プロローグ6 首都防衛戦に備えよ
リネシスは、伝令の役割を担うために、飛行の魔法で首都に戻った。
冒険者時代の仲間である、ラサラ教授とマルドロ司祭に会うと、ブラックドラゴン対策を相談した。
「帝都は、ブラックドラゴンのブレスで焼け落ちた。あっという間に、ほとんど市民が焼け死んだ。オルトランの首都まで、あんな目にあわせるわけにはいかない。なにかいい方法はないか?」
ラサラ教授が提案した。
「首都の住民を、魔法大学に避難させましょう。あそこなら魔法で守られた耐火性の建物があるし、大量の魔法使いたちによる魔法障壁で守れるわ」
続けてマルドロ司祭も提案した。
「けが人は、我々テネタ教の僧侶にまかせてください。治療魔法は、なによりも得意ですよ。だから避難を優先させましょう、余計な荷物を持ち出そうとして、避難が遅れるのが、一番危ない」
さすがに年長者の知恵者たちは、堅実な案を持っていた。いつかは彼らと一緒に、政治の仕事をすることもあろうだろう。
この首都防衛線に、生き残れればだが。
そう思ったリネシスが、住民の避難のために動き出そうとしたら、ラサラ教授が念を押した。
「リネシス。わかってると思うけど、第五大隊が、最終防衛ラインよ。いくらわたしたちの魔法障壁が頑丈でも、あなたたちが突破されたら、直接攻撃であっという間に焼き殺されるわ」
リネシスは、魔法大学に避難した人々が、ブラックドラゴンに焼き殺されるところを想像した。
建物の中で逃げ場を失って、四方八方から迫ってくる黒い炎に、全身を焼かれていく。
あまりもの悲惨さに、表情が固まった。
だが、逆に考えれば、ブラックドラゴンさえ退治できれば、みんなを守ることもできる。
「……なにがなんでも勝ってやる。そうすれば、避難した人々を守れるものな」
リネシスは、鬼神のごとく奮起した。冒険者時代と第五大隊時代で蓄積した実力で、生まれ故郷を守ってみせる、と。
● ● ● ● ● ●
リネシスは、首都の中心である城へ駆け込むと、父親であるバルバド王に会った。
見た目からして、愚鈍な王であった。しまりのない二重アゴと、でっぷりと膨らんだ太鼓腹。たるんだ目元には卑屈さがにじんでいて、いかにも戦争が起きたのは自分のせいではないと言いたげだった。
たしかに戦争が起きたのは、リンリカーチ帝国の野心が原因だ。
だがしかし、こんな泥沼状態になるまで長引いたのは、バルバド王の無能が原因である。
リネシスは、筋骨隆々の腕で、バルバド王の肩をつかんだ。
「父上。もしも王の意地が残っているなら、今すぐバルコニーに出て、民衆に声をかけろ。急いで魔法大学へ避難せよとな」
バルバド王は、びくっと震えた。
「ば、ばかな。バルコニーなんて目立つところに出たら、ブラックドラゴンに襲われるかもしれないんだぞ」
「目立つから避難誘導に効果があるんだろうが。この軟弱者め」
「軟弱だと! 王に向かって無礼なこというな、うつけモノのくせに!」
国家の危機なのに、我が身の可愛さを優先する。
こんなのが実の父親だなんて、リネシスは信じたくなかった。
だが、眉毛の角度が、あまりにも自分とそっくりだから、腹が立ってきた。
いっそ、この混乱に乗じて、父親を暗殺すれば、民主主義革命なんて容易いのではないかと思ってしまう。
しかし、暗殺には、なんら正当性がない。二人の兄上との関係が崩れて、王党派と民主派で内戦になるかもしれない。
やはり革命を成功させるためには、正当な手続きと、多数の支持者を得ることが、最善の道であった。
リネシスは、うつけモノの演技を一時的に捨てると、自らバルコニーに立った。
「みなのもの、よくきけ! 今すぐ魔法大学に避難せよ! いいか、帝国を滅ぼしたブラックドラゴンが、もうすぐ首都を襲う! だから、急いで魔法大学に避難するのだ!」
