第139話「エルデ村の怪」

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現在、大改稿を行っております。114話~が少し話の流れが変わり、以降の内容は改稿のため一旦非公開にしてあります。詳しくは↓の近況ノートをご参照下さい。

https://kakuyomu.jp/users/fjam/news/16816927859307573547

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 商会の問題にかかりきり、という訳にもいかない。ルルとヨハンさんは冒険者として稼がねば生きていけないし、僕とイリスも為替操作のために種銭が必要だ。そういう訳で、クエストを受注しに冒険者ギルド本部へとやって来た。


「……んー、クエスト数は回復しつつあるけど。どれも安いわね」

「そうだねぇ」


 確かにクエスト数は増えてきている。狩り尽くしが発生した時は殆どゼロだったものが、今では5件ほどクエストが並んでいるのだから、確かに「回復した」と表現するのは正しいのだが。


「喜んで良いのかなこれ?? どこかからモンスターが湧いてきたって事でしょ」

「湧いてきたというか、流れてきたというか……確かな理屈は無いんだけど、モンスターって辺境からやってくるらしいのよ」

「ここ辺境伯領なんだけど」

「その辺境伯領が睨みを利かせてる辺境から、よ。東部辺境ね」

「ああ、開拓団が向かっているっていう……」

「そう。荒野、森林地帯、そういう所にモンスターは住んでていて、そこから居住地を広げるために文明地に流れてくるって言われてる」

「じゃあ森をすっかり開拓しきっちゃえば、少なくとも森に住んでるモンスターは居なくなるわけだ」

「それをやりきった国が、西にあるフラシアってところね。森を切り拓いて農地にしたから、農業生産力は凄いしモンスターは帝国より遥かに少ないらしいわよ。でも」

「でも?」

「工業力を失ったわ。木材って燃料とか建材になるじゃない。森を失った事で、木材を利用した工業がかなり衰退したのよ」

「な、なるほど」


 燃料が無いのは困る。銃だって焼入れ・焼きなましのために木炭を使うが、その材料は近隣から切り出された木材だ。森を切り拓き切ってしまうとそれも困難になるのか。


「ちなみに石炭って無いの?」

「あるけど、お爺ちゃん曰く"石炭の火で焼いた鉄は脆くなる" そうよ」


 上手くいかないもんだな!……あれ、でも世界史で「コークスが産業革命の契機になった」って習った気がするぞ。あれは石炭から作るんじゃなかったか? これは後々考えてみるとしよう、とりあえず今はクエストだ。貼り付けられたクエストをざっと眺めてみると、1つ懐かしい名前を見つけた。


「あっ、このクエスト発注した村。エルデ村だ」


 エルデ村。僕が転生した直後、僭称皇帝軍の徴発隊を待ち伏せする作戦があった。それに向かう途中で通った開拓村だ。そこで買った鹿の毛皮を簡易防具にしたのを覚えている、あれが無ければ右胸に食らった斬撃が致命傷になっていたかもしれない。――――そういう意味では、エルデ村には恩義があるとも言える。事情をルルとヨハンさん、フリーデさんに話した。


「――――そういう訳なので、個人的にはこのクエストを受けたいんですけど」

「まあ、理由は何だって構わんがね。討伐対象は……おそらくバイアクヘー? 未確定なのか」


 エルデ村のクエスト概要はこうだ。


・バイアクヘーと思われるモンスターが出現した

・村人が吸血された

・開拓中、森の中に洞窟を見つけた。おそらくそこから出現した

・報酬額は銀貨20枚


「ちと安いし、不安要素もあるが……他のよりはマシか」

「他のはゴブリン退治とか、もっと安いのしか無いですもんねー」


 バイアクヘー。ヨハンさんが加わって初めて討伐したモンスターだ。2m超の鳥のような姿、蟻のような触覚の伸びた頭、爬虫類のような口、そして鋭い鉤爪を持っている。滑空攻撃も恐ろしかったが、夜間は防御不能の魔法攻撃までしてくるという危険生物。勝てる事は証明済みだが、危険度を鑑みれば銀貨30枚は欲しいなというのが本音だ。だがヨハンさんとルルは納得してくれたようだし、僕はエルデ村への縁から行きたいだけなのでここは呑むとしよう。イリスも頷いた。


「まあ無収入よりはマシって事で、行きましょうか」



 エルデ村に向かう道中、パーティーで雑談をする。


「そういえば、サリタリアってどんな所なんです?」


 ヨハンさんに話を振る。サリタリア語を教えて貰いはしたが、肝心のサリタリアについては知らない事が多い。何となくイタリアっぽい気がするのだが。


「南北で大きく違うし、都市国家が乱立してるからなぁ。一口にこうとは言えないが、南は農業が盛んだね。北は商業と……ヘルヴェティア山脈っていうデカい山脈があるんだが、その近辺は工業地帯だな。さっきの話にもあったが、山脈の森林資源が豊富なんだな。それに雪解け水で水車も回せるし」


