第7話――子供扱いしないで

 クロさんの所へ来て、1週の時が流れた。


 1週という時間がどれくらいなのかはわからなかったけど、クロさんがそう言っていたからそうなんだろうにゃ。


「連絡はまだない」と、シエロ姉ちゃんとベリエ母さんと話していたのを聞いた。

 ベリエ母さんが「その後は」と言っていたのを、クロさんは少し困った顔で聞いていた。


 たまにクロさんはそういう顔をする。

 あんまり言葉にしないから、どういう風に思ってるのか、何を考えているのかいまいち良くわからない。



 クロさんは私が嫌だと思う事をしない。

 ぶたないし、怖い顔で睨んだりもしない。

 最初は体が大きくて、手も大きいから怖かったけど、あの大きな手は頭や背中をよく撫でてくれる。

 猫の時の抱き方はしっくりこないけど、優しくゆっくり撫でられるとついつい喉がゴロゴロ鳴っちゃうにゃ。



 クロさんは私にベッドを作ってくれた。

 スノコベッドだと言っていた。

 私はクロさんのお腹の上の方が好きなんだけど、朝目が合うといつも困った顔をしている。だからかにゃ?

 クロさんのよりもひとまわり小さいスノコベッドには、新しいふかふかのお布団を敷いてくれた。



 クロさんは日曜大工が得意だ。

 私が猫の姿で遊べるようにと、タワーを作ってくれた。

 ところどころの柱に麻紐を巻いて爪研ぎも付けてくれた。

 クロさんが作ってくれたからか、買って貰ったやつよりも研ぎ心地が良い気がする。

 部屋の上の方には登れるようにと階段状に板も取り付けてくれた。

 高いとこ大好き。


「キャットタワーやキャットウォークの上で寝たりするなよ」


「にゃ?」


「普通の猫なら大丈夫だろうがお前、落ちてきそうで怖いから」


 失礼にゃ。


「そんなに鈍くさくないもん!! ひどいにゃ!」


 怒ってるのに、クロさんはニヤニヤしながら頭をポンポンしてくる。

 頭を撫でられるのは好きだけど、猫子の時にされるこの『ポンポン』は、なんだか子供扱いされているようで嫌いにゃ。

 口では反撃出来ないから、猫子の姿で抱きついてやった。

 こうすると、クロさんは困った顔をする。

 やめろって言って引き離されたりしないから、嫌がる訳ではなさそうだけど、困った顔をする。

 私は困らないのに。

 むしろクロさんにもして欲しいのに。

 自分からしておいて、ちょっと悲しくなっちゃったにゃ。



 ある日、クロさんのお部屋にお客さんがやってきた。

 見たことのない、とても綺麗な女の人だった。

 乳がデカい。

 クロさんが「ママ」と言って、驚いた顔をしていた。


 知らない人は怖いから、いつものようにクロさんの背中にひっついてこそっと相手を伺う。


 髪が長くてゆるゆるふわふわしている。

 シエロ姉ちゃんよりも年上そう。

 ぴったりした服を着ていて、短いスカートから覗く脚は細くて白かった。

 いい匂いがしたけど、私の鼻には刺激が強かった。


 クロさんと話しているうちに、こちらへ視線が向けられる。


「この子は? 噂のかわい子ちゃん?」


 真っ赤な口が笑っているけど、ちょっと怖いにゃ。


「あぁ、拾った仔猫が猫子だったらしくて、今預かってるんだ」


「可愛らしい子ね。こんにちは」


 ミー


 取り敢えず小さく鳴いておく。


「ごめん。人見知りで……」


「いいのよ。仔猫ちゃんだもの」


 すっごく子供扱いされた気分。


「クロードが全然飲みに来てくれないから、会いに来たのよ。これ、お土産ね」


 シエロ姉ちゃんがいつも持って来てくれるような四角い包みを手渡してきた。


「これ、もしかして…」


「私自慢の『煮込み』よ。クロード好きでしょう」


 クロさんが滅多に見せない笑顔になっている。


「ありがとう。食べたかったから嬉しいよ」


 その言葉にママさんが破顔している。


「良かった! また飲みに来て。この間飲み損ねたボトル、置いてあるの」


「あぁ、近いうちに行くよ」


 クロさんがそう言うと、ママさんは本当に嬉しそうにしていた。

 じゃぁと出て行った後も、クロさんはしばらくぼーっとしてる。


 ……ムカつくにゃ。


 間違ったフリをして背中にちょっとだけ爪を立ててやった。



