魔法の絆(7)

あじさい

魔法の絆(7)

 この空間に来て、メルトから話を聞かされてすぐに、レイラは悪魔ベルイーザと契約けいやくした。


 メルトが差し出した右手に、レイラが左手をかさねると、メルトはすかさず、どこからともなく取り出したナイフでレイラの指先にきずをつけた。メルトがレイラの血のしずくを地面に落とし、その上に手をかざすと、そこに赤い線で構成された大きな魔法陣が浮かび上がり、まばゆいばかりに光を放った。メルトが不可思議ふかしぎ呪文じゅもんとなえ、最後に「おいで、子猫かわいこちゃん」と言うと、そこに深紅のドレスを着た、14歳くらいの背丈せたけの少女が現れた。彼女はスカートを軽く持ち上げてお辞儀じぎをした。

「ごきげんよう。血と言霊ことだまみちびきにより、参上いたしました。ベルイーザと申します」

 あどけない声ですらすらとそう名乗った少女が背筋せすじを伸ばしたとき、キャムクティはそのあまりにも端正たんせいな顔つきと、見た目の年齢とつかわしくない老獪ろうかい眼差まなざしに、思わず身を引いた。

 だが、レイラはむしろ彼女に興味をかれたかのように、心なしか前のめりになっていた。ベルイーザは自分を見つめるレイラを見据みすえ、少しの間だまっていたが、やがてはがねのような笑みを浮かべて、メルトを見た。

「さすがはメルト様の召喚術です。うわさたがわず、今回もはずさなかったようですね。私、この方が気に入りましたわ」

 ベルイーザはレイラに視線を戻して、おごそかに言った。

「お姉さま、お名前をお聞かせくださらない?」

 キャムクティは、メルトに入れられたおりの中で、格子こうしを強くにぎりしめた。キャムクティの声にならない声が届くはずもなく、レイラが悪魔に答えた。

「私は、レイラ・クラウディア・シェイルフォード」

 ベルイーザもメルトも満足そうだった。ベルイーザが言った。

「レイラ・クラウディア・シェイルフォード様。私、あなたの願いのために、あなたの肉体がほろびるまでこの身をささげ、力をくすとちかいますわ。レイラ様、あなたはあなたの願いのために、私と肉体を分かち合い、魂をともにすると誓ってくださるかしら?」

 ベルイーザが左手を差し出した。レイラは右手を伸ばしかけて、ためらい、キャムクティを見た。

 先刻せんこく、レイラの気持ちをさっして「行けよ」と言ったのはキャムクティだ。「魔法使いの性分しょうぶんは分かってるつもりだ。こんな事で俺は、お前をきらったりしない」、そう言ったばかりだ。だから、キャムクティはただうなずいた。

 レイラは一瞬、さびしそうな表情を見せた。だが、その心のうちさとらせまいとするかのようにキャムクティから視線を外し、ベルイーザの手を取った。そして、

「誓います」

 と応じた。

 こうして、レイラとベルイーザの契約が成立した。


 その後、レイラはメルトの指導で、ベルイーザの「力」を使いこなすための「訓練」を受けた。得体の知れない薬を何種類も飲まされたり、魔法陣の中央に立たされてあやしげなじゅつをかけられたり、虐待としか言えないような「訓練」を受けさせられたりした。レイラが苦痛に身をふるわせ、呼吸をみだし、時にうめさまを見て、キャムクティは我が身のことのように心を痛めた。

 2週間って、その日の薬を飲んでひざをついてあらい息をするレイラを見下みおろしながら、メルトが言った。

「こんだけためして何の兆候ちょうこうも出ないっつーことは、外に出ないと実際んとこが分かんない系かもねー」

 メルトのいつも通りの軽い口調に、キャムクティは2週間分の苛立いらだちを爆発させそうになった。だが、それまでに何度もそうしてきたように、レイラ自身が明確にこばむまでは、自分が口を出して彼女の覚悟に水を差すべきではない、と思い直した。それに、キャムクティとレイラには、今よりも強大な力を手に入れなければならない理由があった。ドラゴン1匹たおせないままじゃダメだ。

つつみは作った。めるのをやめて、流れを戻しても問題はあるまい……」

 レイラに目を向けながらそうつぶやいた後、メルトはキャムクティを見た。


 メルトとしては、悪魔と契約けいやくしたレイラに新しい「力」を見せつけさせて、かたくななキャムクティにも悪魔との契約を承諾しょうだくさせるつもりだった。メルトの見込みでは、キャムクティには素質そしつがある。可能なら、自分の管理下にあるこの空間の内部で同朋どうほうに、もっと言えば配下はいかに加えておきたかった。だが、肝心かんじんのレイラのが出ない。このままいたずらにレイラを苦しめるだけでは、悪魔が人間に「力」を与えるという事実自体に、キャムクティが疑念をいだきかねない。


「ちょっと早いけど、実戦といきますかー」

 メルトがそう言ったとき、そこはすでにメルトが管理する世界ではなかった。

「それじゃー、お嬢ちゃん、悪魔と契約して手に入れた『力』、坊ちゃんに見せてやってくれないかい」

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