リネシス青年期1 義賊となって復興を加速させつつ、革命の同志を探せ
第1話 人類の夜明け、人類の暗雲、そして二人は出会った
リンリカーチ帝国との戦争、およびブラックドラゴンとの戦いが終わった。
本格的な復興が始まったとき、リネシスは十八歳の春を迎えていた。
本日の午後から、復興に関する会議がある。だがその前に、リネシスは、戦死した仲間たちのお墓参りをしていた。
首都の片隅に、墓地があった。テネタ教のルールに従って、六角形の墓石である。六角の頂点は、魔法の属性である、火・風・水・氷・土・雷を意味していた。
リネシスの懐で、【ラミ・ゴハの鱗】が、余談を語りだした。
『それぞれの属性ごとに、伝説級のモンスターがいる。だが、あのロクでなし黒竜だけは、属性がない』
リネシスの背中で、【ハリ・ア・リバルカの翼】が、余計なことをいった。
『だから我は混沌の象徴なのさ。混沌とは無属性のことだからな』
リネシスは、どちらの言葉も無視した。これから戦死者のお墓参りをするのだから、超常のモノの暇つぶしに付き合う義理はない。
そもそも【ハリ・ア・リバルカ】のせいで、第五大隊の仲間は死んだのだ。それなのに、なぜこの黒竜は、話しかけてくるのだろうか?
やはりこの黒竜の翼だけは、絶対に使わない。
そう誓いながら墓地を歩けば、第五大隊の墓にたどりついた。
第五大隊は、ブラックドラゴンを倒した功績により、英霊扱いになっていた。だから、それぞれの隊員が個別の墓になっているし、墓石の装飾も細かかった。
といっても、オルトラン王国全体で物資不足に陥っているから、どの墓石もまだ建造途中だ。もっと復興が進んでから、豪華絢爛なお墓になる予定である。
「強くならないとな。俺も、この国も」
すべての隊員の墓に、オルトラン王国原産・イラチの花を手向けたら、別の一家がお墓参りにやってきた。
パン屋の一家だった。
両親と、息子が二人いる。
だが、本当は、息子が三人いるはずだった。
失われた息子の一人は、長男坊だ。彼は、ブラックドラゴンの黒い炎から、リネシスを守るために、死んでいった。
リネシスは、自分の非力さを思い出して、がっくりとうなだれた。
もっと単騎で強かったら、パン屋の長男坊も守れたかもしれない。修行が足りなかったのか。それとも経験が足りなかったのか。
リネシスが自問自答していると、パン屋の両親が会釈した。
「リネシス王子。うちの子のお墓に、お花をあげてくれたんですね」
リネシスは、懇切丁寧にうなずいた。
「ああ。彼には、世話になったことがあってな」
たとえブラックドラゴンを倒そうとも、仮面の剣士の正体を明かすつもりがなかった。
だから、パン屋の長男坊と戦友であることを、ご両親に伝えられなかった。
それをリネシスは、無礼な説明だろうな、と考えていた。
しかしそれでも、パン屋の両親は、満足したらしい。
「うちの子は、パン屋の跡なんて継ぎたくないとかいって、兵隊さんになったんですよ。でもまさか、ブラックドラゴンと戦って死ぬなんてねぇ……こんなすごい勲章までもらって、自慢の息子でした」
オルトラン賛歌勲章。英雄的な活躍をした軍人に送られるものだ。二階級特進付きである。
本来なら、二階級特進の恩恵によって、弔慰金の額が増えるはずだった。
だがオルトラン王国の財政が破綻寸前になっているため、弔慰金の支給が滞っていた。
戦死した軍人に金を払うことすらできない。その状況を、リネシスは情けないことだと思っていた。
「ご両親。パン屋は、次男坊が継ぐのか?」
「ええ、次男坊が継ぐことになりました。そうしたら、三男坊は、お兄ちゃんの敵を討つために、衛兵になるんだとかいって」
パン屋の三男坊は、かつて首都の住民たちが魔法大学に避難するとき、いの一番で逃げてくれた、あの少年だった。
もしこの子が、リネシスの避難要請を信じてくれなければ、首都の住民たちは、黒い炎に焼かれていただろう。
リネシスは、パン屋の三男坊にお礼を言った。
「ありがとう。君のおかげで、首都の住民は助かったんだ」
パン屋の三男坊は、ぶんぶんっと大きくうなずいた。
「リネシス王子。あなた、本当は、うつけモノじゃないんでしょう?」
リネシスは、目を見張った。
