第13話――でかくなったか。

「これで全部だな」


 単身者用の宿舎から運び込んだ荷物が、壁に沿って積まれている。

 積まれているといっても、クロードの荷物は元々然程多くなく、大体がアトリアのものだ。

 それにしても前の部屋より広くなった居間を見れば、タワーや仔猫用の板を取り付けはしたものの殺風景には代わりない。

 備え付けの台所は以前に比べると設備が充実し、食事の支度も問題なく出来そうだ。

 やるかどうかは別として。


 共同だった風呂とトイレが備え付き、居間とは別に寝室があり、台所も充実している。

 二人で暮らすには十分だろう。


 この台所にしては魔冷具が小さいな。

 二人になった事だし、年数も経っているし、買い換えもありだなとクロードは考える。

 必要最低限の荷ほどきだけ済ませ、休憩だとばかりに新調した『ソフア』なるふかふか椅子へ腰掛けた。


「座り心地いいね!」


 アトリアは気に入ったようで、座りながらボインボインと器用に跳ねて遊んでいる。


「壊すなよ?」


 背もたれに背中を預けて足を伸ばせば、クロードの大きな体でもいい具合に寛げそうだ。



 何の気なしにアトリアを見つめる。

 ソファーの触り心地を堪能していたアトリアが、クロードの視線に気が付きこちらを向いた。


「なぁに?」


「いや……急にでかくなったな」


「え、そう?」


「少し前までこんなだったのに」


 言いつつサイズ感を手で表現してやれば、「そんな小さく無かったでしょう?」とアトリアが可笑しそうに笑った。

 その表情に今までの子供っぽさが見えない。

 でかくなったのは本当だ。

 ここ一週程で仔猫のサイズも猫子のサイズも上がった。急にだ。

 猫子で言ったら、シエロと並んでも大差ないように思える。

 まぁ、獣人は人間とは異なり、若くて力の強い期間が長く続くと言われる種族の為、おかしな事ではないのだが……。


 思春期になるのだろうか?

『ふーふー』とか『あーん』とか、もうしない方が良いのか?

 いい加減、寝室も分けなきゃ駄目だな。

 こんな時、世の中の親父はどう対処しているのだろうか?

 今度娘のいる同僚に聞いてみようか。

 等と、ぐるぐると、なんなら真剣に考えてしまう。



 眉間にシワを寄せて何やら考え込んでしまったクロードに、首を傾げるアトリア。

 そんなクロードを他所に、アトリアは台所へと立ってみる。

『魔コンロ』と呼ばれるそれには、魚焼き器も付いている。クロードが言っていたものだ。

 ベリエ母さんが焼いてくれる焼き魚を思い出す。

 こんがり焼けたそれは、身がふっくらフワフワで塩気も程好くとても美味しい。

 クロードがいつも中骨を外して身をほぐし、丁寧に小骨まで取り、口にいっぱい頬張れるように匙へ乗せて差し出してくれる。

 思い出し垂涎寸前で留まった。

 目の前の魔コンロを見つめる。

 焼き魚が食べたくなった。お腹も減ってきた。

 これがあれば、私にも焼けちゃうのでは?