戦場で培った大声であった。まるで声が爆発したように、首都の隅々まで響き渡る。
それを聞いた首都の住民たちは、当初真に受けなかった。ブラックドラゴンなんて、おとぎ話の存在が、現実世界で暴れるはずがない。どうせ、うつけモノが、適当な嘘でも言っているんだろうと。
だがリネシスが、裂ぱくの気合を込めて、ブラックドラゴンの脅威を訴え続けたところ、民衆の顔色が変わってきた。
「もしかして、本当のことなんじゃ」「っていうか、あれ、本当にうつけモノのリネシス王子なの?」「なんか別人みたいに、迫力があるっていうか」「でも、真っ先に疎開したはず」「それだけ危険な存在に敏感ってことなんじゃ……?」
ざわざわと不安の声が広がると、パン屋の三男坊が魔法大学に向けて走り出した。
この勇敢で知的な子供の行動が引き金となり、周囲の大人たちも走り出した。
あとはもう濁流のように、あらゆる住民が魔法大学へ避難していく。逃げ遅れた人もいたが、それは首都の衛兵たちが、避難誘導してくれるようだ。
少なくとも、住民の避難は完了した。
これら一連の光景を、城を警備する衛兵たちが、じっと見ていた。
現役のバルバド王よりも、うつけモノの王子様のほうが、あきらかにリーダーシップを発揮していた。
だから衛兵たちは、バルバド王ではなく、リネシスに指示を仰いだ。
「リネシス王子。我々は、なにをすればいいですか?」
「城から、ありったけの食糧を持ち出して、魔法大学に運べ。治療品はいらない。ケガをしても、テネタ教の僧侶たちが、治療魔法でどうにかしてくれる」
だがバルバド王が余計なことをいった。
「国宝を持ち出せ! あれは我らオルトラン王家にまつわる高価なものばかりだ!」
余計な命令は、現場の連携を阻害する。
それを戦場で嫌というほど味わっていたリネシスは、バルバド王の命令を取り消すために、顔面をブン殴った。
「国宝なんてどうでもいい! いまは民衆を生かす方法だけ考えろ!」
「ひええええ…………」
バルバド王は、顔を真っ赤に腫らしたまま、すっかり怯えてしまった。
ようやく足手まといが黙ったので、リネシスは、あらためて衛兵たちに命じた。
「国宝は無視していい。とにかく食糧だ。あと、こんなやつでも、王は王だ。魔法大学に連れていけ」
「了解しました!」
衛兵たちは、バルバド王の両脇を抱えると、魔法大学に走っていった。
しばらくすると、母親である王妃が、寝室から降りてきた。
「リネシス。あなたは、お父さんを殴ったのね」
「母上も、急いで魔法大学へ」
「あなたは、とても怖い子に育ってしまった。二人の兄のように、温厚に育ってくれればよかったのに。だから旅行に賛成したのよ。たくさん遊べば、きっと優しい子に戻ってくれると思ったから」
王妃は、ただの善人だった。
もし王の妻にならなければ、良識的に生きる模範的な人間だったんだろう。
だが、王妃の立場を手に入れたのだ。発言と行動には責任が伴う。優しいだけでは、オルトラン王国みたいな、巨大国家を支えることはできない。
「衛兵。母上も魔法大学に連れていけ」
王妃は、衛兵に連れられながら、ちらっと振り返った。
「なにがあなたをそうさせたの。時代、それとも才能?」
リネシスは、心の中で『父上と母上が、あまりにも無能だからだ』と答えた。
それから近くの衛兵にたずねた。
「兄上たちは、どこに?」
「近隣国へ、軍費の調達に向かいました。あと数日は帰ってこれないかと」
さすがに二人の兄たちは優秀だった。戦争には大金が必要だとわかっているのだ。
となれば、リネシスたち三兄弟が、あの無能な両親から生まれたことは、もはや奇跡だったんだろう。
リネシスが、ほんの数秒だけ、物思いにふけっていると、衛兵が恐る恐る質問した。
「あの、リネシス王子、やたらと頭がキレるみたいですが……もしかして、本当は、うつけモノではないとか?」