まさかこの子は、偽装を見破ったのだろうか。だが詳しく話を聞いてみると、どうやら別の意味で聞いたようだ。
「僕は知っています。リネシス王子が学問に精通していることを。僕も勉強が好きなので、ケルサ先生の学習塾で、算数と理科を習っていたんです」
この子は、うつけモノの偽装を見破ったわけではなく、学問が得意であるという一点のみで、うつけモノを否定したようだ。
それならリネシスも納得だった。
「そういえば学長は、大勢の子供たちに、教育を施していたものな」
リネシスが冒険者をやっていた二年間、ケルサ元学長は、無償の学習塾を開いて、子供たちに勉強を教えていた。
そのおかげで、首都だけ識字率が上昇していた。
識字率が上昇すれば、おのずと情報の伝達が早くなる。戦後の復興には欠かせない要素だろう。
だからリネシスは、ケルサ元学長の教育方針を受け継ぐつもりだった。
身分も収入も関係なく、教育を広めていくこと。
だからこそ、平民であり、かつ一般的な収入しかない、パン屋の三男坊の名前が気になった。
「少年。君の名前は?」
「イルサレンです。今年で十三歳になります」
「わかった。ならイルサレンの勉強範囲で、ケルサ学長が教えられなかった範囲は、俺が教えよう」
「本当ですか! やった、僕、算数と理科が好きなんですよ」
イルサレンは、大切に持ち歩いている教科書を、自慢げに見せた。
たくさん書き込みがしてあった。イルサレンの文字もあるし、ケルサ元学長の文字もあった。
リネシスは、ケルサ元学長の文字を見るなり、目頭が熱くなった。
他でもないリネシス自身が、彼の薫陶を受けて、数々の高度な学問を習得した。そのおかげで、今の自分があるわけだ。
だがそんな偉大な師匠も、オルトラン王国を守るために散ってしまった。
もっとたくさん教えてほしいことがあったのに。学問だけではなく、人生訓も。
そう思うほどに、リネシスの瞳から涙がこぼれおちた。
イルサレンが、心配そうに、リネシスの顔を見上げた。
「王子、泣いてるんですか」
「イルサレンくん。俺はな、ケルサ学長を、とても尊敬していたのだ」
「わかります。僕も、ケルサ先生のことを、尊敬していました」
「ああ、そうさ。あの人は、オルトランの生み出した、偉大な先駆者だったんだ」
「先駆者。そうですね、ケルサ先生は、こんな特別な教科書も、プレゼントしてくれたんですよ」
イルサレンは、もう一冊の教科書を取りだした。
高度数学だった。魔法大学の数学科で習う範囲だった。
リネシスは、涙がピタっと止まるほどに驚いた。高度数学を、十三歳の子供が理解できるはずがないからだ。
だが、高度数学の教科書を開いてみれば、イルサレンの文字で、正しい解答が書き込んであった。
どうやらイルサレンという少年は、たった二年間で、高度数学を修得してしまったらしい。
間違いない、この子は、自然科学の天才だ。
そう思ったリネシスは、パン屋の両親に大切なことを伝えた。
「ご両親。これから、この子に、たくさんのことを教える。だからなるべく、お店の手伝いをさせないでくれないか?」
「ええっ? なんでそんなことを」
パン屋の両親は、困惑していた。だが無理もないだろう。この時代における子供の教育とは、家業の合間にやるものだからだ。
だがしかし、それではイルサレンの才能が埋もれてしまう。
だからリネシスは、はっきりと伝えた。
「この子が、天才だからだ」
「まさか、うちの子にかぎって……だってパン屋の三男坊ですよ?」
「学問には、身分も職業も関係ない。教育の機会を逃してしまうと、せっかくの才能が埋もれることになる。だから頼む、この子の教育を、俺に任せてくれ」
「え、ええ。王子様が、そこまでおっしゃるなら」
こうして、イルサレンの教育は、リネシスが担当することになった。
聖ハリマニ歴1874年。よく晴れた春の日。
この日、リネシスとイルサレンが出会ったことが、オルトラン王国だけではなく、世界中を騒がせることになるとは、誰も予測していなかった。
後世の歴史書では『人類に多大なる恩恵と、多大なる災厄をもたらした』と記されていた。
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