙を流しながら喜んだ。


 マイナスからの再スタートだが、それでもゼロではない。


 辛いことも苦しいこともあったが、ようやく新しい目標に向かってがんばれる。


 帝国魂さえあれば、この大地で再び帝国文化が花開くことだろう。


 ポステラは、元帝国兵を代表して、恩人であるリネシスに挨拶した。


「礼を言う、リネシス王子。あんたの時代を読む力のおかげで、おれたちは帝国の文化を後世に残せそうだ」


 ● ● ● ● ● ●


 リネシスは、元帝国領土の大自然を見渡しながら、ポステラに返事した。


「礼を言いたいのは、こちらのほうだ。元帝国兵の洗練された戦力があれば、この土地を大規模農地にしても、山賊や野盗から農民たちを防衛できるだろう」


 リネシスは、一冊の帳簿をポステラに渡した。


 元帝国民たちの帳簿であった。


 ポステラは、帳簿が薄すぎることを嘆いた。


「これしか生き残らなかったのか……我らが帝国の民は……」


「ブラックドラゴンは、それだけ恐ろしいやつだった。だがもっとも恐ろしいのは、あんな恐ろしい生き物を召喚してしまった皇帝だ」


 ポステラは、がくっと肩を落とした。


「どうかしてたんだ、あの暴虐なる皇帝は。先代の皇帝がまともだったのが嘘みたいに」


「しかし、そんな皇帝も滅んだ。国家の形と共に」


 リネシスは、帳簿の末尾に書いてある文字を指さした。


 大規模農園・経営者・ポステラ。


 そう、元帝国兵に大規模農園の経営を任せる。


 ポステラは、軍人一族の出身である。ルールとモラルを制定して、適切に運用するのが得意だ。しかも代々受け継がれた帝国魂には、旧帝国領土の地形や風土などの知識も含まれている。


 防衛も商売もうまくやるだろう。


 ポステラは、経営者という文字に目をひん剥きながら、こう返した。


「これほど大きな役職を与えてくれたことに感謝する。だが、新しい仕事を始める前に、一つ確認させてくれ。おれたちは、大規模農地を守るために、帝国の旗を掲げるぞ」


 リネシスも、そのことは承知していた。


 ポステラたちは、帝国魂に溢れているので、オルトランの文化に従うつもりがない。


 だが、リネシスは、その先をいっていた。魔法障壁を張って、会話が外に漏れないようにしてから、内密の話を始める。


「いいか、ポステラ。俺はな、そう遠くないうちに民主主義革命を実現する。それが成功すれば、思想信条の自由が認められるから、たとえオルトランの領土で暮らそうとも、帝国の旗を掲げても問題ないのだ」


 ポステラは、言葉を失った。呼吸を軽く乱しながら、真っ黒に焼けた故郷の大地を見つめた。


 十秒ほど思考してから、ようやく返事をひねり出す。


「ほ、本気で民主主義革命なんてやるつもりなのか……? もし失敗したら、あんた、王子の立場があっても、国を追われるだろう……?」


 ポステラは、元帝国兵のまとめ役だけあって、良識人である。


 この時代における、基本的な模範から外れた行為に、敏感であった。


 だが、リネシスは、模範をすり抜けてきた人物である。


「本気でやる。お前たちを中立国に逃がしたのも、革命の仲間にふさわしかったからだ」


 リネシスは、元帝国兵たちを民主派に加えるつもりだ。ただの支持層ではなく、もしも王党派と戦争になったときの貴重な戦力として。


 リネシスは、ポステラの思考を読めていた。


 もし、オルトラン王族同士の対立であれば、ポステラたちは手を貸さなかった。どちらの派閥が勝利しても、帝国文化を弾圧される可能性があるからだ。


 だが、王党派と民主派の対立であれば、民主派に手を貸すことになる。


 もし民主派が勝利すれば、帝国文化を着実に後世へ残せるからだ。


 ポステラは、帝国兵の定番の挨拶である、右手の拳を胸に、左手の拳を腹に当てた。


「わかった。恩義のあるあんたに、手を貸そう。もし革命戦争が起きたら、おれたちは大規模農地から出撃する」


 こうして元帝国兵と元帝国民たちは、大規模農地を管理しながら、民主派に加わった。

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