第10話 パレードと鉢合わせ
リネシスは、王族用の馬で、貧民街に向かっていた。
だが、なにかの運命に導かれたように、王族のパレードと鉢合わせした。
リネシスにしてみれば、ただの邪魔な行列だ。
だがリネシスの父親である、バルバド王にしてみれば、他のすべてより優先すべき国家事業であった。
「リネシス。なぜお前はパレードに参加しない」
バルバド王は、馬車から顔を出して、不満そうに言った。
「俺は父上のように暇ではないからさ」
リネシスは、実につまらなさそうに言った。
「なんだと無礼な! いくら父親が相手とはいえ、私は王だぞ!」
最近のバルバド王は、かんしゃくを起こしやすくなっていた。
その原因は、リネシスにもわかっていた。実は、民主派でも密偵を雇って、王党派の周辺を探っていたからだ。
どうやらウェリペリ大公が、主導権を握ってしまったらしい。
つまりバルバド王は、王様という地位にありながら、自分の意見を通せる場所がなくなったのだ。
プライドだけは一人前の男が、自我を示せる場所を失えば、活火山のように不満が溜まった。
その不満を、周囲の家臣たちや、王族三兄弟に、ぶつけるようになっていた。
リネシスにしてみれば、ただの甘えだった。
こんな甘えん坊に、いちいち構っている暇はない。
リネシスは、王党派をかく乱するためにも、さっさと貧民街に向かうためにも、奇策に打って出た。
「そんなに王の威厳を強調したいなら、その場で服を脱いで、パンツ一丁になればいい。そのとき、民衆がどんな目をするかで、父上の信頼度がわかるぞ。ちなみに俺は、パンツ一丁になることに抵抗なんてない。大人になった今でもだ」
リネシスは、馬に乗ったまま、パンツ一丁になった。
パレードの観客たちが、ざわついた。またうつけモノが、バカなことをやっているぞ、と。
だが、戦争の影響により、王様の人気が落ちているため、むしろ痛快だと思っている人たちもいた。
さすがに王族批判の罪で逮捕されるのが怖いから、直接文句はいわない。だが、彼らの目は、こう訴えていた。
『王様、さぁ服を脱いで、威厳を証明してください』
いくら愚鈍なバルバド王といえど、自分の評判が悪いことには気づいていた。
だからこそ、威厳を保つために、躍起となった。
「衛兵! このバカ息子を捕まえて、しばらく牢屋にぶちこんでおけ! そもそもこいつの妄言を真に受けたせいで、国宝は失われたのだ! それも罪に加算してやる!」
国宝が失われたのは、二年前のことである。そんな昔のことですら、バルバド王は根に持っていた。
だが国宝が失われたのは、ブラックドラゴンを倒すためであった。
リネシスみたいな生粋の戦士なら、たとえ国宝だろうと、武具は使ってナンボだと思うわけだ。
だがバルバド王は、国宝は見せびらかすモノだと考えているため、実戦で使用するなんて言語道断だった。
そんな王族親子の対立に、審判を下すのは、パレードを護衛する衛兵たちであった。
衛兵たちは、わざとらしい仕草で、腰のロングソードを、ぽろっと落とした。
「申し訳ありません、王様。手が滑ってしまいまして」
なにを隠そう、この衛兵たちは、第五大隊出身であった。
そう、彼らと、リネシスは、戦友である。
しかもただの戦友ではなく、民主主義革命を目指す同志であった。とっくの昔に、首都の若い衛兵たちは、リネシスの味方になっていた。
しかし、バルバド王は、なにも知らない。唯一知っていることは、衛兵隊が、ことごとくリネシスの味方をすることだった。
これではまるで、リネシスが王のようだった。
「リネシス。お前なんかに、絶対王位は渡さんぞ」
どうやらバルバド王は、リネシスが謀反を起こして、王座を奪うのではないかと考えているらしい。
そんな疑いを公の場で口にしてしまうほど、最近のバルバド王は、王座にこだわっていた。
いくら愚鈍な王といえど、以前はここまで権力に、こだわっていなかった。
だが、従兄弟のウェリペリ大公に主導権を握られてしまったせいで、王座に対する価値を高く見積もるようになったのだ。
そんな相手に対して、どんな返事をするのが有効か。
リネシスは、バルバド王を油断させることにした。
