プロローグ9 戦後処理 リネシス王子、義賊をはじめることを決意する

 戦争に勝利したのに、オルトラン王国に利益はなかった。


 リンリカーチ帝国が、黒い炎で滅んでしまったからだ。


 黒い炎の特性は、人間の作ったものなら、石だろうと鉄だろうと、燃やしてしまうことにある。


 かつて帝国領土に存在していた、すべての都市は、一つ残らず炭化していた。


 帝国民の生き残り、なんとわずか二千名。帝国領土の生存者をかきあつめて、たったこれだけしか生き残っていなかった。


 すべてを失った二千名に、賠償金なんて払いようがない。


 だからオルトラン王国が得たものは、旧帝国領土のみである。ただし、すべてが灰になっているため、なにも利益を生み出さない。それどころか、生き残った元帝国民たちの面倒を見なければならなかった。


 では、オルトラン王国の被害状況が、どうなっているかといえば、人材の被害は、兵士ばかりで、民衆の被害は少なかった。


 もちろん戦死者はたくさんいるのだが、リネシスと第五大隊が奮闘したおかげで、ブラックドラゴンによる大虐殺を食い止めている。


 リンリカーチ帝国が、わずか二千名しか生き残っていないことから考えれば、被害は最小限といっていいだろう。


 ただし、オルトラン王国の問題は、そちらではない。


 財政問題だ。


 度重なる軍費の調達で、近隣国に借金を背負っていたし、経済もガタガタになっていた。


 赤字につぐ赤字。戦争に勝利したはずなのに、財政破綻しそうになっていた。


 それなのに、愚鈍なバルバド王は、いつものように民衆に税の負担を押し付ければ、この状況を解決できると本気で考えていた。


 リネシスは、無能な父親に腹が立った。


 王制を継続したままでは、この状況を一変することは不可能だろう。


 民主制。


 ケルサ元学長が書いた、あの書籍のみが、この状況を変えうる特効薬であった。


 だが、まだ革命のときではない。


 国民も納得するだけの正当性がなければ、強引に革命を起こしたところで、王党派がクーデターを起こして、すべてが元の木阿弥になる。


 では、いつ革命を起こすのが、最適なのか?


 それを見極めるためにも、リネシスは二人の兄と会う必要があった。


 ● ● ● ● ● ●


 リネシスは、王族の保養地にやってきた。


 オルトラン王国の南にある土地で、温泉と果物が名物だ。


 だがリネシスは、温泉と果物を堪能する気になれなかった。


 国民は、戦争の余波で、苦しい生活を強いられている。それなのに、王族だけが、楽な思いをするなんて、間違っているからだ。


 あくまでリネシスは、秘密の会話をしたいがために、保養地を選んでいた。


 珍しい花を育てる温室。


 ここが三兄弟の会談場所だ。


 リネシスは、温室に入りながら、二人の兄に声をかけた。


「ドルバ、マキサ。久しぶりに顔をあわせるな」


 ドルバが長男で、マキサが次男だ。


 長男は背が高くて痩せている。次男は背が低くて太っていた。


 三兄弟で並ぶと、顔がそっくりだ。


 だが体つきが、あまりにも違いすぎた。冒険者をやって、戦場にも出ていたリネシスは、完全に戦士の体であった。


 長男のドルバが、優しい声で語りかけた。


「リネシス。本当のことを教えてくれないか? 君は、戦争中、どこでなにをやっていたんだい? 疎開が嘘なのはわかってる。僕たちは、密偵を使って、田舎を探し回ったからね」


 二人の兄は、リネシスのことを探していた。うつけモノの弟に無関心ではない。それどころか、行動を怪しんでいた。


 さすがに二人の兄は、父親と違って、優秀だった。


 リネシスは、本当のことをいうべきか迷った。


 だが、もし嘘をついても、この有能な二人の兄には、いつかバレる気がした。


 だから、逆の発想で勝負することにした。


 有能な二人の兄を、味方に引き込むことにしたのだ。


「兄上。これに見覚えはあるか?」


 リネシスは、衛兵用のコートを脱いだ。

 

