第2話 復興の道しるべ
午後になったので、リネシスは、お城に登城した。
ブラックドラゴン襲撃の際、リネシスが避難指示を完璧にこなしたことにより、城内の様子が変わっていた。
場内の衛兵たちが、リネシスに敬礼するようになっていた。以前は、うつけモノだと舐めていて、適当な挨拶しかしなかったのに。
それをリネシスは、面倒なことになったと警戒していた。うつけモノだと舐められていたほうが、動きやすいからだ。
だからリネシスは、うつけモノの演技を強化するために、まずは上着だけ脱いだ。それからこの上着を風呂敷のように扱うと、城の中庭に生えていた野イチゴを収穫した。
あとは野イチゴを食べながら、城内を堂々と歩く。上半身裸で、食べ歩きをする姿は、まさにうつけモノであった。
だが、この演技は、別の効果を発生させてしまった。城内を警備する衛兵の腹が、ぐーっと鳴ったのだ。
彼の目は、あきらかに飢えていた。
だからリネシスは、彼に野イチゴを分けた。
この衛兵は、やけに喜んだ。
「ありがとうございます、リネシス王子! 実は最近、食糧の配給が減ったんですよ。だから、一日一食しか、食べてなくて」
リネシスは、胸を痛めた。城内を警備する衛兵が、一日一食だなんて、やはり帝国との戦争は、国を荒廃させていた。
「ところで、なぜ衛兵たちは、中庭の果実と野菜を食べないのだ? 以前は、普通に食べていたはずだが」
「王の命令により、城内の果物と野菜は、王族だけが食べていいことになっていまして」
「また父上が、バカなことをいってるのか。少し待っていろ。いま交渉してくる」
リネシスは、会議に参加する前に、王座の間に寄り道した。
バルバド王は、リネシスの顔を見るなり、びくっと震えた。
「な、な、なんの用だ、リネシス」
どうやら、また殴られると思っているらしく、王座の後ろに隠れてしまった。
こんな憶病で無能な男のせいで、衛兵たちは飢えているわけだ。
理不尽を通り越して、もはや喜劇であった。
だが、無能な父親を、あざ笑っている場合ではない。いまの自分にやれることをやらなければ、戦死した仲間たちに申し訳ない。
そう思ったリネシスは、バルバド王に迫った。
「中庭の果物と野菜を、王族専用にしたそうだな。あの命令を撤回しろ」
「リネシス! いくら父親であっても、王様だぞ! なにが正しいかは、王が決めるのだ!」
「だからどうした。衛兵たちが腹を空かせてるほうが問題だろうが。いいからさっさと撤回しろ」
王座の間を警備する衛兵たちも、ちらっとバルバド王の表情をうかがった。彼らだって、いますぐ野菜と果物を食べたいのだ。
だがバルバド王は、引くに引けなくなったらしく、うがーっと癇癪を起こした。
「絶対に撤回しないぞ! 城にある果物も野菜も、全部王族のものだ!」
リネシスは、父親の未熟さに呆れつつ、別の発想で勝負することにした。
「父上は忘れているようだが、俺も王族なのだ。つまり俺も、城にある果物と野菜を食べていいことになる。それは正しいな?」
「う、うむ。リネシスも、食べてよい」
「なら決まりだ。衛兵隊、よく聞け。この城にある果物と野菜は、全部俺のものだ。だが俺は腹が減ってないから、全員におごってやろう」
うおーっと衛兵たちは喜ぶと、みんなで中庭に走り出した。誰もが腹を空かせていたのだ。まるでアリの群れが、砂糖の塊を味わうように、衛兵たちは中庭の果物を食べていく。
バルバド王は、ぽかーんと口を半開きにした。
「え、あれ、なんで?」
「父上。法律というものはな、きちんと穴を想定して作らないと、あっさり逆手にとられるのだ」
そう言い残すと、リネシスは王座の間を出て、秘密の会議場に入った。
● ● ● ● ● ●
秘密の会議場には、長男のドルバと、次男のマキサが待っていた。
「リネシス。遅かったじゃないか」
長男のドルバが、静かに紅茶を淹れた。
「法律の抜け穴を使って、中庭の果物と野菜を、衛兵たちに明け渡してきた。これでしばらくは、彼らの胃袋も持つだろう」
三男のリネシスは、熱々の紅茶を、がぶっと一息で飲み干した。
次男のマキサは、くすくす笑った。
「だから上着を着てないのか。まったく不思議だな、リネシスはもはや裸になっても、違和感がない」
リネシスは、野イチゴの果汁がしみ込んだ上着を着た。
