第4話 盗んだ金貨の使い道

 金庫の部屋を包囲するように、私兵たちが集まってきた。


「見つけたぞ、この薄汚い泥棒め」「その金庫にはな、おれたちの給料も入ってるんだぞ」「返せ、給料返せ」


 雇い主のためではなく、自分の給料のために戦う。まさに私兵だ。


 もしかしたら、このズタ袋から、数枚の金貨を取り出して、彼らに分け与えれば、交戦は回避できるかもしれない。


 だが、それでは意味がないのだ。


 この金貨は、違法な薬物で稼いだお金であり、納税を拒否したお金でもある。


 だから適切に再分配しないといけない。


 リネシスは、とてつもない重さのズタ袋を背負ったまま、義賊であることを証明することにした。


『我が名は、怪盗シルバーボルト。不正蓄財を繰り返す、豪商リンデン家から、正当な分け前をもらいにきた』


 義賊の名前を記した魔法カードに、風系統の魔力を込めると、指先の力だけで投げた。


 魔法カードは、風の刃となって、一直線に飛ぶ。


 カコンっ、と金庫室の壁に突き刺さり、私兵たちの度肝を抜いた。


「な、なんだ、なんか投げてきたぞ」「このカード、光ってないか」「もしかして、こいつ、魔法……使えるのか」


 私兵たちは、魔法が怖いらしく、腰が引けていた。


 この隙をついて、リネシスは金庫室の壁を蹴り壊すと、さっさと屋外に逃亡した。


 豪邸の裏門近くに、テテの馬車が待機していた。


 リネシスは、金貨の詰まった巨大ズタ袋を、テテの馬車に積み込んだ。


『この重さでも、二頭の馬なら、余裕で運べるな』


 馬車をけん引する馬たちは、ぶるるっと鼻を鳴らした。


 テテは、馬車に灰色の布をかぶせると、闇夜に溶け込んだ。


「オレは、もう少しだけ、ここで待機だな。まずはリネシスが囮をやってくれ」


『まかせろ、派手なのは得意だぞ』


 リネシスは、なんの意味もなく、左手に火系統の魔法、右手に雷系統の魔法を発動して、大声で叫んだ。


『ふははは! 捕まえられるものなら、捕まえてみよ! この怪盗シルバーボルトは、天下無双の義賊なり!』


 左手と右手の魔法が、ぼわわんバチバチと光って、バカみたいに目立った。もちろん、なんの効果もない。ただ魔力の塊を光らせているだけだ。


 こんな露骨な挑発をすれば、私兵たちはカンカンに怒った。


「あいつ舐めやがって!」「ぜったいに殺してやる!」「待てこら!」


『待てといって、待つバカがいるか! くくく……はっはっは!』


 リネシスは、義賊の演技が楽しくなってきた。もしかして役者もやれるんじゃないか、と増長するぐらいには。


 ちなみに親友のテテは、こう評していた。


「リネシスのやつ、ずいぶんと気持ちよく怪盗をやってるみたいだが、うつけモノを演じすぎて、鬱憤が溜まってるんだろうか……」


 若干、引き気味であった。


 逆に考えれば、親友が引いてしまうぐらいに、リネシスは怪盗シルバーボルトがお似合いだった。


 それはともかく、豪商リンデン家からの逃走は、二人の作戦通りに進んだ。


 リネシスは、ある程度の距離まで、だらだらしたスピードで飛んだ。走って追いかけてくる私兵たちを、引き離さないように。


 だが、私兵たちの体力が空っぽになったあたりで、突然本気のスピードで飛んだ。


 かつてブラックドラゴンと空中戦を繰り広げた飛行魔法に、ただの私兵が追いつけるはずもない。


「くそー、空飛べるなんて卑怯だぞ……」「もう、限界……」「疲れた、これ以上走れない……」


 私兵たちは、首都の街路に倒れこむと、しばし休憩となった。


 もはや追っ手は、どこにもいない。


 となれば、テテの馬車は、安全に移動できる。ぱからぱからと蹄の音を鳴らしながら、衛兵の巡回コースをたどって、首都の外に消えた。


 こうして、リネシスとテテは、義賊としての初仕事を成功させた。


 ● ● ● ● ● ●


 リネシスとテテは、首都の郊外にある小屋に身を隠した。


 この小屋は、まだ建築して間もなかった。誰が建てたかといえば、他でもないリネシスとテテだ。二人で協力して材料を運び、人目を忍んで組みあげた。


 この立地を選んだ理由だが、二つあった。


 草原に囲まれているおかげで、遠くの敵に発見されにくい。


 入り組んだ山道の内部にあるため、空から見下ろしても発見されにくい。


 二人とも戦争経験者なので、隠密性にこだわりがあった。


 義賊行為をはじめとして、内密な謀をしたいときは、この秘密基地を拠点に活動する。


 民主主義革命の火を灯すためには、水面下で暗躍することが肝要であった。


「さて、どれぐらいの金貨を盗めたのかな」


 リネシスは、巨大ズタ袋を逆さまにすると、平台の上に金貨を広げた。


 ずさぁ-っと金貨の山が築かれて、カンテラの火をキラキラと反射する。


 現実主義者のテテも、さすがにゴクリとツバを飲み込んだ。


「これは、人間の心を狂わせる光だ……あんまり直視しないほうがいいぞ」


 だがリネシスは、王族出身だから、金貨の山に慣れていた。


「ぱっと見た感じ、【金貨五千枚※1】ぐらいか。大金なのは確かだが、それでも復興を加速させる原動力として考えたら、頼りない額だな」


「まったく、国家事業に関わると、金銭感覚が狂うんだよ……」


「悩むべきは、回収した金貨の分配率だな。新しく始める商売と、軍隊の再建と、民衆への再分配。この三つの目的に対して、どれぐらいの比率で分ければいいか」


 リネシスは、頭の中で、かちかちと計算した。


 だがテテが、平台に肘を乗せて、待ったをかけた。