リネシスは、かなり反省した。非常事態に対処するためとはいえ、本性を表に出しすぎた。
このままでは、うつけモノの仮面が剥がれてしまって、民主主義革命の機会を失いかねない。
だから、パパっと服を脱いで、パンツ一丁になった。
「いやいや、ただ思いつきを口にしているだけさ。だから君も、さっさと魔法大学に避難したほうがいい。俺もあとからいくから、気にせず急いでくれ」
「あ、はい。では、お先に失礼します」
衛兵たちは、何度も首をかしげながら、魔法大学に走っていった。
● ● ● ● ● ●
リネシスは、もぬけの殻になったお城を歩いていた。
目的は宝物庫だ。
愚鈍な王が、国宝を心配したことは、ある意味で当たっていた。
リネシスが、パンツ一丁になったのは、衛兵たちの目を欺くためだけではない。
伝説のブラックドラゴンと戦うために、国宝を装備するつもりだった。
宝物庫の頑丈な扉を、攻撃魔法で破壊すると、パンツ一丁で堂々と侵入した。
ホコリ臭い密室の中央に、ロングソード&防具一式の組み合わせが、仰々しく飾ってあった。
ロングソードも、防具一式も、エピッククラスのマジックアイテムである。
マジックアイテムのグレードは、下から数えて【コモン・アンコモン・レア・ウルトラレア・エピック・レジェンド】の順番で上がっていく。
つまり国宝は、上から二番目のグレードだった。これだけ価値が高ければ、きっと性能もいいはずだ。
そう考えたリネシスの鑑定眼は、的中していた。
なぜなら、かなり古い装備のはずなのに、まったく経年劣化していないのだ。
過去の文献によれば、なんでもオルトラン王家の始祖が、この装備一式を使って、ドラゴン退治をしたらしい。
「ドラゴン退治の逸話か。今の俺にふさわしい装備だな」
リネシスが、鎧を装着しているとき、【すべてを洗い流す海竜/ラミ・ゴハ】が、鱗を通してしゃべりだした。
『いいことを教えてやる。レジェンドクラスのマジックアイテムとは、我ら伝説級のモンスターたちの体の一部のことだ。だからそれ以外のマジックアイテムは、どれだけ高性能に作ろうとも、エピックどまりになる』
「学術的に興味深い情報だが、なんでこのタイミングで教えたんだ?」
『【ハリ・ア・リバルカ】の皮膚の硬さを、理解しやすくなったろう?』
そう、ブラックドラゴン【ハリ・ア・リバルカ】の皮膚は、レジェンドクラスのマジックアイテムと同じ硬さになる。
そんな硬い皮膚を持ったやつを退治するとなれば、普通の武器の強度では、歯が立たないことになる。
リネシスは、国宝であるロングソードを握った。
「こいつの刃は通用するか?」
柄に刀匠の名前が掘ってあった。ドン・バン・ロン。名前の癖からして、おそらく少数民族ドワーフの鍛冶屋だ。
オルトラン王国のあるガッタール大陸には、ドワーフやエルフみたいな少数民族が、ほぼ住んでいないため、この手の装備は珍しかった。
『大丈夫だ。ドワーフの武器なら、あのロクでなし黒竜の皮膚も切れる。ついでにいっておけば、オルトランの始祖は、この剣を使って、本当にドラゴン退治をやっているぞ』
伝説級のモンスターである【すべてを洗い流す海竜/ラミ・ゴハ】が言うなら、文献の情報は正しかったようだ。
リネシスは、国宝のロングソードを腰におさめると、【ラミ・ゴハの鱗】を顔に装着して、身分を隠した。
『【ラミ・ゴハ】。お前がこんなに表に出るということは、ブラックドラゴン退治のアドバイスもしてくれるんだな?』
『当たり前だ。あのロクでなし黒竜を倒すためなら、いくらでもアドバイスしてやろう』
首都の空に、禍々しいドラゴンの咆哮が轟いた。
ついにブラックドラゴン【ハリ・ア・リバルカ】が、首都の上空に到来したのだ。
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