メロメロじゃねぇか!

 

「二人暮らししてから一週位経ったか?」


 目の前でテーブルを挟み缶エールを傾けるレオニが、クロードの膝の上でだらしなく伸びている仔猫を見ている。


「そうだな。……早いもんだ」


 大きな手がふわふわの体を撫でるのを見ながら、レオニはクロードの顔をまじまじと見つめた。


 ニヤけてる……あのクロードが……?


 俄には信じがたい光景に、傾けた缶から口へ流れ込む筈のエールが溢れた。


 普段から言葉が少なく、表情を変えるところをあまり見ることの無い彼がだ。

 酒を飲んでも呑まれることの無いクロード。今も酔ってる訳では無さそうだが。


「この部屋、荷物増えたよな」


 今はクロードの部屋で酒盛りの最中だ。

 同じ宿舎に住む二人は、時間が合うときにはどちらかの部屋で飲んだり、ママの所へ飲みに言ったりする仲だ。

 今日はレオニの達ての希望でクロードの部屋になった。

 小さなテーブルの下には幾つかの空き缶が並び、上にはつまみの干物やベリエの作ってくれた小鉢、そして何故か焼いた小魚。


 以前は居間として使われているこの部屋にはテーブルと台所と魔冷具くらいなもんだった。

 ところが今はどうだろうか。

 部屋の隅には背丈程のタワーが鎮座し、壁の上部には何枚もの板。聞けば仔猫の遊び場だという。

 それ以外にも小さいがタンスが増え、中には猫子の服。タンスの上には赤いポシェットと、麦わら帽子が置かれている。

 ケモミミを出す為の穴はクロードが開けたらしい。

 台所にはもう使ってないと言っていた大鍋が置かれ、食器を洗うには大きすぎるスポンジと褐色のオイル瓶、クロードには似つかわしくないピンク色の大きな石鹸が置かれている。

 物干しには白い大きめのタオルが何枚も掛けられ、細めに洗濯している事が伺えた。

 こっそり寝室を覗けば、いつの間にかクロードの物よりひとまわり小さいベッドが、しかも隣同士並んで置かれている始末。


 本当に……こりゃ同棲だな……


 友人のあまりの変化っぷりに驚きながら、レオニは今持っている缶を空にした。




「そこに落ちてる袋、ゴミ入れにしていいか?」


 干物を咥えながらレオニが手を伸ばすのをクロードが止めた。


「それミー子のだから」

「は?」


 そう言って立ち上がるクロードを目で追う。


 こんな紙袋なんて、猫が何に使うんだよ?