 その後もクロさんはずっと機嫌が良かった。仏頂面でもわかる。

 嬉しそうに四角い包みをテーブルに置くと、包んでいた布を解いていく。

 出てきたのは立派なお弁当箱で、蓋を開けると湯気が立ち上っている。

 中を覗くと良く味の染みていそうな野菜やお肉が箱いっぱいに詰められていた。

 いい匂いと見るからに美味しそうなその姿に、不覚にも見とれてしまったにゃ。


「ミー子も食べるか?」


 そう言いながらちゃんと食器を二つ持って来てくれる。

 なんとなく「うん」と言いたくなかった。

 私にもよそってくれて、目の前に置かれるとついつい涎が垂れそうになってしまう。


 お腹は空いてる。

 食べてあげてもいいにゃ。

 でも湯気が……


 すると、クロさんの匙が伸びてくる。

 私の器から一掬いすると、ふーふーしてくれる。


「ほら」


 そういって差し出されたら食べてあげないとクロさんが可哀想だにゃ。

 咀嚼すると、染み込んだ出汁が後から後から出て来て、ついまた口を開けてしまった。


「自分で食えよ」


 そう言いながらクロさんはちゃんとふーふーしてくれる。

 あのひとにデレデレしてたのはイラっとしたけど、こうやって甘やかしてくれるから許してあげるにゃ。



 日が落ちると、私の体はクロさんが言う毛むくじゃらへと姿を変える。


 今日は大きなお鍋にお湯を張っているからきっとお風呂の日だ。

 初めてクロさんのおうちに来たときに、体を暖めて洗ってくれた私専用のお風呂。

 石鹸の匂いも好きだけど、この間一緒に露店を巡った時に買ってくれたオイルがまた堪らないにゃ。

 湯船にこれを何滴か垂らしてくれるだけで、気持ちもふわふわしてくる。


 体を洗ってくれる大きな手はとっても優しい。

 その後にタオルで拭いてくれる手も優しい。

 この時間は大好きにゃ。


 毛が乾くと、今度はブラシで体を撫でてくれる。これもとても気持ちが良い。

 クロさんは毎回抜け毛の量に驚く。

 今日もやってるにゃ。

 それらが全部終わると、身体中の毛がふわふわになる。いい匂いもする。

 この匂いは不快じゃない。

 そして、それを堪能するようにクロさんの大きな手が頭からお尻まで撫でてくれる。

 その手が気持ち良くてついつい喉がゴロゴロ鳴っちゃうにゃ。


 仔猫の姿の時は、まとわりついても困った顔をしない。

 だからこれでもかと脚にまとわりつく。

 尻尾がぴんと立っちゃうのは猫のさがにゃ。仕方ないのにゃ。

 クロさんの脚に体を擦りつけても、「毛がつくだろうが」なんて言いながら追い払ったりされない。

 知ってるにゃ。

 だからこれでもかとまとわりつく。



 晩御飯が済んだのに、クロさんが魔冷具を開けない。

 いつもならそこから缶を取り出してプシュっとやるのにそれをしない。

 ということは、今夜はこれからお出掛けすると言うことだ。

 この時間から出ていく時は朝まで帰ってこない。


 暗い所は平気にゃ。

 それでも一人は寂しいにゃ。

 クロさんが優しくて暖かいから余計に。

 ベッドは広すぎて冷たい。

 せっかくクロさんが私に作ってくれたけど、やっぱり広すぎて冷たいにゃ。

 ふかふかだけど寝心地の悪いクロさんのお腹がいい。


 クロさんが着替えるのを黙って見つめる。

 玄関でブーツを履き終わる頃を見計らってミーと鳴く。

 すると、此方を振り替えってくれるのにゃ。

 側ヘ近付くと頭を撫でてくれる。

 行くのを止めてはくれないのにゃ。


 行かないで


 そう鳴いてもこっちを見て少しだけ困った顔をして「じゃぁ行ってくる」と行ってしまう。

 だから今日もクロさんの匂いがする服の上で眠るのにゃ。

 籠の中にあったそれに踞る。

 きっと帰って来たら私を見つけて背中を撫でてくれるから、それまでここで眠っている。

 狭くてクロさんの匂いがいっぱいのここはとても落ち着くからすぐ眠くなる。


「またここにいるのか。しょうがない奴だな。……ただいま」


 そう言って此方を覗くクロさんの優しい顔を思い出して私は静かに目を閉じる。

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