「だが、裸で歩くことが、笑い話ですんだのは、戦前までだ。戦争の爪痕は、人々から余裕を失わせて、洋服を満足に買えない家庭だらけにした。だから俺たちのやるべきことは、なによりも復興だ」
王族三兄弟は、秘密の会議を始めた。
1.軍の再建
2.財政破綻の回避
3.経済の復興(戦死者の遺族への手当を含む)
4.豪商の対処(ただし、私兵を雇って納税を拒絶する連中に限定)
5.リンリカーチ帝国の生き残り二千名。
この五つが、オルトラン王国の復興における課題だ。あくまでこの数字は、課題の列挙であって、優先順位ではない。
リネシス個人の課題もあった。
戦時中に、帝国のめぼしい兵士を、中立国に逃がしておいたわけだが、彼らの処遇を考えなければならなかった。なぜなら、彼らが帰るはずだった帝国は、歴史から消滅したからだ。
このように、問題は山積みだ。もし時間を無駄遣いすれば、それぞれの課題が毒となり、オルトランを地獄の沼に引きずりこむことだろう。
だから王族三兄弟は、どうやって問題を解決すると効率がいいか、相談した。
その結果、それぞれの得意分野に合わせて、並行して動いたほうがいいという結論にいたった。
長男のドルバは、二番目の【財政破綻の回避】に乗り出した。
「財政破綻の回避は、僕がやるよ。戦時中に軍費の調達を担当してたんだし、普段の内政でも会計を担当してたんだ。いかにも適任だろうさ」
次男のマキサは、五番目の【リンリカーチ帝国の生き残り】に着手した。
「おれの仕事は、帝国の生き残りを、どうやってオルトランに馴染ませるかだ。国民の健康管理と、複数言語を伴う医療の現場は、いつもやってる仕事だ」
三男のリネシスは、残り三つの課題を、担当することになった。
「軍の再建。経済の復興。豪商の対処。俺がやるべき仕事は、すべて暴力を伴うものだ。まかせてくれ、軍で一番影響力のあるゴルゾバ大佐は剣術の師匠だし、他でもない俺が第五大隊出身だ」
そうやって、王族三兄弟だけで、政治を決めていたら、愚鈍なバルバド王が、秘密の会議室の前までやってきた。
コンコンとドアをノックしながら、ちょっと寂しそうに声をかけた。
「おーい。息子たちよ。父をのけ者にしないで、会議に加えておくれ」
王族三兄弟は、顔を見合わせた。わざわざ言葉を交わす必要もなく、バルバド王の除外が決定した。
長男のドルバは、ドアを少しだけ開けると、作り笑いで応じた。
「王よ。あなたの仕事は、王妃の日課である散歩に付き合うことですよ」
表情と声音こそ優しいが、その内容は苛烈であった。無能のやれることなんて、散歩だけだと突き放したのである。
バルバド王は、かなりショックだったらしい。ドアノブを握る手が、がくがく震えていた。
「な、なせだ、ドルバよ。お前だけは、父の味方だと思っていたのに……」
「味方だからこそ、あなたのためを思って、いっております」
長男ドルバの発言は、気休めではなく、真実だった。
ドアの隙間から、三男リネシスの突き刺すような視線が、見え隠れしている。
殺気だ。
冒険者時代から、第五大隊時代まで、リネシスは大勢の敵を殺している。その実戦で培った本物の殺気が、実の父親であるバルバド王を、圧迫していた。
もし、これ以上、余計な干渉をすれば、リネシスが激怒して、王を暗殺しかねない。
だが、長男のドルバは、王を無能だと思っていても、殺すほどではないと思っているため、遠回しにかばっているわけだ。
そんな兄弟間の温度差を、なんとなく察したらしく、バルバド王は納得した。
「もし、父の力が必要になったら、遠慮なくいっておくれ」
この発言は、実質オルトラン王国の実権が、三兄弟に移ったことを意味していた。
長男 ドルバ 二十八歳
次男 マキサ 二十三歳
三男 リネシス 十八歳
この若者三人を、後見人として支えているのが、ゴルゾバ公爵だった。
中心人物は、リネシスだ。ケルサ元学長の遺志を引き継いで、民主主義革命を成功させる。
もちろん、最優先は復興である。
そのために必要なものは、莫大な資金だ。
リネシスは、【ラミ・ゴハの鱗】をかぶると、豪商の家に忍び込むことにした。
なにを隠そう、今夜が義賊の初仕事であった。
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