プロローグ3 冒険のおわり 戦争のはじまり

 その後も、リネシスたちは、各地を冒険した。


 どうやらリネシスは、実戦を通じて成長するタイプだったらしい。


 剣術の師匠であるゴルゾバ公爵と、魔法の師匠であるケルサ元学長の予測を上回るほど、戦闘の才能を開花させた。


 連戦連勝、向かうところ敵なし。


 盗賊団を叩き潰しまくったし、恐ろしいモンスターをばったばったなぎ倒したし、こっそり身分を明かして悪い領主を懲らしめることもあった。


 おおむね、困っている人々を救うための旅だった、といっていいだろう。


 だが、表向きには放蕩三昧のフリをしているため、オルトラン王国の国民から盛大に叩かれた。


「税金の無駄遣い」「王族三兄弟の面汚し」「オルトランのゴミ」「そのまま野垂れ死んで二度と帰ってくるな」


 なにがすごいかといえば、これらリネシスの悪口だけは、王族を侮辱した罪で逮捕されなかったことだ。


 なぜなら父親である王様が、リネシスを嫌うあまり『リネシスの悪口ならば、いくらでも言ってよろしい』とお触れを出したからだ。


 これら国民からの評判について、リネシスは、二人の兄からの手紙で知った。


 そう、リネシスは、二人の兄と関係が良好であった。


 優秀な長男と次男は、うつけものの弟を可愛がっていた。たとえ表向きの理由である、放蕩三昧の旅行をしていると思っていても、態度を変えなかった。


 手紙によれば、二人の兄たちは、こう思っているようだ。


 ――リネシスは、小説家になるんだよな。だからきっと、新しい創作のネタを探すために、たくさん旅行してるんだ。がんばれよ、きっといい作品が書けるはずだ。


 リネシスは、二人の兄たちの優しさを知り、胸を痛めた。


 まさか小説家になりたいはずの弟が、民主主義革命を夢見て冒険しているなんて、二人の兄に言えるはずもなかった。


 だが、いまさら歩みを止めるつもりもないので、まずは一人前の冒険者になってやろうと思った。


「テテ。兄上からの手紙によれば、いよいよ俺は国民の敵になったらしいぞ」


 リネシスは、川原でたき火の準備をしながら、テテにいった。


 テテは、焼き魚の準備をしながら、リネシスに返答した。


「いいか、リネシス。国民は、今回のお触れに反応して、お前の悪口をたくさんいってるように思える。だがこれは、お前個人に対する悪口じゃなくて、王族すべてに対する悪口だ。それを、お前の名前にかぶせてるだけだ」


