第140話「エルデ村の怪 その2」

 朝日が昇ってから旅程を再開し、昼前にはエルデ村に着いた。


「おおー、これは……」

「発展したわねぇ」


 半年前に来た時には森の中に掘っ立て小屋が幾つか建ち、狭い畑がちらほらとあるだけだった。しかし今は、小屋の数も増えているし畑も随分と広くなっていた。その分だけ木々を切り倒し、根を抜いて開墾したのであろう――――引っこ抜かれた木の根は逆さまに地面に植え付けられ、村を守る防柵として利用されていた。無駄が無いし、防備にまで手を付ける余裕が出てきた証だろう。感慨に耽りながら村を眺めていると、こちらに気づいた村人が近づいてきた。


「やあ、冒険者さんかい?」

「ええ、貴村からのクエストを受注しました」

「半年前は世話になったな、あんたらが徴発隊を追い払ってくれたんだろ? お陰でこの村にゃ敵が来ないで済んだよ」

「それは何よりです」

「だから今年の冬は無事に越せそうだ――――と言いたい所なんだが、あんたらの世話になるべき状況に陥っちまったわけだ。詳しくは村長から聞いてくれ」


 村人に先導され、村長さんの家――――と言っても他と大差ない掘っ立て小屋だが――――にやって来た。歓待の証にハーブティーを振る舞われながら、村長さんの話しを聞いた。彼の横には、ひどくやつれた顔の村人も居る。


「あの戦争の後、開拓は順調に進んでいたんだ。村を通った君たちが落としていったカネで幾らか農具も増やせたしな」

「その節はどうも、おたくで買った鹿の毛皮のお陰で死なずに済みましたよ」

「それは何より!この付近の森は長年選定侯家の保護森林だったからな、獣は良く肥えてるし毛皮も厚い、防具にも防寒具にも役立つ。オマケにある程度なら森番がモンスターも追い払ってくれるから安全……のはずだったのだ」

「そこにバイアクヘーが」

「うむ……最初は、狩人が血を吸われた猪の死体を見つけたのだ。次に鹿。そして終いには……彼が襲われた」


 村長さんは隣の村人に話を促した。


「夜、用を足しに行った時の事だった。背後から足音がしてな、振り向いてみれば、そこに化物が居たんだ。包み込むような大きな翼、長い口に牙……今俺は悲鳴を上げる間も無く、その長い口をあてがわれ……血を……」


 村人はぶるぶると震えだした。


「翼に長い口、牙……はちょっとわからないけど確かにバイアクヘーっぽいわね」


 バイアクヘーは蟻のような顔に、爬虫類めいた……トカゲかワニのような口を持っている。確かにあれは長い口と形容出来る。その口から舌を伸ばして、血を啜るのだ。しかし牙は無かったはずだ。でも吸血されたっぽいしなぁ、夜間に目撃したと言うので、暗闇で鉤爪を誤認した可能性はある。やっぱりバイアクヘーなんじゃないかな。


「彼が襲われた後、森番に連絡して討伐ないし最低限追い払ってもらおうとした。だが奴は"他にやるべき仕事がある" の一点張りで動かんし、代官様は今は他の領地に行っていてすぐには帰ってこれない。結局我々独力で排除する事も考えた、が」


 村長さんは立ち上がり、扉を開けた。外で作業中の村人たちの姿が見える。


「エルデ村の人口はわずか38人だ。1人欠ければその分開拓が遅れる。開拓村は数年間、税を免除されている。その期間に……税を賦課される前に、税を取られても食っていけるだけの畑を作らねばならん。村人1人が貴重な労働力なのだ。1人として欠けるわけにはいかん」


 そこで僕たちの出番、というわけだ。の代わりとなって戦ってくれ。その対価が、銀貨20枚(ギルドが引く分を勘案すると、元値は銀貨30枚程度か)。こうして考えてみると、矢張り安すぎると思うのだが……どうやってエルデ村の人たちが銀貨30枚を捻出したか考えてみる。


 木材は商品になる。だがそれは村の開拓に必要な資材でもあり、売れば売るほど開拓が遅れる。獣の肉も売れるだろう、だがそれも小さな畑しか持たないエルデ村にとっては貴重な食料のはずだ。特に冬が近づいてくる今は尚更だろう。


 ……本当にギリギリ、開拓が遅れない範囲で、食料が枯渇しない範囲で必要物資を売払い、お金を捻出したのだろう。その計算を少しでも誤れば村は飢える。その計算をしたのは村長さんなはずで――――彼の顔は重責からかやつれてはいるが、しかし力強く前を向いていた。賭けているのだ、僕たちに。これ以上村人に被害が出ないうちにバイアクヘーを討伐してくれるようにと。


「……わかりました」


 イリスが重々しく頷いた。


「すまないが、頼んだ」

「バイアクヘーの住処は検討がついてますか?」

「狩人が先日洞穴を見つけたが、確証はない」

「わかりました、では一先ずそこから探索してみます」


 そういう事になり、一先ず狩人に先導されて件の洞穴にやって来た。狩人と別れ、突入準備を整える。


「……何というか、向こうも必死なのはわかるけど、割に合わない仕事だねぇ」

「まあね。別に稼ぎが悪い訳でもないけど、命と釣り合うかは疑問ね」

「でもあたしみたいな避難民にとっては魅力的な仕事ですけどねー。娼婦よりは断然マシです」


 ルルはそう言って笑い、ヨハンさんも頷いた。


「俺みたいな流れ者にもな。大道芸人や下働きよりは、よっぽど良い生活が出来る――――戦う才能さえあればね」


 フリーデさんを見ると、彼女は力強く頷いた。


「暴力を振るう才能があるなら振るうべきでしょう。勿論人のために」


 ……まあ言葉はアレだが、言いたいことはわかる。


 皆、戦う理由がある。しかし僕はどうだろう。冒険者として生き残る形で戦う才能は証明しているが、銃を売る事で安定収入が見込める今、戦う理由はあるのか。そんな思考を読んだのか、イリスが着火魔法で松明に火をつけてから僕の肩を叩いた。


「今考えても仕方ないでしょ、バイアクヘー片付けてから考えましょ」

「……そうだね」


 決意が鈍って戦闘でしくじり、死んでしまっては職業選択もクソもない。頭を振って余念を追い出し、鍋を握った。


「よーし、全員準備は良いかしら?」

「「「ヨシ!」」」

「じゃあ陣形はクルト、ルルが前衛。中央のフリーデさんは高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変に動いて。後衛に私とヨハンさん。バイアクヘー探索、及び討伐開始!」


 一行は洞穴に突入した。



 数分後。


「バイアクヘーなんかじゃねえぞこれ!?」


 洞穴の奥で見つけたのは、人間サイズの象のような怪物。翼めいて大きく広がったのは巨大な耳。半透明の象牙、そして口に見えなくもない長い鼻は、先端が円盤状に広がっていた。人間のように胡坐していたそれは、ゆっくりと立ち上がった。その目は、その所作は戦いを楽しむかのような雰囲気を帯びていた。背中に寒いものが走る。


「構わない、射撃開始ーッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る