「王位なんぞに興味はない」
リネシスが興味を持っているのは、初代内閣総理大臣の座だ。
王制を打倒し、身分制度を撤廃する。
王族は象徴となり、隠居してもらう。
王の戒律は失われて、憲法が稼働する。
議会は普通選挙で選ばれた政治家たちが運営して、貴族は議席を失う。
もし懸念事項があるとすれば、豪商との戦いだ。
王族と貴族が力を失えば、資本家たちが跳梁跋扈することになるだろう。
そこを制御していけるかどうかが、リネシスの課題であった。
だが、そんなリネシスの深い思考など、愚鈍なバルバド王にはわかるはずがなかった。
「そ、そうか。王位に興味はないのか。ならいい。二人の兄と仲良くして、達者に暮らせよ」
これだけ油断すれば、なにかきっかけさえあれば、バルバド王とウェリペリ大公は、分裂するはずだ。
バルバド王は、リネシスを警戒しなくていいと主張して。
ウェリペリ大公は、リネシスを全力で警戒しろと主張して。
二人は真っ向から対立するわけだ。
王党派にもっと手を加えれば、さらに対立は激化するはず。
暗殺は使わずに、政治力学のみで勝つ。それがゴルゾバ公爵との約束だ。
そんなことを考えながら、リネシスは馬をゆっくり歩かせて、パレードを迂回していく。
その際に、衛兵の現場を仕切る男に声をかけた。
「大佐。警備の邪魔をして悪かったな」
大佐こと、ゴルゾバ公爵は、目を細めた。
「リネシス。しっかり考えてから行動しろ。良くも悪くも、お前の行動は、人を動かしてしまう」
ブラックドラゴンとの戦いで、第五大隊の精鋭たちが、リネシスを守るために死んでいった。
あのときのことを、ゴルゾバは示唆しているのだ。
「わかってる。計画は慎重に、行動は迅速に。それを教えてくれたのは、剣術の師匠である、大佐だからな」
短い会話が終わると、リネシスは貧民街に向かって、馬を走らせた。
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リネシスの後ろ姿に向かって、リネシスの母親である王妃が嘆いた。
「ゴルゾバ公爵。なぜうちの子は、あんなに怖い子になってしまったの?」
ゴルゾバ公爵は、ゆったりした口調で伝えた。
「王妃様。リネシスは自由にさせたほうがいいです。束縛しようと思って、どうにかできる相手ではないので」
ゴルゾバ公爵は、文字通りの意味で伝えた。
リネシスは、ブラックドラゴンを倒した魔法剣士だ。もし彼を止めようとしたら、衛兵隊を総動員しなければなららない。
だがその衛兵隊が、ことごとくリネシスの味方なのだ。
軍の実権を握ったものが、国家を支配することになる。
まだ民衆の承認を得ていないだけで、すでにオルトランはリネシスの国である。
だがしかし、王妃は、このあたりの感覚を理解できなかった。
「まさかゴルゾバ公爵、あなたまでリネシスに感化されて、復興ごっこなんかに付き合っているのですか」
復興ごっこ。
よりによって、復興ごっこ、なんて言ってしまった。
ゴルゾバ公爵は、王妃のデリカシーのなさに辟易した。
民衆だけではなく、役人たちも躍起になって、戦争の傷跡を回復しようとしているのに、それをバカにしてしまったのだ。
こういう俗悪な発言を、民衆は忘れない。絶対にだ。
パレードを見学する平民たちは、王妃をにらんでいた。憎しみを込めた瞳で。
ゴルゾバ公爵は、やれやれと首を左右に振りながら、王妃をたしなめた。
「王妃様。あなたは、あまりにも感性が党派性に囚われすぎている。なぜ人々が、こんなにも復興を目指して汗水を流しているのか、もっと考えたほうがいい」
「ゴルゾバ公爵……! やはりあなたは、リネシスの味方をするのね……!」
「私はオルトランの味方だ。それ以上でも、それ以下でもない」
ゴルゾバ公爵が、リネシスを支持しているのは、自分の弟子だからではない。
未来のオルトランに必要なリーダーだからだ。
逆に言えば、もしリネシスがリーダーの器を失ったら、真っ向から対立する。
それこそが、オルトランを守るために自爆した、ケルサ元学長の遺志だろう。
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