 デカい山脈というのはアルプス山脈に相当するのだろうか。北部が商工業、南部が農業地帯というのは……どうなんだろう、地理ちゃんとやっておけば良かったな。異世界転生して地球の地理が役立つなんて思いもしなかったが……こちらにも教育機関はあるようなので、今度こそ学をつけるのも良いかもしれないなと思った。学問はどこで役に立つかわからないのが、役立つ時は物凄く役立つ、という事はわかってきたからだ。


 結局ヨハンさんは身の上話になると話を逸してしまったので話題は移り変わり、他愛もない事を話しているうちに夜になった。エルデ村にはまだ着かないので、今日は野宿だ。下草を切り払い、枯れ枝を拾ってきて焚き木し、簡単な夕食を作って食べる。


「何だか懐かしいね」

「あの時は私とあんたの2人パーティーだったわね。軍役中だったから他のパーティーも居たけど」


 30人で野営の準備をするのは非常に早かったが、5人がかりでもそれなりの速度でこなせる。ルルとヨハンさんが地勢を確認、その間に僕とイリスとフリーデさんで下草刈り。ルルとヨハンさんは戻ってくる道すがら枝を拾ってくる。これを2人だけでやろうとすれば、かなりの時間を要するだろう。


「そうそう、それにあの時食べたスープ。具材はキャベツだけだったね」

「あの頃は新米の野営食にしては上出来! と思ってたけど、今は……」


 僕が持ってきた調理用の鍋には、皆が持ち寄った具材が突っ込まれている。僕はとろみをつけるための小麦粉。イリスがキャベツ。ルルがベーコン。ヨハンさんがチーズ。フリーデさんは純粋に飲むためのワインを持ってきたので(ワインは宗教的な意味があるらしいが、純粋に酒好きだな??)、全員で回し飲みしている。結果、野営にしてはかなり豪勢と言える食事になった。あの頃とは大違いだ。


 ルルの食事量がおかしいのを傍目に、食べ終わった人たちで寝床の準備を始めた。全員、遠征の時に使ったような簡易テントだ。


「……あの時は」


 イリスが少し恥ずかしそうに口を開く。


「私のマントに2人で包まって寝たんだったわね」

「ああ……僕が寝具忘れたから」

「そう。今思えば、我ながらどうかしてたわね。同情心からとはいえ、出会って間もない男と身を寄せ合って寝るなんて……」

「僕にとってはまあ、ご褒美みたいなもんだったけど」

「でしょうね!」


 そう言いながら、イリスはもじもじとしている。これは……。


「……テントくっつける?」


 簡易テントは木の棒と、両端に紐がついただけの布だけで構成される簡単な作りなので、必要があれば複数組み合わせて大きなテントにする事も可能だ。


 イリスがこくりと頷く。……なんだろう、妙にしおらしいというか……乙女感丸出しだ。そういえば、「思い出の場所を巡る」ような事はしてなかったな。イリスだって16歳なのだ、そういう事にときめいても良い年頃なのだろう。僕もキャンプデートだと思えば、何だかその気になってきた。


 いそいそとテントを組み替えていると、ヨハンさんが声をかけてきた。


「若者よ、2つ伝えたい事があるんだが」

「何です?」

「1つ、付近でバイアクヘーが活動してる可能性がある以上、見張りは立てるべきだと思う」

「確かに」


 特にバイアクヘーは夜間の方が強力なのだ、寝込みを襲われたらたまったものではない。イリスはすぐに見張りのローテーションを組んで伝えた。


「……それで、もう1つは?」

「うむ……」


 ヨハンさんは深刻そうな表情になった。何か問題でも起きたのだろうか?


「……は結構だが、声には気をつけてくれよ。見張りの最中にバイアクヘーの声みたいな嬌声が響いたら集中できんし、翌日どういう顔をすれば良いのかわからん」

「んな声上げないわよ!!」


 イリスはヨハンさんを蹴っ飛ばそうとしたが、彼はひょいと避けるとゲラゲラ笑いながら見張りに行ってしまった。


「ヨハンさん、人をからかう癖があるよね……」

「良い迷惑よ!」


 ムードはぶち壊れてしまったが、まあ良く考えると、あのまま気分が盛り上がってしまうと性豪イリスが暴走しないはずが無いのだ。そうしたら翌日、パーティーメンバーにどんな顔すれば良いのかわからない。ありがとうヨハンさん、貴方は僕の面子を救ってくれたんですね。8割がたからかっていたんだろうけど。


 さて寝ようかとテントに潜り込もうとしたが、いつの間にか僕たちのテントの真ん前に別のテントが設営されていた。フリーデさんのものである。


「……護衛ありがとうございます」

「いえ、責務ですので。……そうだ、私からもお伝えしなければならない事があります」

「何でしょう」

「私は気にしませんので、ご自由に下さい」

「「人のテントの真ん前で出来るか!!」」

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