「待てリネシス。オレたちで始める商売の金も、この盗んだ金貨から捻出するつもりなのか? それは公私混同じゃないのか?」


「違う。経済が停滞してる理由は、国民の数に対して、仕事の総数が少なすぎるからだ。だから大勢の人が働ける職場を作らないと、なんの解決にもならない」


 もっと正確なことをいえば、戦争を継続するために、経済構造を歪めたせいで、いくつもの職場が破綻した。


 そしてオルトラン王国は、ブラックドラゴンの襲撃を未然に防げたので、国民がそこまで死亡していない。


 この二つの条件が合わさった結果『生き残った国民の数に対して、仕事の総数が少なすぎる』という状況が生まれた。


「それは理解したが……だが、オレたちでやっていいのか? 商売人としては素人なのに?」


 テテは、現実主義者なので、新しいアイデアに挑戦することに対して、慎重であった。


「テテの実家は、馬小屋だろうが。防具だって作ってるし、販売だってやってる。それだけ経験があれば十分だ」


 リネシスは、理想主義者なので、新しいアイデアに挑戦することが大好きであった。


 この相反する二人が、親友であり、戦友であることは、オルトラン王国にとって幸運であった。


 もし、リネシスの相棒が、テテではなかったら、とっくの昔に民主主義革命の夢は頓挫していたはずだ。


 誰かの妨害によって革命を失敗するか、もしくは内戦を伴う革命戦争が勃発していた可能性が高い。


 だが二人は、ケルサ元学長とゴルゾバ公爵の導きにより、出会った。


 きっと、時代がそうさせたんだろう。


「あのなぁ、リネシス。馬小屋の仕事で、こんな大金を運用するはずないだろう」


 テテは、呆れた調子で、金貨の山を指さした。


「何事も経験だ。勝負しよう、テテ」


 リネシスは、情熱的な態度で、金貨の山を叩いた。


「経験の大事さはわかるが、盗んだ金の使い道は、もっと真面目に考えたい」


「いや、どこからどうみても、真面目だろうが」


「本当に真面目か? いまオレたちのやってることって、冒険者時代に、盗賊団を滅ぼして、路銀を稼いでたときと、そんなに差がないだろうが……」


 リネシスは、ぶほっと吹き出してしまった。


「はっはっは。おもしろいことをいうな、テテは」


「まったく、悪い経験ばかり積んだんだよ、オレたちは……」


「蛇の道は蛇ともいうではないか。あくどい豪商と戦うためには、必要な経験だったのさ」


「一理ある。だとしてだ、盗んだ金貨で商売をやるからには、ちゃんと儲けないとダメだろう?」


「そのとおりだ。できれば、まだ誰も開拓してない分野に出店すれば、国力も増強するだろう。テテ、なにかいいアイデアはないか?」


「ない。そういう新しい発想みたいなやつは、リネシスの仕事だぞ」


「ふーむ、そうだなぁ……新しい発想、まだ誰も開拓してない分野……いまこういう商品があったら便利だなと思うものを作ったら、その時点で新しいんじゃないか?」


「オレたちにとって、あったら便利なものなんて、武器と防具だけだ」


 武器と防具という言葉で、リネシスは閃いた。


「それだ! 戦時中、最前線で武器と防具が不足したわけだが、あのとき二本の壊れたロングソードを、ニコイチにして、再生品を作ろうとした。だが、各パーツのサイズがあわなくて、断念した。もしあれを解消できるとしたら、新しい商売になるな」


 小屋には、第五大隊でも運用していた、古い甲冑があったので、それを工具で解体した。


 テテは、甲冑を構成する、板金とネジを、指差しした。


「オレも思いだしたぞ。たしか、この板金に開けられた穴と、ネジの大きさが、全部バラバラだったんだ」


 リネシスは、穴とネジを、工具で強調した。


「つまり、すべての穴とネジを、共通の規格で作ればいい」


 共通規格。またの名を標準規格。


 国家を工業化させるために、必須の概念であった。


 共通規格を生み出したことは、掛け値なしで褒められるべきことだった。


 だが、リネシスは、そんな生易しい存在ではなかった。


「これから共通規格を法律で定めるわけだが、その規格化されたネジをつくるための旋盤を販売すれば、大儲けできるな」


 テテは、このカラクリに仕込まれた悪事に気づいた。


「その法律を、リネシスが作るんだから、完全に八百長じゃないか」


 そう、リネシスは、共通規格に適合した旋盤を、法律の施行前に作っておく。


 旋盤の量産も、販売ルートの確立も、すべて準備万端で整えてから、法律を施行すればよい。


 そうすれば、既存の旋盤業者の追従を一切許さないレベルで、リネシスとテテが利益を独占できる。


「たしかに八百長だが、お手本となる製品が、きちんとした完成度で、なかつ良心的な価格で提供されるなら、国民も文句はいわない」


 リネシスは、パチパチとわざとらしく拍手しながら、悪事を認めた。


「あぁ、やっぱりオレたちのやってることは、冒険者時代となにひとつ変わってない……」


 テテが、まるで神様に懺悔するように、空を見上げたとき、夜明けを迎えた。


 少なくとも、工業化が始まったことに関しては、国家の夜明けだったのではないだろうか。


※1 我々の世界の単価に置き換えると、金貨一枚で十万円ぐらいの価値がある設定。つまり金貨五千枚なら、五億円。


 おまけで記載しておけば、本作のお金の単位はゴールド。金貨・銀貨・銅貨。将来的に紙幣になります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る