 そんな気がしてきた。



 魔コンロの前でじっとそれを見つめて動かないアトリアの側へクロードが近寄ってくる。


「どうした?」


「クロさん、私、お魚焼いてみたい」


「え?」


「料理作れるようになりたい」


「……料理か……」


 掃除や洗濯なら多少は出来るが、料理はからっきしだ。

 食事は専らベリエの食堂で済ませていた。

 鍋はあったがもう何年も使っておらず、一番大きなものはすでに毛むくじゃらの風呂になっている。


「折角あるしな…」


 魚を焼くくらいならどうにかなるか。


「やってみるか」


「…!! うん!!」



 昼前に屋台の並ぶサブストリートではなく、中通りの商店街へ向かった。

 調理に必要な最低限の器具を揃える。

 ナイフなど久方ぶりに手に取った。

 その後は、こちらも最低限の調味料を揃え、最後に魚屋へ向かう。


 その途中で、屋外に品物を並べた露店が目に入り、案の定アトリアが足を止めた。

 女性店主の両脇に構えられた物干しの竿には、ズラリと女性用の衣服が掛けられ、道行く者の目を引いている。

 そのうちの一着、『エプラン』なる物にアトリアの目が釘付けになっている。


 …好きそうだな


 淡い黄色の布地にこれでもかとフリルがあしらわれている。

 調理をするときに、着ているものが汚れないよう身に付ける物だが、こちらを汚す方が悪く思えてしまうような、そんな代物だった。


 以前、シエロから古着をもらった時に、一番最初に身に付けたワンピースも黄色でフリフリだった。

 フリルがあしらわれた可愛らしい作りの服が好みのようだ。好きな色は黄色。

 年頃の女の子らしい。

 店主に勧められ、アトリアが体に当てて此方を向いてくる。


 …いい。


「お帰りなさい」

 そう言いながら、フリフリのアトリアが奥から走ってやって来るのを想像する。


 ……いい。


 取り敢えず脇目も振らずに直帰するだろう。


 俺は変態ではない。妄想は仕方ない。

 アトリアが可愛いのが悪いのだ。


 心の中でブツブツと唱えながら、店主に無言で銅貨四枚を支払った。



 魚屋で少し大きめの物を一匹購入し、直ぐ焼けるように捌いてもらう。

 簡単に焼き方を教わり、帰って早速魚焼き器を起動した。

 アトリアはエプランを身に付けご機嫌な様子だ。

 やる気はひしひしと伝わった。

 焼ける間に、浅型の鍋に溶いた卵を流し入れる。

 オムレッツを作ろうと思ったのに、どういう訳か炒り卵になった。

 そうこうしているうちになんか焦げ臭い。

 はっとして魔コンロを見れば、魚の尻尾が炭と化していた。


「魚も焼けない……」


 アトリアはケモミミをふにゃりと垂らし、見るからに落ち込んでいる。


「表面を除けば食べられそうだ。昼飯にしよう」


 食べる気がある事を伝えると、下がっていたケモミミが復活した。分かりやすい。



 小さなテーブルに二人で並んで座る。

 焦げと骨を取り除き、いつもの癖で身をほぐすと匙をアトリアの口元へと差し出した。

 アトリアの動きが一瞬止まる。

 あっ、と思ったが、そのままパクりと口にしたので、何も言わなかった。

 もっもっと咀嚼するその眉間には僅かにシワが寄っている。

 クロードも食べてみると、少しパサついていて苦味があった。

 が、食べられない程ではない。塩味はバッチリだ。


「うん。食える。改善の余地はあるけど、初めてにしては上出来だろ」


 ケモミミがピクピクと反応している。

 ……分かりやすい。



 炒り卵は卵だった。

 味付けをしていないのだから無理もない。


「ベリエ母さんに料理教えてもらおうかな…」


 意外な事にアトリアはヤル気満々のようだ。

 エプラン買ったしな。

 食事中も着けたままだが、もう本当にいい。


「レシピ本でも買ってくるか」


「私、字読めない」


「じゃぁ読み書きの練習もしないとだな」


 クロードも得意な訳ではないが、難しい専門書でなければ読むことは出来るし、必要最低限は書くことも出来る。


「私、頑張る!」


「焦る事無い。ゆっくりでいい。アトリアのご飯、楽しみにしてるから」


 クロードは残りを平らげに掛かる。

 手が止まったアトリアを見れば、頬と耳を真っ赤に染めて俯いている。


「なした?」


 なんて言いながら再び口元へ匙を差し出すクロードに、大いに戸惑いつつ、ちゃっかり口を開けるアトリアなのであった。

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