「なるほど。いわれてみれば、たしかにそうだな。だが、よくわかったな?」


「わかるに決まってるだろ。オレも王族が嫌いだからな」


「つまり国民は、王制への不満をため込んでいるわけだ。この怒りを利用すれば、民主主義革命も成功するのではないか?」


 かなり不穏な発言なのだが、もはや冒険の仲間たちは、年中革命話を聞いているせいで、完全に聞き飽きていた。


 ラサラ教授も、マルトロ司祭も、ふわーっとあくびをするばかりで、まったく興味を示さなかった。


 ただし、テテだけは、年の近い友達だから、多少なりとも反応してくれた。


「リネシス。夢ばかり語ってないで、底をつきた路銀を稼ぐ方法を考えろ。そのせいで今日は野宿なんだぞ」


 冒険の旅は、お金のやりくりが難しい。食べ物、宿泊費、消耗品、他にも出費はいろいろあった。


 今日だって、ぜい沢をしたわけではないのに、安宿に泊まる金すらなかった。


 そんなカツカツの状態でも、冒険の旅を継続できているのは、馬小屋出身のテテが、神経質に財布を管理しているからだ。


 リネシスと、ラサラ教授と、マルトロ司祭は、お金の管理が得意ではなかった。


 だがリネシスは、どうやって稼ぐのか、という発想だけは得意だった。


「盗賊団をやっつけて、お宝を奪おう」


 世直しの旅をやっていれば、『組織的犯行を繰り返す集団は、お宝をため込んでいる』ことが、わかるわけだ。


 だがテテは、焼き魚に塩を振りながら、ため息をついた。


「またそれか。もはや、どちらが盗賊団なのか、わかったもんじゃないな……」


「なにが不満だ? ちゃんとお宝は、地元の住民たちに返還しているではないか」


「そこから一割だけ、労働力の対価として、中抜きしてるだろうが」


「冒険は、きれいごとだけじゃなりたたない。そう教えてくれたのは、テテだろうが」


「ああ、うっとうしいやつだ……」


 こんな調子で冒険の旅を続けて、十七歳の春を迎えたとき、オルトラン王国に戦争の噂が流れた。


 リネシスたちは、急きょ帰国して、国際情勢を調べた。


 開戦目前だった。相手はリンリカーチ帝国だ。両国ともに軍備を拡張していて、人と物資と馬の出入りが激しくなっていた。


 もはや冒険どころではないため、パーティは解散となった。


 ● ● ● ● ● ●


 リネシスは、魔法と学問の師匠である、ケルサ元学長の掘っ立て小屋へ向かった。


 ケルサ元学長は、驚くほどに痩せ細っていた。寿命が近いのである。


「リネシス王子。わたくしは、もうおじいさんでございます。そう遠くないうちに、天からお迎えがくるでしょう。ですから、あなたに渡しておきたいものがあります」


 ケルサ元学長は、掘ったて小屋の床下から、宝箱を引っ張り出した。


 魔法の宝箱だ。特定の魔力を当てないと、鍵が開かない仕組みである。


 この宝箱に、ケルサ元学長は、自慢の魔力を当てた。


 ぱかっとフタが開くと、宝箱の中身が見えた。


 怪しい仮面であった。


 この怪しい仮面を、ケルサ元学長は手に持った。


「レジェンドクラスのマジックアイテムで、【ラミ・ゴハの鱗】といいます。これをかぶれば、顔の輪郭も、声質も、現場に残った痕跡も、すべて偽装できます」


 リネシスは、たくさん本を読んだからこそ、このマジックアイテムの性質を知っていた。


「魔法大図鑑に載るほどの秘宝ではないか。時価総額でいえば、小さな国家が買えるほどの価値があるんだぞ。学長、こんなお宝、いったいどこで手に入れたんだ?」


「わたくしも、二十代のころに、冒険していましてな。そのとき、偶然手に入れたのですよ」


 ケルサ元学長は、してやったりという感じで、はにかんだ。


 魔法と学問の師匠も、冒険の旅で自らを鍛えていたことを知って、リネシスは嬉しくなった。


 もしかしたら、ケルサ元学長も、若いころは理論先行で、実体験が伴っていなかったのかもしれない。


 そう考えると、リネシスは師匠の良いところを、着実に吸収しているんだろう。


「だが学長。【ラミ・ゴハの鱗】を、俺が受け継げるのか? 図鑑によれば、レジェンドクラスのマジックアイテムは、道具の方が人を選ぶらしいが」


 リネシスが懸念したとおり、【ラミ・ゴハの鱗】は、まるで生き物のように、ごわんごわんと蠢いていた。


 いまは、ケルサ元学長が触れているから、傑作のマジックアイテムとして躍動しているんだろう。


 だが、リネシスの手に渡ったとき、マジックアイテムとしての輝きを失うかもしれない。


 そんなリネシスの不安を打ち払うかのように、ケルサ元学長は【ラミ・ゴハの鱗】を掲げた。


 とつぜん、リネシスの耳に、【ラミ・ゴハの鱗】の声が聞こえてきた。


『冒険の旅を通じて、人間として成長したようだ。これならお前に、余の鱗を預けても、問題ないだろう。だが忘れるなよ。もし、人として間違ったことをしたら、この鱗は、お前の管理下を離れるからな』


 リネシスは、【ラミ・ゴハの鱗】を受け取りながら、すべてを悟った。


「そうか……剣術と魔法と学問の修行、そして冒険による精神の成長。すべては、この仮面を受け継がせるための準備だったわけか……恐れ入った、我が師よ」


 リネシスが、ケルサ元学長の先読み能力に感服しているとき、ついに時代は一つの節目を迎えた。


 リンリカーチ帝国が、オルトラン王国に宣戦布告したのだ。


 リネシスは、【ラミ・ゴハの鱗】を仮面のように装着すると、王子としての身分を隠した。


『学長。俺は、ただの一兵卒として、戦争に参加しようと思う』


 リネシスが偽装した声で伝えれば、ケルサ元学長は血相を変えた。


「いけません! 一兵卒として戦争に参加したら、かなりの確率で死んでしまいますぞ。あなたは、次の時代に必要な傑物なんですから、王族の立場を利用して、なにがなんでも生き延びなければなりません」


『だが、民衆の立場で、戦争を体験しておかないと、なにが正しいのか、わからなくなる。それが冒険の旅を通じて得られた教訓だ』


 リネシスは、仲間たちの目線を通じて、自分の恵まれた環境を認識するようになった。


 だからこそ、恵まれていない苦境で、体当たりの挑戦をすることが、革命につながるわけだ。


 冒険の旅も中々に大変だったが、戦争はそれ以上に大変だろう。


 だからこそ逃げてはならないのだ。初代内閣総理大臣になって、この国を背負うためにも。


 どうやらケルサ元学長は、弟子であるリネシスが、立派な道を歩み始めたことが、嬉しかったらしい。


 感極まって、だーっと涙を流した。


「ああ、ご立派になられた。あなたに魔法と学問を教えて、本当によかった…………決めました。この年老いた魔法使いも、あなたの戦いに同伴しましょう」


『学長。まさかその年齢で、戦争に参加するつもりなのか?』


「むしろ、この年齢だからこそ、若者のために命を張れるんですよ。オルトランの未来のためにも、わたくしは粉骨砕身の覚悟で、志願いたします」


 ケルサ元学長は、押し入れの奥から、古びた魔法の杖を引っ張りだした。


 若いころなら、攻撃用の杖だったんだろう。


 だが年老いた今では、足腰を支える杖になっていた。


 良識的に考えれば、ケルサ元学長を諫めたほうがいい。だがリネシスは、ケルサ元学長の燃え盛る魂に感化された。


『あいわかった。そこまで覚悟が決まっているなら、俺には止められない。さぁいくか。戦争をやるからには、勝たないとな』


 この日、謎の仮面剣士と、とっくの昔に引退した魔法使いが、志願兵として最前線に送られた。

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