リネシス青年期2 リンリカーチ帝国の生き残り
第8話 豪商と対立していたはずが、豪商になっていた
リネシスは、旋盤の量産体制を整えてから、共通規格に関する法律を施行した。
世間の人たちは、新しい法律に困惑しつつも、意義は理解したので、なんとか適応しようとした。
となれば、リテ工場の新型旋盤を求めるわけで。
リネシスは、たしかにこの流れを計算して、旋盤の量産体制を整えた。
だが、ここまで売れるとは思っていなかった。
リテ工場は、毎日フル稼働だった。
あまりにも注文が入ってくるものだから、ついには人手が足りなくなって、帝国民の生き残りから、五百名ほど採用したぐらいだ。
それぐらい忙しくなってくると、テテの両親は、疲労困憊で白旗をあげた。
「もう、わたしたちの手には負えません。工場は息子にまかせました」
こうしてリテ工場の経営者は、息子のテテに代わった。あくまでペーパーカンパニーを通した経営だから、実際の経営権は秘匿されている。
だが、現場で工員たちを動かすのは、間違いなくテテであった。
テテは、八百名近い工員を前にして、堂々と挨拶した。
「見てのとおり、オレは左足が義足だ。ときには、みんなに助けられることもあるだろう。だから社長として偉そうに振るまうよりも、みんなと一緒に成長していけたらいいなと思ってる」
八百名近い工員たちは、新しい社長を、そんなに歓迎していなかった。新米のリーダーなんて、テキトーに扱われるのが、世の常だろう。
だがリネシスは、親友のテテなら、きっとうまくやるだろうと思っていた。
なぜならば、馬小屋の手伝いに加えて、冒険者と軍隊を経験しているからだ。
これらの経験があれば、人間と物資の流通にも詳しいはずだし、組織のリーダーにふさわしい態度も理解しているはずだ。
● ● ● ● ● ●
テテが経営者になってから、リテ工場の売れ行きは、さらに加速した。
作業工程の組み方や、シフトの組み方も絶妙であり、工員たちの負担も明らかに減っていた。
「新しい社長はいいねぇ。ちゃんと休めるから」「テテ社長になってよかった。前の社長は工程理解できてなかったから」「テテさんは立派だよ。義足で働いてるのに、おれより仕事量が多いんだ」
工員からの信頼を得たことで、一日あたりの生産量も安定するようになった。
もはやリテ工場の経営には、なんの心配もいらないだろう。
だが、別の問題が発生していた。
リテ工場以外の旋盤製造業者が、市場競争に敗北して、潰れてしまったのだ。
「工場潰れちまった……」「仕事なくなって、どうやって明日から食っていけばいいんだよ」「戦争が終わっても、仕事ないんじゃ、素直によろこべねぇ」
リネシスとテテは、復興を加速するために、盗んだ金貨を使って、商売を始めたはずだ。
ならば潰れた業者を救わなければ、復興は遠のいてしまうだろう。
だから二人は、潰れた業者を、リテ工場の支店扱いにして、既製品の修理と販売を頼むことにした。
実をいうと、この潰れた業者を吸収したことが、さらなる利潤を生みだすことになる。
なぜなら彼らは熟練工なのだ。工業化した社会において、もっとも大切な歯車であった。
「リテ工場に吸収されたおかげで、前より生活がよくなったよ」「やっぱさ、仕事してメシ食うことが、一番大切だよ」「プライドは売り渡すことになるけど、工場なくなるよりマシかな」
こうして失業者は最小限に抑えられたし、自然の流れで効率的な市場が完成した。
オルトランの市場は、ありとあらゆるモノを、共通規格で作るようになっていた。
馬車のパーツ、洋服のボタン、フライパン、窓枠。
たとえ日用品であっても、共通規格を適応すれば、生産コストが抑えられて、かつ修理が簡単になるわけだ。
ネジとネジ穴。
こんな小さな着眼点が、工業化を促進した。
リネシスとテテは、あまりにも商売がうまくいくものだから、大事なことをすっかり忘れていた。
二人が商売を始めた理由だ。
【豪商と戦うためには、自分たちにも商売の経験が必要だ】
だがしかし、商売がうまくいくことによって、本末転倒な事態を引き起こした。
【ふと気づけば、リテ工場が豪商の仲間入りを果たしていた】
リネシスとテテの経緯を考えれば、まるで闇落ちみたいな展開であった。
だから二人は、いつもの小屋で、反省会を始めることにした。
● ● ● ● ● ●
リネシスとテテは、反省会を始めていた。
まずはリネシスから反省の弁だ。
「リテ工場の経営と、納税を拒否した豪商への義賊行為。この二つを柱にして、一年間突っ走ってきた。すべては復興のためだった。それなのに、豪商の仲間入りを果たしてしまった。これは、本当に正しいんだろうか?」
リネシスは、すっかり商売に詳しくなっていた。帳簿だって読めるようになっていたし、利潤がさらなる利潤を生むことも理解できた。
だからといって、自分自身が豪商になっていいのだろうか。
まさしく本末転倒であった。
続いてテテの反省の弁だ。
「オレたちは、もう十九歳だ。来年には二十歳になる。そろそろ自分の走ってきた道を振り返る機会も必要だろう」
去年のテテは、『金貨の光は人の心を狂わせる』と言っていた。それがいまでは、金貨の山を見ても、なにも感じなくなっていた。
こんなことでは、いざ復興を遂げたとしても、他でもない自分たちが納税を拒否する豪商になるのではないか?
