V-Day++

 ──V-Day(+1)後日っm(_ _)m──


 

 『空白、部屋、チョコ』という同じ題で公開された私たちの動画(チャンネルは別で作りました!)は、あっという間に低評価数や再生数で会長の動画を超えました。コメントでもこっちのほうがクオリティ高いだの、通報しましただの、気分悪くなっただのと、大好評の有様です。ざまあみろ! ……とはそのときに、なったん、です、けど……


「……うぎゅ」


 居た堪れない空気です。

 今、私たちは部室にいます。

 私、イズちゃん、アヤちゃん、会長の四人です。

 そう、校舎五階端っこの心霊映像研究会の拠点にです。


「いぎゅ……うぎゅ……」


 突っ伏して絶望に泣く(鳴く?)部長を囲んで、イズちゃんとアヤちゃんと私であたふたしています。動画を公開した翌日の、今日です。

 

 今朝、校内で会長を見ました。

 いつもの無表情ではあったのですが、なんというか、生気がありませんでした。


『あの、どうしたんですか』

『ほしずな、どうがとったのか……わたしいがいのやつと』


 尋ねると、空っぽの部屋で天井を虚ろに見上げている人みたいな声色で言葉が返ってきました。これ返ったって言うのかな。独り言を聞いただけな気がする。生気がなく、虚無です。機械が無機質に人間の言葉を出力しているだけのような違和感がありました。


『ほ、保健室行きますか?』

『ちょこれーと』


 返答が返答でしたので、そのまま保健室に連れて行きました。保健室の先生に会長を預けた後、不安でしたけど、そのときは一旦お別れしました。

 

 その後、昼休み。

 またもや私は会長を見かけました。

 学食へ行く途中のベンチで、一人腰かけていました。


『あいれん』

『はい……』

『きょうはかつどうあるひ?』

『あ、ありますけど……』

『わたしがおもっているよりもわたしはもろかった』

『え?』

『よりまっしろで、よりむきしつなへやで、よりちょこれーとなどうがだった』

『か、会長……?』

『すべてがわたしよりもうえ。くだけたおとがした。わたしはからっぽになった』

『だ、大丈夫なんですか……』

『きぐるみもいったいおおい。よりちかい。かたほうのおっぱいのしゅちょうもよりうざかった』


 私はもう一度、会長を保健室に連れて行きました。入ってきた私と会長を見た保健室の先生に『出ていくときはせめてひとことね』と窘められていました。どうやら会長は勝手に抜け出したみたいです。まるで入院患者です。


 そして放課後。

 私が部屋に入ると、机に会長が突っ伏していました。室内には会長一人だけです。


『きたのはだれ?』

『あ、相蓮ですけど……』

『おっぱいうざ美……』


 まだ大丈夫じゃなさそうですけど、私への暴言の切れ味は据え置きです。同情すべきかひっぱたくべきか悩みます。一度この巨乳でひっぱたいてやろうか?

 私たちとイズちゃんが勝手に動画撮ったのがよほど堪えたのでしょうか、けどそこまで? 

 そのまま会長は突っ伏したままです。

 すると扉が開いて、入って来たのはアヤちゃんです。アヤちゃんは心映研ではありません。


『負け犬を見に来たのだけれど……』


 開口一番のアヤちゃんの無慈悲な挑発にも、会長は反応しません。


『負け犬はどっちかというと私たちの方だよ』

『ッ!? 言っていいことと悪いことがあるでしょっ……!?』

『アヤちゃんも言っちゃ悪いことを今言ってたから……ちゃらかな、って』


 さすがのアヤちゃんも、心配そうに会長を見ています。


『あぜちー、大丈夫なの?』

『わ、分かんないけど……』


 砕けたって、心のことかな。そこまでだったのもしかして。


『だれ?』


 私たちの会話に反応して、突っ伏したまま会長が訊ねます。


『垂水です。一個下の』

『まけいぬその2……』


 無言で部長に向かっていくアヤちゃんを羽交い絞めにして止めました。もう負け犬って言葉使うの止めよう? この場にいる全員に突き刺さるから。みんなが不幸になるだけだから。