 等と思っていたら、強制的にクロードの膝から下ろされた毛むくじゃらが、お尻をフリフリしたかと思うと、目の前の紙袋へダイブした。

 バフっという音を響かせながら滑っていく紙袋には、仔猫の上半身が見事に収まっている。

 飛び出たお尻とピンと立ち上がった尻尾がまぁなんとも可愛らしい。


「これ使ってくれ」


 言いつつ差し出された袋を受け取る。

 クロードが仔猫の様子を特に気にする様子もなく普通にしていることから、日常的な光景なのだろう。


 俺にしてみれば面白映像なんだがな。


 そう思いながら、なんとなく毛むくじゃらを眺めていると、どこから出してきたのか、コロコロとピー玉を転がして遊んでいる。

 前足で器用にあっちへこっちへ転がしながら一人で遊ぶ仔猫に、自分もニヤけていることには気付いていないレオニ。

 その俊敏で軽快な動きに関心してしまう。

 自分で弾き、それを追う。

 そしてそれが徐々にエスカレートしていく。

 終いには、狭い隙間にピー玉が入り込み、それを追って仔猫も頭を突っ込んでいる。

 見事にお尻が丸見えだ。

 ピンと立ち上がる尻尾はピクンピクンと動いている。

 面白映像其の二だ。


 とうとう自分では取れなかったのか、こちらを向いてちょこんと座り、ミーと鳴いた。


「またかよ」


 小さく溜め息をつきながらも、立ち上がり邪魔な棚をどけているクロード。

 またエールが口からはみ出した。

 奥の方からピー玉を取り出し転がしてやると、再びそれを追っていく仔猫。


「勝手に遊んでくれるのは助かるな」

「お陰でそこら辺にピー玉隠れてるけどな」


 大きなクロードが小さなピー玉をひとつずつ集めて回っている姿を想像したら、笑えてしまった。


「あの箱は?」


 部屋の隅の方に無造作に置かれた紙の箱を指差す。


「ミー子の隠れ家」


 聞けば気付いたら入り込んで顔だけ出しているらしい。

 元々中に荷物を入れて運搬するための箱だ。対面に指を引っ掻けて持ち手にするための小さな穴が空いているが、そこから覗いていたり、腕を出したりして遊ぶ様がたまらんらしい。


「あの本の山は? お前本なんか読むのか?」

「いや、ミー子があの固い表紙の角に顔をごりごりやるのが好きみたいだから」

「この部屋に不釣り合いなあの可愛らしいクッションは?」

「ベリエに押し付けられた。ミー子が爪といじゃうからすぐボロボロになるって言ったのに、それでもいいから使えって。どこでも爪といじゃうんだよな」


 メロメロじゃねーか!!

 飼うの渋ってた奴と同一人物とは思えねぇな。


 ピー玉に飽きたのか、仔猫がテーブルの側へやってきた。

 ちょこんと座ると、クロードを見上げてミーと鳴く。

 今度は何だと思っていたら、クロードが焼き小魚をほぐし出す。

 丁寧に小骨まで取っている。

 待ちきれないのか仔猫はクロードの膝に前足を乗せてテーブルの上に顔を出し、手元をガン見している。


「そのままやればいいのに」

「こいつ魚の食い方知らないんだよ。猫のくせに」


 ……………。

 ……メロメロじゃねーか……


 ほぐし身を入れた深皿を床に置いてやると、仔猫は美味しそうにそれらを食べている。

 目を閉じているようにも見えるが、これは開いているのか?

 呑気そうな幸せそうなその表情に頬が緩んでしまうのは仕方ないのだろうか。


 食べ終わって満足したのか、顔を上げた仔猫と目が合う。

 このつぶらな瞳がなんとも……。

 が、すぐに興味を逸らされ行ってしまった。

 今度は何をするのかと見ていれば、離れた場所に無造作に置かれたクロードの上着の上に踞り、毛繕いを始めた。

 一生懸命顔を洗っている姿が……いつまでも見ていられそうだ。


「いいのか? あれ」


 クロードはと言えば、これも日常の風景なのか特に気にする様子もなく、エールの残りを煽っている。


「何かの上に乗ってないと気がすまないのか、何かしら引っ張り出してくるんだよな」

「猫用のベッドあるじゃねぇか」


 レオニの指差す先には、仔猫用に買った布製の座布団付きのベッドがある。

 が、それには目もくれず、上着に仔猫まっしぐら。


「座布団の方が絶対寝心地いいのにな」


 なんて言って笑ってるクロードに、レオニの口からはまたまたエールが溢れた。

 本日三度目だ。


「さっきからどうしたんだ? 溢してばかりでミー子みたいだぞ」


 そう言ってタオルで顔を拭かれそうになって抵抗した。


 そいつと一緒にするな。

 だいたいお前のその変化のせいじゃねぇか。

 まさか、こんな風にいつも世話焼いてるのか!?

 もう、笑えねぇよ。


「たまに飲みに行こうぜ。最近全然ママに顔見せてないだろ」

「あー、そうだなぁ……」


 なんとも歯切れの悪いことで。

 少し前なら今からでもなんてすぐ支度を始めたものを。

 変化の源に視線を移せば、もうすっかり睡眠モードに入っていた。

 小さな毛むくじゃらが上着の上に踞り、その体を更に小さく丸めている。


「俺も動物飼ってみようかな……」

「冗談だろう?」

「何でだよ? そろそろ一人は寂しいぞ」

「お前に世話出来るとは思えん。だったらいつまでも遊んでないで、奥さん見つけて世話して貰えよ」


 ……………。


 反論が出来る訳もなく。

 レオニは苦笑いを浮かべると、本日何本目かわからない缶エールを開ける友人の顔を見た。

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