第7話 魔法大学改革 黒幕の正体を突き止める
工場の経営は、テテにまかせているから、リネシスは別件に着手していた。
天才児イルサレンを、魔法大学に入学させることだった。
すでに手続きは終わっているため、あとは本人を連れていくだけだ。
魔法大学は、浮島だ。特殊な魔法の力により、地面から浮遊していた。首都の南東に浮かんでいて、一般人の利用を禁じている。
内部に入るためには、飛行の魔法を使うか、転送ゲートを利用する必要があった。
リネシスとイルサレンは、転送ゲートを通って、魔法大学に入ることになる。
ただし転送ゲートは、意志を持っているため、余計な一言がくっついてきた。
『こんにちは、リネシス王子。今日も、うそつきの顔をしていますね』
やや性格に問題を抱えているが、転送システムの利用者を峻別するためには、しかたない機能であった。
「そういうお前は、古びた門のくせに、いつも若者みたいな面をしてるな」
リネシスが悪口でやりかえすと、転送ゲートは真っ赤に変色した。
『なんて性格の悪い人でしょう! あなたみたいな人、顔も見たくないので、さっさと通過してください!』
ぼわんっと転送ゲートが開通した。
それを見て、イルサレンは困惑した。
「怒ってはいるけど、普通に通してくれるんだ……」
転送ゲートは、イルサレンにも一発かました。
『勉強はずいぶん得意みたいですけど、運動はダメダメですね』
「本当に性格悪い門だなぁ……ブラックドラゴンから逃げるために、魔法大学へ避難したときは、ぜんぜん喋らなかったのに」
『あのときは、ラサラ教授におしゃべり機能を停止させられてしまったので、小粋なジョークを披露できなかったんですね。どうですか、オルトラン開国より培ってきたマジカルジョークを味わうというのは。損はさせませんよ』
こういう性格のやつなので、いちいち相手にするだけ無駄であった。
リネシスとイルサレンは、無言で転送ゲートを通過。魔力のきらめきが視界を覆うと、一瞬で魔法大学の敷地に出現していた。
魔法大学は、マニア向けのアートの世界みたいだった。建物は発光しているし、地面は模様だらけ。ちょっとした観葉植物だって魔力を帯びている。
そんな魔法使いよりも手品師を育てていそうな空間で、冒険者時代の知り合いが待っていた。
元ラサラ教授、現ラサラ学長だ。
かつてリネシスと一緒に冒険した女性が、魔法大学でもっとも責任ある立場に昇進していた。
ただし、彼女が昇進できたのは、彼女の実力のみではなく、政治的な意図も関わっていた。
リネシスたち王族三兄弟が、政治家として干渉したのだ。
先代学長、つまりケルサ元学長の次に着任した人物は、バルバド王の言いなりだった。
だから王族三兄弟は、魔法大学の人事に介入して、ラサラ教授を次期学長に推薦した。
その結果、ラサラが学長となり、魔法大学の改革が進むことになった。
「あらーリネシス、ずいぶんかわいい子なのね、あなたの推薦した天才児は」
ラサラ学長は、イルサレンの頭を撫でた。いかにも魔女らしい格好をした彼女だが、さすがに責任ある立場になったため、どことなく風格が出ていた。
「こ、こんにちは、ラサラ学長」
イルサレンは、がちごちに緊張していた。どうやら魔法大学の雰囲気に呑まれてしまったらしい。
「はい、こんにちはー。それじゃあ、あなたは、数学と化学が好きみたいだから、錬金工房を使っていいわよ。あそこなら、爆発と延焼に強いから、いくらでも実験できるの」
こうしてイルサレンは、錬金工房担当の職員に、細かい説明を受けることになった。
その間に、リネシスと、ラサラ学長は、内密の話を始めた。
ラサラ学長は、魔力障壁を展開して、外に声が漏れないようにした。
「リネシス、革命の準備は進んでるの?」
ラサラ学長とは、裏取引が済んでいた。
学長に推薦する代わりに、民主主義革命の際は、民主派につくこと。
つまり王族三兄弟は、国内における魔法使いのまとめ役を、味方に引き込んだのだ。
「まだその機運に達してない。下手なタイミングで革命を起こすと、豪商たちに実権を握られてしまう」
リネシスは、民主主義が稼働した国で、商業活動がどれだけ大きな影響力を持つか、想像できていた。
豪商たちが実権を握ってしまえば、軍隊の縮小と貧民街の切り捨てを始めるだろう。
それでは耐えられないのだ。これから迎えるであろう、激動の時代に。