 すると。

 またもや扉が開かれました。


『……どういう状況だ』


 突っ伏している会長と、アヤちゃんを羽交い絞めにしている私。

 怪訝そうにイズちゃんが眉を顰めるのも、無理はありませんね。


『だれ?』

『星砂ですが……』

『しね』

『死ね!?』


 直球の罵倒でした。

 突っ伏したまま、ぐすぐすとすすり泣きの音がし始めました。「うぎゅ……ぐぎゅぁ……」泣き声じゃないなあ。やっぱり鳴き声のほうじゃないかな? 夜中に聞こえる得体の知れない鳥の鳴き声っぽい。


 そこでの今です。冒頭に戻ります。


「泣いちゃった……」


 さすがにかわいそうになってきました。やりすぎたみたい。


「なんで俺はいきなり死ぬことを望まれたんだ……」


 イズちゃんがショック受けてる。

 好きな人(好きな人!)に死ねって言われたらまあ、普通に傷つくかも。私もイズちゃんから死ねとか言われたらたぶん死ぬと思うなあ。あ、でも、だとしてもイズちゃんの心に一生遺るような死に方をしたいなーとびっきりの死に様を見せてあげたいなぁぁぁ……はあ。


「もしかして昨日の動画か……評価の数で負けたのがそんなに悔しかったんですか」

「ほしずな」

「は、はい……」

「あれはきっと、けつべつのあかし」

「決別って」

「わたしがみじゅくだと、あんたはあんにのべた。ひかくたいしょうをつくることで、わたしにみじゅくさをつきつけた」

「そんなつもりはありませんよ」

「けっきょくのところ、わたしのひとりよがりだった。わたしのねついもじょうねつにも、だれもついてこれなかった。あんたも、そのひとりだった」


 会長の胸のように卑屈な言葉に、イズちゃんはたまらなくなったとばかりに会長の小さな肩を掴みました。


「会長に不満なんてあるわけないじゃないですか」


 べそをかいていた会長はびっくりしたようにイズちゃんを見上げ、「ほんとうに?」と聞き返します。「本当です」イズちゃんが真剣な表情で答えます。「その言葉に命をかけられる?」「もちろんですよ」「そう……」


 はあ。……無理かな。もう。私には。


「あの、会話中のところすみません……私、相蓮。会長に謝りたいことがあります」


 これ以上二人の邪魔をしても、きっとダメだよね……。


「なに、負けチチ」


 ぃよぉっし! まだまだ二人の邪魔をしてやろうっとぉ!!! やる気出てきました!!!!!


「……あの動画、なんですけど」


 でも今はひとまず謝ってあげますけど。


「首謀者は私です、白状しますけど会長への嫉妬です。イズちゃんはそれに巻き込んだだけ」

「最低だわフウコ……あぜちーぱいせんがかわいそう……」


 まるで他人事みたいにアヤちゃんが非難してきました。逃がさん。


「あとアヤちゃんは共犯者です!」

「ふっ……やっぱり逃げられないみたいね」


 ニヒルな笑みを浮かべてアヤちゃんが罪を認めます。人生楽しそう。


「別に、いい」


 会長は私たち二人へ、少しだけ微笑みを浮かべました。


「結果的に良い方向へ転んでくれたから……」


 確かにですけどぉ。「星砂の熱苦しい言葉も聞けたし……うん。ぜんぜん構わない」


 会長の言葉に、なんとなんとイズちゃんも照れていますっ。これはこれは二人の恋路は順調かもかもかもかもっ……!? 絶対に邪魔をしてやる。


「フウコ、いま私が叫び声を上げながら窓を突き破って地球に潰されたら、この甘ったるい空気を台無しにできる? スウィートをビターテイストにできる? ハッピーエンドをバッドエンドへ舵取りできる?」

