side――レオニ

 祭りの最終日。

 花火大会の当日、城門前でステラと落ち合った。


 回りには多くの人が集まっており、誰も此方には目もくれない。

 こそこそ会うよりもこっちがいいと、レオニから落ち合う場所を指定した。


「一緒に来て」


 言われるがまま、彼女の後について行く。

 向かった先は商業地区の中程にあった倉庫だ。ステラの父が所有する建物で、今日は誰もおらず、屋上に登ると花火が良く見えるのだと言った。

 二人だけで話がしたい。

 そう言われて断る理由は無かった。



 ステラは商家の一人娘だ。

 市井の女とは違い、いかにも良いとこのお嬢さんと言った立ち姿だ。

 浴衣ではなかったが、着ている物は薄青のワンピースに小さな手提げのポーチ。

 落ち着いた出で立ちが品の良さを醸し出し、実際の年よりも大人びて見せている。



 鍵を開けて中へ入ると、目の前の狭い階段を上がった。

 屋上へ通じるそれを登り切ると、途端に目の前には真っ暗な空が広がり、その中に浮かび上がるように大きな城が青白く写し出されている。


 手を伸ばせば届きそうな距離にある彼女の背中を見つめた。


 別れは突然告げられた。

 彼女と出会ってから遊び人の称号は捨てた。飲みにはクロードとしか行っていないし、過去の女の痕跡は全て綺麗さっぱり消したのだ。

 そういった事に頓着したことの無かった自分が嘘のように、残っていた物は全て処分した。

 それくらいステラの事は本気だった。

 将来の事を真剣に考えていたからこそ、突然の別れ話は受け入れがたいものだった。


 それなのに、いきなり再び目の前に現れた。

 何の相談も前置きも無しに去って行ったくせに、今更話がしたいなんて言って。

 怒りはあった。

 理由も教えてくれないのか。

 そう思ったが、今までの自分の行いを振り返ってみれば、仕方のない事なんだろうとも思った。

 今までのツケが全て回って来たんだろう。

 そう自分に言い聞かせて、クロードに甘えたのだ。



 ステラが此方へ向き合った。

 レオニが惚れた、強い意志と光りを秘めたエメラルドの瞳が向けられる。


「ステラ、俺は――」


「この街を出ることになったの」


 レオニが口を開くのを遮るように、ステラの口から言葉が紡がれる。


「…は?」


「この国を離れるわ」


 彼女の言葉を理解するのに時間を要した。


「戦争が始まる。ここも危ないから、他国へ渡るそうよ。父の友人が商人をしていてそちらを頼るのですって」


 夜空に閃光が走り、ステラの後ろで花火が咲いた。

 すぐに爆発音が鳴り響き、彼女の言葉が聞き取れない。


「なんだって?」


「…結婚することに、なると思うわ」


「け…こん…?」


「あちらの家の一人息子と縁談の話がきてるの。頼って行く事になるから……きっと、もう……」


 もう、決まっている…

 だから

 だから何も言わずにいなくなろうとしたのか


「何で話した?」


「…え…」


「もう決まっているなら、そのまま何も言わずに行けば良かったのに。何でわざわざ話したんだ」


「………」


 彼女の腕を掴む。

 強引に引き寄せて胸の中に閉じ込めた。

 花火が次々咲いていく。


「は、なして…」

 力ない言葉には本当にそうして欲しいという意思は感じられなかった。

 嫌なら抵抗すればいいだろうが。


「花火のせいでステラの声が聞こえない。……いつ?」


「…多分、もう、直ぐ」


「相手はどんな奴?」


「私と同じ年で、もうお店を手伝ってるみたい。真面目で人柄も良くて、誠実な人だって、母が」


「良かったじゃないか。将来安泰だ。こんな安月給の貧乏兵士なんかよりずっと幸せになれる」


「…!?」


 体を少しだけ離すと、此方を見上げるステラの瞳が開かれる。

 潤んでいるところをみると、多少なりとも自惚れて良いだろうか。


 分かりきったことだった。

 ステラは商家の娘。一人娘だ。

 一般兵の俺等とは住む世界も生きる場所も違いすぎる。

 いつかはそれなりの男とちゃんとした縁談が合って、幸せな家庭を築くのだろう。

 ステラは可愛いから、どこぞの貴族にだって見初められるかもしれない。

 頭のどこかではそう思っていた。

 分かってる。

 口だってそう言ってる。

 その筈なのに、レオニの腕は、体は、ステラを一向に離そうとしなかった。


 涙が零れたその目元にキスをした。

 これ以上は駄目だ。

 そう思っているのに、止まれなかった。

 彼女の唇を塞いでしまう。

 体を抱く腕に力がこもる。

 全身で彼女を欲している自分を止める事が出来なかった。



 ごめん

 最後にするから

 最後だけ、許して欲しい




「愛してるよ、ステラ」


「…!!」


 涙が頬を伝っていく。

 君への想いは過去形になんかしない。


「だからさよならだ」


「レオニさん!」


 彼女の体をゆっくり離す。

 たちまち夜の冷気が体へまとわりついてくる。

 直ぐに背を向け階段を降りた。

 ステラの忍び泣く声が聞こえたが、構わず倉庫を出た。

 頭上ではまだ花火が咲いている。


 夜空を見上げたまま、そこかしこに立ち止まる人々の間をすり抜ける。

 辺りに轟く光の花の轟音を背に、レオニは一人、通りを歩いた。

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