「あんたも、すっかり政治家になったわねぇ。冒険者時代なんて、ただの甘ったれた理想主義者だったのに」
ラサラ学長は、相変わらず言いたいことを我慢しなかった。
「もうあれから三年経った。人は経験を積んで、変わるものだ」
「だったら、あんたも、魔法の修行をかかさないように。もうこの国に、ケルサ元学長はいないのよ」
リネシスだけではなく、魔法使いたちにとっても、ケルサ元学長の存在は、あまりにも大きかった。
魔法大学のキャンパスでは、ケルサ元学長が残した資料を分析する生徒が頻発するぐらいだった。
「そうだな。俺も、戦略級の魔法を撃てるようにならないとな」
リネシスは、手のひらに魔力をためた。まだ戦術級から戦略級の間ぐらいの実力だ。
いつかは戦略級の魔法を撃てるようになる。亡くなったケルサ元学長の穴を埋めるためにも。
だが、それはメインの目的ではない。あくまで現在のリネシスは政治家だ。ゴルゾバ公爵とも約束したが、国力そのものを大きくしないといけない。
だから目指すべきは、戦術級および戦略級の使い手を増やすことであった。
「ラサラ。俺が記憶しているかぎりだと、オルトランの魔法戦力は、戦術級が三百名、戦略級が十名まで減ったはずだ。この数値を、戦前と同じ、戦術級が千名、戦略級が六十名まで戻すのに、どれぐらいかかる?」
リネシスは、ちゃんと国内の残存戦力を記憶していた。別の角度で考えれば、大勢の魔法使いたちが戦死していることも知っていた。
そもそも、第五大隊に属していた戦略級の使い手は、リネシスの目の前で戦死した。
だがそれでも、他国の脅威に備えるためには、戦力の拡充は避けてとおれない道である。
ラサラ学長も、そのことは理解していた。
「いまの若手たちの感じからして……三年ぐらいで、戦術級が八百名、戦略級が五十名ぐらいかしら」
「レイラン共和国と、シンド連邦を相手にするとしたら、ぜんぜん足りないな……」
「その両国と、なんか係争でも抱えてんの?」
「いや、なにもない。だが、地形や経済の流通から考えると、この二国なんだ。帝国の次に、オルトランに宣戦布告してくるのは」
リネシスは、いつもの地図を見せた。レイラン共和国と、シンド連邦に、赤丸を振ってあるやつだ。
それを見て、ラサラ学長も納得した。だが注文付きらしい。
「まぁ、やれるだけのことはやるけど、本人の意志ってやつもあるから、たとえ攻撃魔法の才能があっても、戦略級としての登録を阻むこともあるわけで」
かつてのリンリカーチ帝国みたいに、人権を無視した圧政を敷くなら、戦略級の魔法使いを強制的に登録するのもアリなんだろう。
だがリネシスは、民主主義国家を目指している。
つまり本人の意志を尊重する必要があった。
「ならば、自由意志を認める時代に備えて、魔法大学にやってほしいことがある。外国の有識者たちと定期交流しないか?」
リネシスの提案に、ラサラ学長は目を白黒させた。
「正気なの? 魔法関連の秘術が流出するかもしれないし、科学技術だって共有状態になるわよ」
「機密は、もちろん守ったほうがいい。だが、人材交流はもっと大事だ。新しい発想を得るためには、外とのつながりが大切なのだ」
「うーん、あたしの独断だけで、どうにかなるもんじゃないわね。科学技術のほうはともかく、魔法の秘術に関しては、それぞれの流派で扱いが違いすぎるから」
「むしろ科学技術限定でいい。そのためにやるんだからな」
「それなら、あたしの独断だけで、どうにでもできるわ。手続きと根回しを進めておくわね。っていうか、根回しで思い出したけど、あんた、最近どこぞの大物にマークされてない?」
リネシスは、息を飲むほどに驚いた。まったく予想していない人物から、リネシスの近辺情報が出てきたからだ。
「なんでわかったんだ?」
「王族三兄弟が追い出した、先代の学長がいるでしょう? あいつの残した新しめの資料に、あんたの名前があったのよ」
先代の学長。名前はガリトラである。初老の男性で、魔法はそこまで得意ではない。ではなにが得意かといえば、他人の手柄を、自分の手柄みたいに演出することだった。バルバド王の傀儡にふさわしい、なんでも肯定のイエスマンでもあった。
そんな小悪党だから、黒幕にはなれない。誰かの尻馬に乗っかることで世渡りしてきた人間だからだ。
では、誰が黒幕なんだろうか?