「魅力的な提案だけど……」

「でしょう? フウコ、走り出していいかしら、あの窓へ、あの青空へ向かって」


 うーん。「いいよ」


「いいのね、よし!」

「待って待ってアヤちゃん。私何も言ってないよ!」

「え、でも今……」

「本当に何も言ってないよ?」

「今……」

「私は何も言っていない」


 でも、アヤちゃんは『いいよ』の声を聴いたんだって。


「ふ、フウコ……私いま、鳥肌すごいのだけど……」

「わ、私だって……」

「この教室も、この教室が……アレよね、あの噂話のアレよね……」

「う、うん……アレ……」

「走って逃げてもいいかしら」

「みんなで逃げよう。イズちゃんに会長も連れて」

「そうね……!」


 そうして私たちは、イズちゃんと会長を連れて四人でこの教室から逃走しました。結果的にイズちゃんと会長のいちゃつきを阻止できたから大満足ですっ。



 ──V-Day(+1)後日っ((( ;゚Д゚))))))))──



 でもその後も、私たちの活動場所はやっぱりあの五階端っこの教室のままです。


「かいちょぉ、教室変えませんかぁ……」


 そんな私の懇願に会長は


「私たちの会の名前はなに?」


 と返してきました。それ言われたらなあ……。活動場所としては相応しすぎますけどぉ……。


「怖いなら相蓮だけでも出て行っていい」


 言うと、会長はイズちゃんに意味ありげな視線を送りました。私がいなくなったらなったで存分にいちゃつこうという魂胆でしょうか。絶対出ていかねぇぞ……。


「ううん。いざとなったらイズちゃんが『俺が生贄になる』ってこの前約束してくれたのを思い出しましたから大丈夫です」

「言ってないが」

「言ったよ? そのときの記憶飛んだのきっと幽霊の仕業だと思うなあ」

「嘘だろ……いや、幽霊がここにいるならもしかしてもあるのか……?」

「……」

「ほしずな……?」

「か会長、いや、俺は……」


 会長は攻められると脆いです。言葉が退行してひらがなになります。


「め、目の保養だって必要でしょうしぃ?」


 少しだけ、自分の胸元を強調する。

 言ってて自分で恥ずかしくなってきた。

 いやいい、いいもん、イズちゃんの視線が私の胸元に吸い込まれる光景を今まで何度も見てきたし。会長の胸元に目が言ったことは私が見たところだと限りなくゼロに近い。ふん。勝ち。


「きょ、今日は何の動画を撮りますか?」


 あー露骨にイズちゃんが話題を変えてるーひきょうものー。


「……今日、は」


 ま、そんなひきょうなイズちゃんでも私は余裕で受け入れられますけど?


「この教室にいる四人目を撮ってみる」


 それで私たちはこの教室内にいる四人目を映そうとぐるりと撮ってみたのですが、特に誰も映っていませんでした。途中でアヤちゃんがやってきたので五人目になるのかな。

 やっぱり幽霊なんていないのかなあ。


「なにも映っていませんね」

「別に。期待はしていなかった。星砂、そこの椅子に座ってみて」

「え。あ、はい……あれ、ここに椅子なんて置いていましたっけ」

「私もその椅子がいつ出現したのか記憶にない。だから座ってみてほしい。カメラはもう回しているから」

「ちょっと座りたくなくなってきましたね……」


 恋敵はいますけどね。


「私が先に座って、そこに星砂くんが座ってみたら大丈夫だと思うわ」

「垂水と俺って大丈夫の基準が共有できていないかもしれない」


 二人も。


「だったら」


 イズちゃんの首根っこをひっつかみ、「私と」私が先に椅子に座って、「座ろうよっ」イズちゃんを無理矢理私の膝に乗せました。むふふ、抱きつこーっと。


「お、おい相蓮っ……」


 あ、いま、寒気すご。凍えそう。


「相蓮……? 大丈夫か」


 その後すぐ私たちは椅子から立ち上がり、五人そろって教室から逃走(二回目)しました。

 カメラには、椅子に座った私が満面の笑みでイズちゃんを抱きしめる瞬間と、私の背後に見知らぬ女の子が佇む姿が映っていましたとさ。私はイズちゃん抱きしめられたし、イズちゃんは私に抱きしめられたし、会長は念願の心霊映像撮れたし、アヤちゃんはなんかいつも人生楽しそうだしで、みんなこれでめでたしめでたしっ。おしまい。


「イズちゃん、私ね、最近寒気が止まらないの」

「呪われたんじゃないか」

「イズちゃんもいっしょに呪われてくれないかな」

「嫌だけど」

「呪われてくれるんだ、うれしーっ」

「相蓮……聴力も呪われたのか?」

「うれしいなあっ★」


 おしまい(呪)。

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空白、部屋、チョコ 乃生一路 @atwas

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