第3話 不法侵入と窃盗
二つの影が、深夜の首都を、隠密行動していた。
左側の影は、仮面をかぶっていた。
右側の影は、片足を引きずるような動きだった。
この二人組は、今夜が初仕事なので、ちょっと動きがぎこちない。どこぞの飼い犬に、ワンワンと吠えられるだけで、びくっと反応してしまう。なんだかちょっと情けないような。
だがしかし、二人組には、大義があった。
義賊行為をこなすことで、戦争からの復興を加速させることだ。
となれば、左側の影の正体は、【ラミ・ゴハの鱗】で変装した、リネシス。
右側の影の正体は、義足を装着した、テテであった。
テテは、戦争中に片足を失った。だから木製の義足をつけないと、歩くことすらできない。しかも、義足の性能が低すぎるため、ただ歩くにも杖が必要だった。
だがそれでも、テテの心は折れていなかった。黒髪褐色の体を暗がりに潜ませて、ひたすらリネシスの行動を補佐している。
リネシスにしてみれば、本当にありがたいことであった。
いつか科学技術が進化したら、性能の高い義足を用意してやりたい。
そう思いながら、リネシスは、テテに手順の確認を行った。
『テテ。本当に、この服装でいいんだな? やけに目立つ色合いだが』
リネシスは、かなり派手な洋服を着ていた。白装束に、金と銀のラメが入った、舞台衣装であった。
一般的な常識で考えれば、泥棒をやるための格好ではないだろう。
だがテテには、作戦があった。
「あえて目立つ格好をして、その色合いを衛兵に印象づけてから、飛行の魔法で現場を離脱。すぐに衣装を着替えて、仮面を外せば、たとえ現場の近くを歩いたって、誰も義賊の正体はわからない」
テテは、着替えの洋服も準備していた。こちらは、リネシスがいつも着ている、王族用の服であった。
『一種の目くらましを狙うわけか。そういえば、テテには、おしゃれのセンスがあったな』
冒険者時代も、第五大隊時代も、テテは、おしゃれにこだわっていた。ありふれた装備品や、なにげない消耗品に、ちょっと手を加えて、おしゃれにしていたのだ。
「実家が馬小屋だからな。動物の皮を使って、服や防具も作ってるんだ。だから自然とデザインにも詳しくなった」
『ふーむ、その経験は、おぼえておこう。あとで使えるかもしれない』
「使うって、なにに」
『商売さ。豪商を制するには、俺たちも商売に詳しくならないと』
「それはおもしろい。実家の手伝いをしてたころも、商売は結構おもしろかったんだ」
『とはいえ、あくまで、もう少し先の話だ。なにをやるにも、まずは豪商から強制的に税金を徴収しないと』
二人の初めての標的は、豪商リンデン家だ。
元々は、地方都市の道具屋として商いをスタートしたのだが、そのうち薬草を作るほうが儲かると気づいた。
薬草と毒消し草の育成、および卸売によって、財を成したわけだ。
だが彼らの売上には、裏もあった。
薬草と毒消し草は、とある加工を施すと、危険なブツになる。
幻覚・興奮状態・多幸感・依存性・内臓への負担……いわゆる違法薬物だ。
このご禁制の品を売りさばくことで、表の商売だけでは成しえない売上を達成していた。
そんなやつらが、私兵を雇って、堂々と納税を拒否している。
「最悪の守銭奴と呼ぶべきか。王族に歯向かう反骨の英雄と呼ぶべきか」
テテは、皮肉な口調で評論した。
『相変わらず手厳しいな、テテは』
リネシスは、おもしろがっていた。
「まぁ、お前を支えると決めたからな。最悪の守銭奴と呼んでやろう」
テテは、木製の義足を、杖でコツコツ叩いた。
『いつか必ず、最高の義足を用意しよう』
リネシスは、木製の義足に、恭しく敬礼した。
こうして二人の初仕事は始まった。
● ● ● ● ● ●
リネシスは、ブラックドラゴンを倒せるほどの超人だからこそ、義賊をやるからには、大幅な制約を受けることになる。
殺人が御法度だった。
いくら相手が違法薬物を商っていても、私兵を使って納税を拒否していても、敵を殺害してはいけない。
不正蓄財を行った豪商から、ただ盗むだけなら、民衆は喝采する。
だが、強盗殺人になったら、間違いなく反発が起きる。
なぜなら義賊は、法律の任命を受けた衛兵ではないからだ。
だからリネシスは、あえて関係者に発見されることで、義賊行為以外を行っていないことを、証明しなければならない。
そのための準備もしてきた。
魔法で加工したカードである。裏面に【怪盗シルバーボルト・豪商リンデン家に見参】と記載してあった。
これは一種のマジックアイテムであり、本人以外が文面を書き換えると、魔法的なエラーが発生する仕組みだった。
このカードを、金庫や枕元に置いておけば、リネシスは義賊として窃盗を行ったのであり、他の悪事には手を染めていないことが証明できる。