まるで、その答えを導くように、テテが杖を突きながら魔法大学にやってきた。
彼は、巡回の衛兵のフリをしながら、そっとメモをリネシスに渡した。
リネシスは、メモを開いた。
『黒幕はウェリペリ大公』
権謀術数しか能のない貴族だ。どうやらこの男と、ガリトラ先代学長が手を組んでいるらしい。
味方にしてもなんの役にも立たないが、敵にするとひたすら面倒な相手だった。
リネシスは、ラサラ学長にもメモを渡した。
「ラサラ、俺たちは一蓮托生だぞ」
ラサラ学長は、メモを読んでから、火系統の魔法で燃やした。
「わかってるわよ。あんたの仲間のひとりとして、この政治闘争に勝ってみせるわ」
リネシスたち王族三兄弟と、魔法大学の若手を中心とした民主派。
ウェリペリ大公&ガリトラ先代学長が率いる、中高年貴族たちの王党派。
この二つの勢力が、水面下で政治闘争を始めるようになった。国民の知らないところで。
なぜ国民が、蚊帳の外にいるかといえば、両派閥の思惑が、奇妙な角度で一致しているからだ。
民主派は、大々的に活動すると、国賊扱いになって、最悪逮捕される。だから名義を隠したり、地下に潜ったりと、ひっそり行動することが多かった。
王党派は、そもそも民主主義思想を国民に広めたくない。だから民主派を弾圧することよりも、民主派は存在しないものとして扱いたかった。
こうして両派閥の目的は『表舞台に名前が出ないように、有力者たちを囲い込んでいくこと』になった。
現在のところ、豪商たちが属する商業連合と、国教であるテネタ教は、どちらに味方をするのか、旗色を鮮明にしていなかった。
もしかしたら、この政治闘争は、長引くのかもしれない。
だが、オルトランには、そこまで多くの時間が残されていなかった。
リネシスが仮想敵として定めていた、レイラン共和国とシンド連邦に、不穏な動きがあったからだ。
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レイラン共和国には、ケルサ元学長とは違うタイプの、社会科学の天才がいた。
彼は、とある本を執筆したことにより、労働者の熱狂的な支持を得ていた。
『共産主義』
その内容は、以下のようなものだった。
『資本家を打ち砕き、労働者による国家を作る。個人や資本家による所有は悪であり、すべての企業は国有化する。
あらゆるものは科学で管理されるべきであり、すべての宗教を廃棄する。
労働者よ、立ち上がれ。階級闘争により、真の国家を作るのだ』
支持者たちは、この本の内容を実現するために、活動を開始した。
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シンド連邦では、過剰なまでの正しさを追い求めて、退廃芸術の撤廃が始まっていた。
『結束主義(ファシズム)』
この思想に基づいた暴走は、まだ始まったばかりだが、この先もっと加速することは明白だった。
たとえば、こんな感じだろう。
『健康が正義であり、不健康は悪。
だから、病気で弱った人間や、障害を持った人間は、始末したほうがいい。
シンド連邦のシーラン民族こそが、この世界でもっとも優れた民族であり、その他の民族は劣っている。
とくに北方と南方の少数民族である、エルフとドワーフは、この世界に混乱をもたらす害虫である』
支持者たちは、普通の市民たちだった。だが彼らは、普通ゆえに、凡庸な邪悪へ落ちていくことになる。
※《うつけが盗む・青年期編1・終了 次回より、青年期編2・開始》
※電撃の新文芸コンテストの規定枚数に達したので、次回より更新が不定期になります。現在、書き溜めている最中ですので、青年期編2がまとまり次第、更新を再開します。
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