 折れた国宝の剣と、焼け焦げたドワーフの鎧。


 二人の兄は、リネシスが仮面の剣士だと気がついた。


「そんなバカな……小説家になりたくて旅行してた弟が、仮面の剣士の正体だって?」


「どうしても、叶えたい夢があってね。旅行のフリをして冒険者をやって、最後は一兵卒として戦場に出たんだ」


 この話が嘘じゃないことは、リネシスの体つきと、破損した国宝を見ればわかるだろう。


 二人の兄は、ごくりと息を飲み込むと、小さな声で弟に聞いた。


「……聞こうじゃないか、その夢というやつを」


 リネシスも、やや前屈みになった。もったいぶるつもりはないが、他の誰かに聞かれていないか念入りに調べた。


 剣士としての嗅覚でも、探知系の魔法を使っても、周囲に誰もいないことが確定した。


 だからリネシスは、小さな声で、本当のことを言った。


「民主主義革命だ」


 温室の空気が、さーっと冷えていく。温かい土地に、びゅうびゅうと生温い風が吹いているはずなのに、この部屋だけ真冬みたいに寒かった。


 王族三兄弟は、じーっとお互いの顔を見つめるばかりで、しばらく喋らなかった。


 どこか遠くで渡り鳥が鳴く声が、やけに大きく感じた。


 民主主義革命。


 よりによって、王族が口にする言葉ではない。


 だから二人の兄は、たくさん汗をかいていた。だが不思議なことに、嫌な顔はしていなかった。


「なるほどな。リネシスは、父上の情けない姿に、我慢できなくなったんだな」


 どうやら二人の兄も、バルバド王の無能っぷりに、嫌気がさしているらしい。


 当然といえば、当然だった。この優秀な二人の兄がいなければ、オルトラン王国は、とっくの昔に軍費が空っぽになって、リンリカーチ帝国に敗北していただろう。


 だからこそリネシスは、二人の兄を味方に引き込めると確信した。


「単刀直入で頼みたいことがある。遠い将来、俺はこの国をひっくり返す。そのとき、兄上たちは、どこかの田舎に隠れてほしい」


「……ケルサ元学長の書籍は読んだことがあるよ。王族は実権を失い、象徴となるってやつだろ」


 今度はリネシスが驚く番だった。まさか発禁扱いの本を、よりによって王族らしい教育を受けてきた兄たちが読んでいるなんて思わなかったからだ。


「だったら話は早い。兄上、この地図を見てくれ」


 リネシスは、最新版の地図を広げた。


 赤い丸を二つ振ってあった。


「西側の丸は、レイラン共和国。東側の丸は、シンド連邦。この二つの国力の伸びが著しい。リンリカーチ帝国が滅びたなら、この両国が野心をむき出しにして、いつかオルトラン王国にも目をつけるだろう」


 二人の兄は、なんとなく事態を察した。


「父上が王様のままでは、レイランとシンドの侵略に耐えられないな。最悪の場合は、この両国が手を結んで、両面攻撃を仕掛けてくるかもしれない」


「俺は、兄上のどちらかが、王様になれば、レイランとシンドの侵略に耐えられると思う。ただし、それは技術の水準が、剣と魔法の時代であることが前提だ」


「なんだって? まさか剣と魔法以上のなにかが武器になるっていうのかい?」


「俺は、ケルサ元学長のもとで、たくさん学問を学んだ。そこには科学というジャンルがあってな。おそらくもうすぐこいつが芽吹く。そうなったら、王制のままでは、次の戦争に耐えきれないのだ」


 次男のマキサが、困った顔で、こういった。


「民主制に革命するとして、リネシスは、どうするんだよ。お前だって、王族だろうに」


「俺は、初代内閣総理大臣を務めて、新しい国の仕組みが安定したら、引退だ。それ以降は、兄上たちと一緒に暮らす。大暴れしたうつけモノも、国家の象徴として、大人しく暮らすわけだ」


 リネシスは、さらっと自分が実権を握ることを主張した。


 だが二人の兄は、そちらにはあまり関心がないらしい。では、なにに関心を持っているかといえば、父親のことだった。


「殺すのかい、実の父親を」


 これまでにないほど、真剣な顔をしていた。二人の兄は、王妃の批評どおり、優しい人たちなのだ。だから父殺しに否定的なのである。


 リネシスは、ちょっとだけ困ってしまった。てっきり長男と次男を差し置いて、三男のリネシスが実権を握ることに、反対されると思っていたからだ。


「父上が象徴になることに応じてくれるなら、殺す必要はない」


 うつけモノにしては、かなり常識的な条件を出した。


 だが他でもない二人の兄は、やや諦め気味に返した。


「応じないと思うよ、あの人は。プライドだけは、王国の領土よりも大きんだから、きっと最後まで抵抗する」


 実質、二人の兄が、父殺しに同意した瞬間だった。


 それぐらい、愚鈍なバルバド王は、復興の足を引っ張っていたのだ。


 ● ● ● ● ● ●


 戦後の復興は、まったくもって遅滞していた。


 王族や貴族や聖職者以上に、豪商がのさばるようになったからだ。


 戦争に最適化するために、寡占市場を複数作っていたことが、災いしたのである。


 しかも豪商は、芳醇な資金で私兵を雇うと、税金の徴収を拒否するようになった。


 そのせいで、国全体にお金が行き渡らなくなり、首都の外壁ですら修復が遅れる始末だった。


 リネシスは、新たな時代の困難を嗅ぎ取っていた。


 王制の権威が失われるのは大歓迎だが、豪商に権力が集中するのは最悪だった。


 もし、今の状況で民主主義革命を成功させてしまうと、豪商という名の資本家たちの発言権が拡大してしまい、王制をやっていたころと変わりない光景になってしまう。


 だからまずは、疲弊した軍隊を再構築してから、国家の司法権を掌握する必要があった。


 そうしなければ、豪商たちから安定して徴税できない。


 いくら脱税を追及しても、軍隊が弱ければ、豪商の私兵に追い返されるだけなのだ。


 税金を徴収できなければ、安定した国家の運営も難しくなるし、貧民街への再分配も達成できない。


 リネシスは、ケルサ元学長のお墓の前で、【ラミ・ゴハの鱗】をかぶった。


『我が師よ。どうやら豪商からの徴収を、強制的にやらなければならないようだ』


【ラミ・ゴハの鱗】で顔を隠して、義賊をやる。そうやって豪商から奪い取ったお金を、軍隊と民衆に再分配しつつ、民主主義革命のための同志を集める。


 これこそが、内戦を引き起こさないで、民主主義革命を成功させる秘訣だった。



※《うつけが盗む・幼少期~少年期編・終了  次回より、青年期編・開始》


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