『テテ。逃走の手順は、ちゃんと覚えてるな?』
リネシスは、巨大なズタ袋を肩に担いだ。
「オレは、衛兵の巡回のフリをしながら、金を持ち去る。まぁ現役の衛兵だしな。偽装は簡単だ」
テテは、衛兵用の馬車に乗った。まとまった量の金貨は重いので、持ち運びには馬が必須だった。
『そして俺は、テテから注意を引き剥がすために、目立ちながら逃げると。よし、行動開始だ』
リネシスは、飛行の魔法で宙に浮くと、豪商リンデン家に不法侵入した。
そこそこの豪邸であり、一般的な家屋を十軒ぐらい並べられるほどの広さだ。
深夜ということもあって、真っ暗闇の中に、たいまつとカンテラの火が、ぽつぽつと灯っていた。
そのうち数個の光は、一定のペースで動いている。つまり私兵が、敷地内を巡回しているわけだ。
第五大隊時代に、帝国の砦を攻略したときは、敵の巡回を暗殺しながら進んだ。
だが、今日のリネシスは、義賊である。誰も殺してはいけなかった。
ふわっと豪邸二階のバルコニーに着陸。鍵の締まった窓を、火系統の魔法で、音もなく焼き切った。
初めてにしては、なんて手際のいい泥棒っぷりだろうか、とリネシスは自画自賛した。
だがその直後、誰かに見つかりそうになって、慌てて屋根に飛び上がった。
巡回の私兵が、焼き切れた窓を発見して、ぴたっと足を止めた。
「なんだぁ? 窓が壊れてる。まったく、使用人に修理を頼んでおかないと……」
どうやら視界の悪い夜間だから、焼き切れた破損ではなく、割れた破損だと思ったらしい。
リネシスは、己の運の良さに感謝しつつ、次はもっと慎重にやることを誓った。
巡回の私兵が、使用人のところへ向かったことを確認してから、焼き切った窓から屋内へ侵入。
あとは、金庫の位置を探すだけだ。
リネシスは、魔法使いとしても優秀なため、補助魔法を応用することにした。
まずは、人間の生命反応を探知する魔法を使用した。しゅーっと円形の波長が広がって、この豪邸における人間の位置が浮かび上がる。
あとは、私兵たちの巡回コースから逆算すれば、どこのポイントを守るために、組織的な動きをしているか、つかめるわけだ。
逆算の結果、二階北側の曲がり角に、金庫があることが判明する。
リネシスは、飛行の魔法を使って天井に張り付くと、そのままクモのような動きで廊下を移動した。
二階北側にたどりつくと、金庫のある部屋を発見。だが扉には鍵がかかっていた。
かつて城の宝物庫を破ったときは、適当な攻撃魔法でぶっ壊したのだが、まさか不法侵入中に、大きな音を立てるわけにもいかなかった。
リネシスは、扉の蝶番に、火系統の魔法を押し付けると、じっくり溶かしていく。
その作業途中、誰かが近づいてきたので、ふたたび天井に張り付いた。
リネシスの真下を、肩幅の広い男が、ガニ股で通りすぎていく。どうやら彼が使用人らしく、工具箱と材料を持ち運んでいた。
使用人は、雑務をこなす役割だからこそ、蝶番が焼けた匂いに気づいた。何度も首をかしげながら、左右を見渡し、なにげなく天井を見上げた。
リネシスと目が合った。
ほんの一瞬、空白の時間が流れた。だが、すぐに彼は叫んだ。
「不審者だ! 誰か来てくれ!」
『まったく、俺もまだまだ未熟者ということか……』
リネシスは、雷系統の魔法で、使用人を気絶させた。
だが、とっくに手遅れだった。遠くから、ドタドタと私兵たちの走る音が聞こえてくる。
「不審者だってよ」「いい度胸だぜ、この屋敷に入ってくるなんて」「血祭りにあげてやるよ」
ついに不法侵入がバレてしまった。こうなってしまえば、騒音を控える必要もない。
リネシスは、雷系統の魔法をぶっ放して、分厚い扉を破壊。金庫のある部屋に侵入した。
金庫は、部屋の奥に置いてあった。人間と同じ大きさの金庫であり、壁に埋め込まれていた。
この時代の金庫は、そこまで頑丈ではなかった。鉄製ではあるのだが、普通の鍵がついているだけ。いわゆる耐火性で、ダイヤルを回すタイプの金庫は、後の時代に登場する。
『さぁて、どんなお宝が眠っているのかな』
リネシスは、雷系統の魔法を使うと、金庫の鍵を吹っ飛ばした。
あとはドアノブをひねれば、がちゃりと金庫が開く。
とんでもない量の金貨が、ずっしりと詰まっていた。
リネシスは、喜ぶよりも、怒りが湧いた。違法薬物で稼いだお金であり、かつ納税を拒否したお金だからだ。
他にも、いろいろと思うところはあるのだが、いまはそれどころではない。
リネシスは、とんでもない量の金貨を、巨大なズタ袋に詰め込むと、人外じみた膂力で担いだ。
あとはテテと協力して、派手に逃走するだけだった。
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