そんな危機感が二人にあった。
だが、復興にはお金が必要だし、共通規格がなければ、次の戦争に耐えられないだろう。
リネシスは、あれこれ考えたあげく、革新的な作戦を編み出した。
「逆の発想でいこう。商売の規模をどんどん大きくして、テテが商業連合の盟主になればいいんだ。そうすれば、すべての商人たちに納税の義務を説くことができるし、商業連合は民主派の支持者になる」
テテは、ふらっとめまいを起こしそうになった。
「また夢みたいなことを言い出したな、お前は……」
「いや、むしろ、こっちのほうが現実的だ。いまは豪商たちが、納税の義務を果たしていないから、義賊行為の対象なのだ。だが、俺たちが稼いだお金で、軍隊の再建が進めば、いつかは彼らも納税せざるを得なくなる。そのとき、彼らを味方に引き込まないと、革命は成功しないぞ」
リネシスとテテが、豪商と対立しているのは、あくまで納税拒否が原因だ。
逆に考えれば、普通に納税してくれるなら、対立する理由がなくなる。
ならば彼らを味方に引き込めばよい。無血革命を成功させるために。
「心理的には受け入れがたいが、正論だ。というか、もうオレが豪商だし……」
テテは、ポケットから一枚の金貨を取り出して、はぁとため息をついた。
「そうだぞ、テテ。お前は立派な豪商なのだ。現実主義者だけあって、俺より経営うまいしな」
リネシスは、新しい書類を用意していた。
リテ工場の経営権に関する書類だ。現在は、ペーパーカンパニーを通した経営を行っているため、やや複雑な書類になっている。
だが、もし革命が成功すれば、いくらでも目立ってもいいため、ペーパーカンパニーを通した経営は不要になる。
では、誰が堂々とリテ工場を経営するかといえば、テテであった。
リネシスは、リテ工場の権利に興味がなかった。政治家を引退して、オルトランの象徴になってからは、小説家をやるつもりだからだ。
テテは、この経営権に関する書類を読むと、黒髪の頭をかきむしった。
「複雑な気持ちだ。オレは、特権階級に対する反骨心で突っ走ってきたのに、なぜかオレが金持ちになってる……」
お金持ちになったことを、素直に喜べないところが、テテらしかった。
そんな親友の性格を、リネシスは肯定的にとらえていた。
「お金持ちであることは、必ずしも悪いことではない。少なくとも、復興にバンバン投資することは、正しいのだ」
リネシスは、リテ工場の帳簿を、指先で弾いた。
「むしろ、そうやって復興に投資するほど、お金持ちになった罪悪感が薄れそうだ」
テテは、リテ工場の帳簿を、ぱらぱらっとめくった。
そんな会話をしていたら、小屋の窓際に、伝書鳩が飛んできた。
リネシスは、伝書鳩の足首から、書簡を取り外して、内容を調べた。
王族三兄弟・次男マキサからの緊急連絡であった。
『元帝国民たちが、住み込みで働ける場所を、半年前に確保しておいたんだ。それで、いざ元帝国民たちが働こうとしたら、そんな職場はどこにもなかった……詐欺だったんだよ! ああやられた! くそっくそっ、ちゃんと気をつけてたのに』
● ● ● ● ● ●
戦争からの復興期だけあって、詐欺師が跳梁跋扈していた。
だからといって、責任ある立場の人間が、詐欺師に騙されてはいけないのである。
そういう意味で考えると、次男マキサは、王の器ではなかったんだろう。
それはさておき、元帝国民の生き残りたちを、リネシスとテテで引き受けることになった。
リネシスは、人材名簿を確認した。
「元帝国民二千名の生き残りのうち、五百名は、すでにリテ工場で採用している。だから残りの千五百名を、どうにかしないといけないな」
テテは、人材名簿を丁寧に読みこんだ。
「彼らは、住み込みで働ける場所を失ったため、貧民街に身を寄せることになってしまった。そもそも貧民街が残ってること自体が、ゆゆしき問題だな」
そう、貧民街は、いまでも残っていた。戦前とは違う理由で。
戦前は、無能なバルバド王の政治的失敗が原因である。
だが現在は、国内の仕事が不足しているせいだった。
定職がないか、もしくは収入が少なすぎる人が一定数を越えると、どうしても貧民街が発生してしまう。
つまり、オルトランの市場を拡大しないかぎり、この問題は絶対に解決しない。
かといって、市場の拡大を優先して、軍隊の再建を後回しにすれば、豪商たちは私兵を使って納税を拒否するわけだ。
納税額が減れば、国家を通した正式なルートで、貧民街を救うことができなくなる。
では減収分を、義賊行為だけで埋められるかといえば、現実的ではない。
あっちを立てれば、こっちが立たず。
どの選択肢を選んでも、どこかしらに問題が発生する。
「「はぁ、空から金塊の雨でも降ってこないものか……」」
リネシスとテテは、すっかり困り果てていた。
聖ハリマニ歴1875年。ちょっと曇った日。
後世の歴史書によれば『リネシスとテテの功績には、良いものと悪いものが混在している。だが、この年に開発された新技術は、間違いなく良いものだった』と記されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます